17.領主の資格とは
姉のカナエが次期領主として選ばれるならば、同じ血統で魔術の才能は多少劣るとしても、ミノリが次期領主に成り代わっても構わない。
実の両親からミノリを買い上げた貴族の両親は、そうミノリに言い聞かせていた。
隙をついてカナエの評判を落として、次期領主としての座から引きずり下ろす。その後でミノリがそこに就けるようにするのだと。
「次期領主なんて、怖かった……貴族社会ですら、ドロドロしてて、実の子どもも捨てて、魔術の才能のある子どもを担ぎ上げなきゃいけないような場所で、その頂点ともいえる領主の座を奪い取るなんて、怖くてできない……」
イサギとエドヴァルドに引き取られて、生活が落ち着いてから、ミノリはぽつぽつと貴族の両親の元で暮らしていた頃のことを話してくれた。
「何不自由なく暮らさせてくれたひとたちで、王都の魔術学校にも行かせてくれたけど、全部私を次期領主にするためって分かってたから、何をされても嬉しくなかったの」
カナエに似た緑色の目には涙が浮かんでいた。物質的に満たされていても、教育を受けさせてもらっていても、その後ろに領主の座を奪わせようという下心が見えていて、そのためにミノリにカナエが疑われるようなものを荷物に仕込ませるようなことをさせる両親に、ミノリは心を許していなかった。
「ナホお姉ちゃんは、私が怖かったのを分かってくれた。ナホお姉ちゃんに見抜かれて、すごく慌てたけど、本当は安心してたの。イサギお父さんとエドお父さんの家で、タケちゃんのお世話をしたり、畑の手伝いをしたり、ご飯を一緒に作ったりするの、大変だけど、本当に家族の一員なんだと思えて幸せ」
タケの世話や、家事や、畑の手伝いを任されるのは、ミノリには初めての体験だったが、信頼されていると実感することが多かった。
「小さいタケちゃんに意地悪しないって信じてもらってる、お家のことを任せても良いって信頼してもらってる、畑の薬草を盗んだりめちゃくちゃにしたりしないって責任感あると思ってもらってると、嬉しいの」
そんな小さな喜びすら得られずに暮らしていたミノリは、確かに孤独で寂しかったのだろう。自分の寂しさを見抜いて助ける道を拓いてくれたナホには、「お姉ちゃん」と素直に懐いていた。
正式にミノリがイサギとエドヴァルドの養子になってから、打ち解けるまでにナホがいたおかげで長期間はかからず、報告を聞いたサナはカナエにミノリのことを話してくれた。
「ミノリちゃんに必要なのは、ナホちゃんみたいな賢くて優しいお姉ちゃんだったのです。カナエはミノリちゃんのお姉ちゃんになれた自信がありませんでした」
「それは、カナエちゃんのせいやないんやないかな。両親が自分を早急に手放したかった理由が、妹が生まれるからやって聞いてしもたら、妹に罪はないとしても複雑な気持ちになるやろ」
「カナエが意地悪だからではないのですか? カナエはもう19歳で大人なのに……」
ミノリを呼び出した席でナホが言い当てたことは、カナエの胸に鈍く刺さっていた。あんな両親気にしていないと思っていても、次の子どもならば愛せるかもしれないと浅はかに考えて、生まれた後にやはり愛せないと貴族に売ってしまった事実を知ると、言葉にできない靄が胸に立ち込める。
「カナエだったら、もっと高く買ったと言われていたのです、ミノリちゃん。どれくらい悔しかったでしょう……」
「そんな奴らは親を名乗る資格はない。ミノリちゃんは、イサギとエドヴァルドはんのところで愛されればいい」
「カナエは……お母さんがミノリちゃんを引き取るかと思っていました」
そうなればカナエはミノリを妹としてどう扱えばいいのか、かなり悩んだことだろう。正直にそのことを口にすれば、サナは優しくカナエに笑いかける。
「うちは、カナエちゃん以外の養子はとらへんて決めてたんよ」
「カナエの妹でもですか?」
「妹やったら尚更や」
その理由をサナが説明してくれた。
「ミノリちゃんにはカナエちゃんほどではないけど、魔術の才能があるやろ? せやったら、カナエちゃんに何かあったときに、ミノリちゃんを次期領主にて、周囲は言う。何もないときから、ミノリちゃんはカナエちゃんが使えへんようになったときの代用品扱いされるんやで?」
「か、カナエが、使えないとか!?」
「腹立つやろ? うちもそんなのはごめんや。やから、カナエちゃん一人しか養子はとらへん。次期領主はカナエちゃんだけや」
