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18.19歳と15歳の夏休み

 研究過程を卒業すれば、カナエはサナの元でセイリュウ領領主の仕事を習うことになっていた。見習いの領主としてある程度仕事ができるようになれば、サナとレンは大陸に旅行に行きたいと言っている。


「学生時代しか、夏休みみたいな長期休みはないけん、今のうちにたくさん遊んでおいで」


 父のレンに言われて、夏休みはセイリュウ領で過ごそうと思っていたカナエは、思い付いたことがあってサナとレンとレオに相談した。


「レオくんと旅行に行ってきたいのです」


 今年度の初めにゼミの研修で二泊してから、ときどきカナエは研修のために屋敷を空けることもあった。行った先では、必ずのようにゾフィーに「レオくん、見てください」と話しかけて、「また『エアレオくん』してる」と笑われたのも良い思い出だ。

 海の綺麗な魚の美味しい旅館に、二人で泊まりたい。


「あかんわけやないけど、レオくんは男の子で、カナエちゃんは女の子なんやで?」

「お部屋はちゃんと別々にするのです」

「ふ、二人きりで旅行とか、ええんか?」

「まだレオくんは15歳だから、日帰りでならいいよ」


 移転の魔術を使えば日帰りで帰って来られない距離ではない。

 日帰りの代わりに、温泉宿の温泉を借りて入って来て良いと言われて、カナエもレオも納得した。

 待ちに待った夏休み、レイナとユナとリンに行ってきますをして、カナエはレオとアイゼン王国に所属する小島に移転の魔術で飛んだ。音楽を学ぶために、レイナも王宮のリュリュやツムギから習っているというので忙しく、夏休みは王都とセイリュウ領を行ったり来たりしている。


「レイナちゃんがお歌を習っていると、ミルカくんが見に来るのですって」

「レイナちゃんも好かれたなぁ」


 レオとカナエで話しながら移転の魔術で降り立った浜辺は、ひとが少なく、海が澄んで綺麗だった。日焼け止めを塗って、日除けのパーカーも着て、水着に着替えたレオとカナエは海で泳ぐ。

 運動は得意な方なのだが、プールでは体脂肪が少ないせいかあまり浮かなくて泳ぎは苦手だったが、海水では浮くことをカナエは以前にレンとサナに海に連れて行ってもらったときに学んでいた。レオの方も身体が大きく、泳ぎは得意である。

 パーカーから見える褐色の首筋や、水泳用のハーフパンツから見える筋肉の付いた脛にカナエの胸が騒ぐ。意識しているのは、カナエだけではなかったようだ。パーカーの前を開けようとすると、レオにジッパーを上まで上げられてしまう。


「年頃の女の子が、肌を見せたらあかん! カナエちゃんは俺と違って、肌も白いんやし」

「レオくん、カナエの水着、見たくないのですか?」

「そんな、返答に困ること、言わんといて」


 真っ赤になる思春期の15歳は可愛くて、カナエはレオの言うとおりにパーカーは閉めて、太もももできるだけ隠していた。

 泳ぎ終わるとサンダルを履いて温泉に向かう。

 男女別々だったので、カナエはゆっくり髪を洗って、身体も洗って温泉に浸かったが、日焼けしたのか首の後ろや足がお湯につけるとひりひりと痛んだ。

 露天風呂は仕切りがあったが、声は聞こえる。


「レオくーん、あったまってますか?」

「あったまりすぎて、逆上せそうやー!」


 大声でお互いに呼び合うと、他に入っていた客から微笑ましそうに笑われてしまった。お風呂から出て、浴衣を着て、集合場所の旅館の食事処に向かおうとするカナエの袖をレオがちょんと引っ張った。食事処に行かず、大浴場から出て来るのを待っていてくれたようだ。


「カナエちゃん、これ、塗っとった方がええ」

「お薬ですか?」

「火傷用の冷やすローションやけど、日焼けにも早めに塗ってたら対処できるてお父ちゃんが持たせてくれたんや」


 肌の白い焼けやすいカナエではなく、褐色肌で多少の日焼けは平気なレオに持たせてくれたのは、レンがレオにカナエに良いところを見せられるようにと言う配慮なのだろう。


「ありがとうございます」


 受け取ってカナエは脱衣所に戻って、たっぷりとそのローションを日焼け跡に塗っていった。すぅっと冷たさが火照る肌を癒してくれるようだ。


「これを作ったのはイサギさんでしょうね」

「せやろな。帰ったらお礼言わな」


 塗り終わって出て行けば、レオとカナエは予約していた個室に案内された。畳に障子の松林の向こうに海が見える部屋で、運ばれて来る懐石料理を食べる。


「お刺身や。めっちゃ、身がぷりぷりしとる」

「この島のお魚は美味しいのですよ」

「魚の煮付けも美味しいわぁ」


 もりもりと食べるレオと一緒にカナエも食べ進めるのだが、懐石のコースは良いものを選んだので量が多くて、最後には入らなくなってしまった。カナエの残した分もレオは食べたいと言う。


