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19.ミノリの日常

 貴族として社交界に出ても、誰と結婚しても恥ずかしくないように振舞えと教育されていた。両親の同席しない一人きりの食卓で、指導する家庭教師にフォークの上げ下げまで指摘されて食べる食事。身支度も風呂も、幼い頃から自分でできるようにと使用人の手も借りなかった。

 魔術学校の成績は良くて当然、褒められることもない。優等生で、問題を起こさないことだけを求められていた。

 そして、いずれはカナエを陥れて、その座を奪う。その日を恐れながら生きてきたミノリ。

 ナホの妹になって、イサギとエドヴァルドに引き取られて、ミノリの生活は一転した。

 毎朝早く起きて、朝食前に庭仕事を手伝う。


「ミノリちゃん、まだ慣れてないから無理せぇへんようにな」

「魔術学校で眠くなったりしないと良いのですが」


 気にかけてくれるイサギとエドヴァルドに反して、朝からの労働は嫌ではなく、朝ご飯にはお腹がぺこぺこになっていた。

 一人きりで味も分からず指導されて食べていた頃とは全く違う。

 イサギとエドヴァルドの家には使用人もおらず、屋敷と言えるほど広くもなく、こぢんまりとしたキッチンで、朝に収穫した新鮮な野菜を使って朝ご飯を作る。

 手伝いをして食卓に付くと、みんなで「いただきます」をして食べ始める。


「イサギお父ちゃん、鮭の切り身のお代わりある?」

「タケたんも!」

「タケちゃん、それ、御飯茶碗だよ?」


 貴族の娘は小食なのが好まれる。お腹いっぱい食べることはないし、お代わりをするなどミノリには驚きだったが、炊き立てのご飯と鮭とお味噌汁を食べていると、ご飯が足りなくなってくる。


「私も、ご飯、お代わりしても良い?」

「もちろんやで」

「いっぱい食べてくださいね」

「女の子なのに、一杯食べるの、恥ずかしくない?」


 御飯茶碗を出すのを躊躇って問いかけるミノリに、イサギとエドヴァルドが大らかに答えてくれる。


「ミノリちゃんは成長期なんやから、一杯食べて大きくならなあかん」

「ナホさんもたくさん食べてますよ。ナホさん、食いしん坊だったんですから」

「今もだよ」


 お腹いっぱいご飯を食べると、身体がぽかぽかして、魔術学校に行くといつもより集中できる気がした。お昼も食堂で食べていたのが、お弁当になった。一緒に食べる相手がいなくて迷っていると、同級生のデシレーが誘ってくれる。


「ミノリちゃん、ナホちゃんの妹になったっちゃろ。ナホちゃんのお弁当、美味しそうって噂やったけど、学年が違うけん見られんかったと」


 他の子もミノリのお弁当を見たがって、見せるとおにぎりと丁寧に作られたおかずの種類の多さにみんな驚いていた。それまでは、成績の良さと気取っていたせいで近寄らなかった子とも仲良くなることができた。

 家に帰ると、宿題をナホが教えてくれる。宿題を早く終わらせたら、領主の屋敷の薬草畑に手伝いに行けるのだ。


「イサギお父ちゃんとエドお父さんは同じ仕事をしてるでしょ。私も将来、ラウリくんと一緒に働きたいんだ」

「ラウリ様と……」


 同級生だが年下で飛び級しているラウリは、ローズ女王の第二子で、王子で、近寄りがたい。ナホと一緒にいるところはよく見るので、そのうち仲良くなれるかもしれない。


「私も、ナホお姉ちゃんと働きたい……」


 ぽつりと呟いてしまってから、自分は得意分野も違うし、夫婦でナホが働きたいというのを邪魔するような発言をしてしまったのではないかと、ミノリは慌ててしまった。違う言葉に言い換える前に、ナホがミノリの手を取る。


「ミノリちゃんも、一緒に研究してくれるの?」

「お邪魔じゃない?」

「邪魔どころか、研究者は一人でも多い方が良いよ」


 歓迎されて、ミノリは身体が暖かくなるような感覚がしていた。引き取られた貴族の屋敷では、一人で、ずっと寂しくて寒かった。新しく家族になったイサギとエドヴァルドとタケとナホといると、身体が暖かい。


「タケちゃんも引き取ったのに、私も引き取って良かったの?」


 畑仕事を手伝いながらイサギとエドヴァルドに問いかけると、タケがぎゅっとミノリの袖を握る。


「タケたんのおねたん!」

「タケちゃんが来る前に、ナホちゃんに言い聞かせたんや。人間なんやから、気に入らんかったとか、違ったとか言うても取り換えはきかんのやでって」

「その後にタケちゃんが来ましたが、引き取るのが一人だけとは決めていなかったですもんね。ご縁があれば、どんな子も引き取ろうと思っていましたよ」


 ミノリでなくても良かった。

 誰であろうと受け入れて同じように扱って育てた。

 魔術師の才能という部分で選ばれたミノリにとっては、なんの条件もなく受け入れられたという事実が、嬉しかった。

 畑仕事を終えると、汗と泥で汚れて、順番にお風呂に入るのだが、その日はタケのお風呂の入れ方を教えるために、ナホが一緒に入ってくれた。

 女同士で、姉妹なので遠慮はいらないとばかりに、潔く脱いでしまうナホと、ナホに手伝ってもらって「んちょ、んちょ」と脱ぐタケに、ミノリは気後れしそうだったが、勇気をもって服を脱いだ。