サナのところに引き取られて、周囲からカナエの代用品と扱われるのは、ミノリにとって耐えられることではなかっただろう。それよりも、領主の血縁ではあるが、慎ましく暮らしているイサギとエドヴァルドの元で、普通の娘として育てられた方がずっと良いに決まっている。
「ましてや、レイナちゃんをカナエちゃんの替えや言うたら、うちが吹っ飛ばしたる」
「レイナちゃんはカナエの大事な妹なのです!」
実子のレイナも魔術の才能があるが、最近は音楽に興味を持って、そちらの方面で研究課程に行こうかと考えているようだ。ツムギのようにダンスや歌の才能のある親戚もいるので、レイナが音楽方面で活躍することについて、サナは応援していた。
「ミノリちゃんは、実践魔術でいい成績は取ってるけど、本当に戦うのは怖いて言うてるて」
「……そうなのではないかなと思っていたのです」
問い詰められてナホの言葉に震えていたミノリは、明らかに戦闘ができる性格ではなかった。分かっていて、カナエは「殺し合う」などという過激な言葉を使って、ミノリを怖がらせて本音を聞き出そうとしたのだ。
「今回はカナエちゃんもミノリちゃんも頑張ったな」
サナに褒められても、ナホに頼って、ミノリを怯えさせて、やはり自分は大人げなかったという苦い思いがカナエの中に残った。
研究過程のゼミに出て、昼休みにレオとお弁当を食べていると、レオの指がふにっとカナエの頬を摘まむ。目を丸くしてレオを見れば、心配そうに眉を下げていた。
「お母ちゃんと話してから、元気がないけど、カナエちゃん、どないしたんや? 話したくないことならええけど、ミノリちゃんのこと、気にしてるんか? 俺に話してすっきりするなら、何でも言うて」
「レオくん……聞いてくれますか?」
15歳の誕生日を迎えてすぐの婚約者は、無邪気で子どもっぽくも思えるが、カナエの気持ちにすぐに気付いてくれる。
「ナホちゃんは、カナエより年下だけど、大人だったのです。冷静にミノリちゃんに話していました。カナエは、もめ事があればペトロナの屋敷をぶっ壊したみたいに、壊すのは得意なのですが、話すのは上手ではないのです」
領地の外れの家で実の両親と会ったときも、カナエは言葉を失ってしまった。呆れて話もしたくないというのも確かだったが、何を言えばいいのか分からなくなったのだ。
「こんなにできないことが多くて、カナエは、良い領主になれるのでしょうか?」
気にしていたが、サナには言えなかったことがレオには口に出して言える。こんなことを言われてもレオが困ってしまうかもしれないという心配はあったが、聞いてくれるだけでも、カナエは心が軽くなる気がした。
「カナエちゃんは、ミノリちゃんと会うときに、俺やなくてナホちゃんを連れて行ったやないか」
「はい。女の子同士の方が怖がられないし、ミノリちゃんも安心して話せると思ったのです」
「その中に、ナホちゃんが自分の参謀になってくれるていう考えもあったんやろ?」
指摘されて、カナエはナホを連れて行った理由を思い出した。コウエン領の元領主とリューシュと揉めていたときにも、カナエはナホに声をかけた。ナホはいつでもカナエの思い付かない方法を考えだしてくれる。
「お母ちゃんかて、自分一人で全部の仕事はしてへん。適材適所で、自分以外のひとがした方が効率がええことは、そっちに振ってる。カナエちゃんは、自分のできへんことをちゃんと分かって、できるナホちゃんに振ったんやないか。それは充分な領主の資格やと俺は思う」
断言されてカナエは思わずレオの逞しい腕にしがみ付いた。
ミノリを呼び出した日から胸に凝っていた複雑な気持ちが、解けて消えていくような気がする。
「レオくんは、カナエを見ていてくれます。そういうところが、大好きです」
自信満々のカナエでも、まだ19歳だ。失敗したと落ち込むこともある。
そういうときにでも、レオは純粋な目でカナエを見ていてくれて、評価をくれる。その評価にカナエはいつも救われる。
「レオくん、大好きなのです」
「俺も、カナエちゃんが大好きやで」
やから、落ち込んでないで笑って。
言われてカナエはずっと自分が眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたことに気付いた。
にっこり微笑むと、レオも笑う。
小さい頃からレオはカナエが笑うと、一緒になって笑っていた。
今までもこれからも、共に笑い合える二人でいたいとカナエは思っていた。
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