「美味しいし、俺、足りてへんから、お行儀悪いけど、もらってええ?」

「勿体ないので、食べてくれると嬉しいのです」


 小柄なカナエは一度にたくさん食べられる方ではない。折角のコースを残してしまうのはもったいなかったので、レオの言葉に甘えて食べてもらうことにした。

 デザートまで食べ終えて、香りのいいお茶を飲んで、一息つく。


「この後はどないするんや?」

「レオくんに見て欲しいものがあるのです」


 浴衣に下駄で島を散策して、カナエがレオを連れて行ったのは、刺繍をしている工房だった。島の民芸品の着物の反物や帯に、ひと針ひと針丁寧に手で刺繍を施している。


「お父さんが、レオくんが産まれるときに、ブランケットに犬の刺繍をしたのを思い出したのです」

「犬の刺繍? お父ちゃん犬が好きやったんか?」

「お産に犬は縁起がいいと言われているとお父さんは言っていました。そのときに、カナエもお揃いで犬の刺繍のブランケットを貰ったのです」


 お気に入りのレオのブランケットは吸われて、齧られてぼろぼろになってしまって、それがないと泣くので、カナエは自分のブランケットをレオに上げた。そのブランケットもレオが喋れるようになるくらいには、ぼろぼろになってどこかにしまい込まれているはずだ。


「綺麗な鳥さんに、お花……刺繍ってすごいなぁ」

「アクセサリーにもできるのですよ」


 刺繍した部分を切り取って端の始末をして、アクセサリーに加工して売っている販売所も見に行って、カナエはレオに説明する。


「刺繍の模様には色んな意味があるのです。魔除けだったり、安産祈願だったり」

「そういうことを、ここに来てカナエちゃんは学んでたんやな」

「レオくんも一緒だったら良かったのにと、ずっと思っていました。やっと連れて来られました」


 どの研修旅行でも、カナエはレオに見せたいものがあった。

 そのうちの一つをようやくレオに見せられた。

 嬉しそうに笑うカナエの頬を、レオがそっと撫でる。キスをされるのかと思って、どきりとしたカナエは、販売店にひとがいないことを横目でそっと確認していた。

 目を閉じてどきどきと待っていると、頬にひやりと冷たい感触がする。


「カナエちゃん、顔真っ赤や。日焼けのローション、塗らへんかったやろ?」

「あ……顔は忘れていたのです」


 頬に丁寧に冷たいローションを塗ってくれるレオに、カナエは安堵しつつ、ちょっぴりがっかりしている自分に気付いていた。まだ15歳のレオが、カナエにキスをしてくるようなことはない。

 唇にキスをしたのは一度きり。

 違法な卑猥な雑誌をオダリスに見せられて、レオが動揺しているときに、カナエが怒り狂って勢いでしてしまった、あれだけだった。

 学期末の三月には、カナエも20歳になる。

 キスくらいしても良いのかもしれないという気持ちと、まだレオは15歳なのだから自分が大人になって自制心を持たなければいけないという気持ちの間で揺れ動く。

 身長差があるので自然と目を伏せるように下向きにカナエを見つめるレオは、体格も立派で顔立ちも精悍で、11歳で16歳に間違われたころよりも、更に大人びて見える。


「レオくん、き……」


 言いかけて、カナエは真っ赤になってしまった。

 どう言えばいいのだろう。

 「キスをしましょう!」では積極的過ぎる気がする。「キスをしても良いですか?」は、許可を取っているようで柔らかいが、恥ずかしくて言えない。「キスをしても良いのですよ!」が一番カナエらしいが、そんなことを言ってしまったら、恥ずかしくて死んでしまう気がする。

 勢いでしてしまったときはどうだったのかと思い起こせば、カナエは愕然とレオを見上げることになった。


「身長差! レオくん、背が高いのです」

「ん? 俺、背、高いけど……」


 初めてのときはレオが泣いていて、胸倉を引っ張っての勢いだけで成立した口付けだったと思い出して、カナエは頭を抱えた。


「カナエちゃん、このお花のイヤリング、お母ちゃんとレイナちゃんに買って帰るわ。待ってて」


 にこにことお土産を買いに行ったレオに置いて行かれて、カナエは密やかにその場に崩れ落ちていたのだった。

 15歳と19歳の恋愛は、なかなかに難しい。

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