 シャワーのお湯の温度調節をして、ナホがタケの身体を洗って行く。


「お尻だけは丁寧に洗って、他の部分は毎日お風呂に入るから、洗い損ねても、『ま、いっか』くらいの適当さでいいよ」

「いーよー」

「髪の毛も短いから洗いやすいし」


 教えてもらってタケの頭を洗うと、幼児特有のふわふわの髪の感触にミノリはびっくりしてしまった。


「タケちゃんの髪、ちょっと気持ちいい」

「でしょ? ほっぺもぷにぷにだよ」

「タケたん、かーいー?」

「可愛い!」


 洗い終わると湯船で温まってもらっていて、その間に自分たちが体を洗うのだが、ナホは注意点を教えてくれる。


「髪洗ってる間に、タケちゃん、滑って溺れかけたことあるから、髪洗うときには、もう、出してあげて、イサギお父ちゃんかエドお父さんに任せるといいよ。私でもいいし」

「タケたん、おぼえたの……?」

「そうだよ、タケちゃんは自覚ないかもしれないけど、すーっと沈んでて、私、驚いたんだからね!」


 きょとんとしているタケの様子に、これは確かに危ないと、ミノリは髪を洗うときはタケをお風呂から出すというのを記憶に刻み込ませた。

 ついでだとナホがミノリの髪を洗ってくれる。ナホは肩くらいで髪を切っているが、ミノリは腰まで伸ばしているので、毎日洗うのが大変だった。


「私も、ナホお姉ちゃんみたいに髪を切ろうかな」

「もったいないよ、こんな綺麗な髪」

「畑仕事で邪魔だし」

「結んでればいいんじゃないかな」


 今年で16歳になるのに胸も大きくなる気配がない、背もあまり高くないミノリを、女らしくないからと髪を伸ばさせたのは貴族の両親だった。あまり良い記憶はないが、ナホに褒められるとそれが塗り替えられていく。


「ナホお姉ちゃんの言葉は、魔法みたい」


 怖い場所で震えていたミノリを見つけて救ってくれた日から、ミノリにとってはナホは頼れる姉だった。

 エドヴァルドがテンロウ領の領主の長男なので、引き取ったミノリを紹介しに休みの日にテンロウ領のお屋敷を訪ねた。木造建築のセイリュウ領とは全く趣の違う、石と煉瓦の重厚な作りの屋敷は広く、気後れしてしまうミノリの手を引いて、タケが祖父母に突撃していく。


「ばぁば、かぶたん、らっこちていい?」

「アルベルトが嫌がらなければいいわよ」

「あべうと、らっこちていい?」


 テンロウ領の領主夫妻が可愛がっている蕪マンドラゴラを、タケは捕まえて抱っこする。まんざらでもない雰囲気で、服を着せられた蕪マンドラゴラは抱っこされていた。


「ミノリちゃんだね、よろしく。妻は、ミノリちゃんとタケちゃんとナホちゃん、お揃いのマフラーを編み始めたんだよ」

「え!? 三人お揃いですか? でも、まだ夏ですよね?」

「夏から編まないと、三人分は間に合わないわ」


 微笑むテンロウ領の領主夫妻は、怖い雰囲気はなく優しくミノリを受け入れてくれた。エドヴァルドの弟で次期領主のクリスティアンも、ミノリに書斎を見せてくれる。


「ナホちゃんは来るたびにここの本を借りて行ってるよ。ミノリちゃんも借りたいものがあればどうぞ」

「すごい……論文が何本も書けそう」


 天井まである本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、ミノリは見上げて驚いていたが、ナホはさっさとお目当ての本のところに向かっていた。


「本当のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだと思ってくれると嬉しいけど」

「じぃじ、らっこ!」

「タケちゃんはすっかり懐いてくれてるようね」


 政略結婚で結ばれたというがこんな風に暖かな家族になれる貴族もいるのかと、ミノリはテンロウ領で学んだ。

 移転の魔術で魔術学校に通うのも、いい成績を取るためではなく、いつかナホの片腕として研究者になるためという目的ができて張り合いが出たし、何より、家に帰ると暖かな家族が迎えてくれる。

 ミノリでなくても引き取っていたということは、ミノリに何も課せないということだと理解できる。父親が二人というのに最初抵抗がなかったわけではないが、それすらも今は幸せの要因でしかなく、ミノリは大好きな姉と弟と両親と暮らせる毎日を、噛み締めていた。

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