16.カナエの妹
解析の結果、違法薬物はミノリが匂わせていた通りに、『不老不死』のための妙薬だった。人間の体の一部と搾り取った魔術を使って生成されているそれを、製造することも使うことも、アイゼン王国では法律で禁止されている。
速やかにレンは違法薬物を王宮に提出し、その出所を探ってもらうように手配した。セイリュウ領の方でも、ミノリの両親を中心に、貴族を洗い直すようにサナが手配していた。
ミノリの両親は貴族で、魔術の才能の低い姉がいるが、見限られて、ミノリが小さい頃に養女に貰われて来たと調べはついていた。
呼び出すにしても、何から話し出せばいいか分からないカナエは、参謀としてナホを呼んでおいた。女の子同士の方が警戒されにくいかと、レオは席を外してもらったが、魔術学校の研究過程の校舎にあるカフェに呼び出したミノリは、暗い笑みを浮かべていた。
「セイリュウ領の領主の娘と、領主の従弟の娘が、私に何の用?」
「先日、ミノリちゃんは、カナエのカバンに違法薬物を入れましたね?」
「証拠があるの?」
「証拠はないですが……」
口ごもってしまったカナエには、もう切り札がない。こういう心理的なやり取りはカナエの得意とするところではなく、物理的にぶっ壊してしまう方が簡単だった。
「ねぇ、君、助けて欲しかったんじゃないの?」
そんな中、ナホの声にぱっとミノリが顔を上げた。驚きに見開かれている目は、カナエと同じ緑色である。
「デシレーちゃんのお誕生会でカナエちゃんに接触して、レオくんのお誕生日会ではカナエちゃんに『違法薬物』の話をしている。君、カナエちゃんに仕掛けなければいけないから、『警戒しろ』と密やかに伝えたかったんじゃないかな」
「そ、そんなわけ、ない!」
テーブルの上に置かれた小さな白い手が、動揺でかたかたと震えている。
乗馬鞭で叩かれていたリューシュ。同じように暴力ではなくとも、言葉や態度で、ミノリは両親から脅されていたのかもしれない。
「君は、悪いことはしたくなかったんでしょう?」
「幸せな頭ね。ねぇ、どんな気持ちがする? 『姉の方だったら、次期領主になれた』『姉の方だったら、もっと高く買ってやったのに』って言われ続けるの」
次期領主とまではいかないが、ミノリにも魔術師としての才能があった。そのために、実の両親はミノリをセイリュウ領の貴族に売った。
「お金で、売られたのですか?」
「あなたは違うみたいね。どうして、あなたは当然のように領主の夫婦に実の子どものように愛されて、実の子どもを差し置いて次期領主の座につけるの? 狡い! あなたは、狡い! 魔術師としての才能がちょっとあっただけじゃない、私と替わってよ!」
「替わるって……」
「私がレオくんと婚約して、次期領主になるの」
魔術師の才能がある程度あるのならば、次期領主は法律が変わってサナが選んでいいことになっているので、カナエでもミノリでも悪いわけではない。自分が辿ったかもしれないもう一つの人生を突き付けられて言葉に詰まるカナエに、ナホが冷静に言葉を添えてくれた。
「君、想像力がないの? カナエちゃんが領主の屋敷に追いやられたのは年末、君が産まれたのは3月の末。どうして、君の両親はカナエちゃんを急いで領主に捨てるように押し付けたんだろうね?」
次の子どもが産まれるから、カナエがいらなくなった。
カナエには言いにくいことだっただろうが、はっきりと口にされて、カナエもようやく気付いた。ミノリが産まれるから、カナエの実の両親はカナエを3歳で領主のサナとレン夫婦にやってしまった。
「憶測でものを言わないで!」
「あのひとたちは、言っていたのです。魔術の才能のある子に、嫉妬したと」
二人目こそは普通の愛せる子どもが産まれるかもしれない。そう両親も期待していたのかもしれないが、二人目の子どもも、カナエほどではないが魔術の才能があった。
領主として担ぎ上げるには、充分なくらいには。
「私が領主になるのよ!」
「なにも、見えていないのですね。領主は楽な仕事ではありませんし、領主になったところで、ミノリちゃんは、今の両親の指示を受け続けるのではないですか?」
「領主になれれば、好き勝手できるもの」
キッとカナエを睨み付けるミノリに、カナエとナホは顔を見合わせた。
「領主は好き勝手するものじゃないよ」
「領民を守って、良き政治を行うものです。その見返りとして、相応の豊かな暮らしが与えられるだけです」
女王たちも良き政治をしているからこそ、家族で豊かに暮らしている。国が荒れれば女王の暮らしは成り立たず、二人が王女だった時期には王宮の食事は食べられたものではないレベルだったと言われている。
荒れていたセイリュウ領を整えて行ったサナの人生の半分以上。それを捧げてようやくサナはレンという安らぎの場所を得て、子どもたちを授かった。
「何を吹き込まれているのか知りませんが、そんなに領主になりたいのだったら、セイリュウ領領主に直談判しに行きましょう」
「それは面白いね。どんな結果になることやら」
「な、なにを!?」
ミノリの手を引いてナホとカナエで移転の魔術を使って、セイリュウ領領主のお屋敷の執務室に入る。着物姿でレンの作った簪で髪も綺麗にまとめたサナの前には、薬草の在庫の報告に来ていたイサギとエドヴァルドが待たされていて、ミノリの両親が詰問を受けていた。
「ミノリ、サナ様に説明なさい」
「私たちが可愛いミノリに違法薬物を持たせたりするはずがないだろう」
両親の言葉に、ミノリは口を開こうとしたが、喉に言葉を詰まらせる。その様子に「ミノリ!」と叱責する両親を、サナは冷ややかな目で見ていた。
「おかあさ……セイリュウ領領主様、カナエの妹のミノリが、次期領主として名乗りを上げていますが、次期領主に推薦しますか?」
現領主の推薦があれば、魔術の才能に関係なく、女王と議会を交えた次期領主の審査に誰でもかけられることができる。法律はそう変わっていたが、それを良い方に使った例はまだなかった。
「カナエちゃんは、どないしたいんや?」
「カナエが決めても良いのですか?」
「うちは、カナエちゃんに決めてる。後継者争いで、うちは従弟妹に暗殺されかけた。そういうのがあらへんように、一度決めたことは覆さんて誓ってるんや。それでも、カナエちゃんが譲りたいんやったら、そう言うて?」
サナの圧力を感じて震えているミノリに、カナエは手を取ってその緑色の目を覗き込んだ。
「ミノリちゃんは、カナエと殺し合いたいですか?」
「ま、まさか!」
「カナエは、良い領主になるために勉強しています。お母さんの後を継いで、良い領主になるつもりです。レオくんのことだって譲れません。それなら、殺し合うしかないですよね」
「な、なんでそんな……」
ただでさえ魔術の才能はカナエの方が上で、実践魔術では魔術学校で伝説になる程好成績を修めてきたカナエと戦うなど無理だと震えるミノリに、ミノリの両親の目が光った。
「お受けしろ! 決闘だ! 次期領主を引きずりおろせ!」
「それが、あんさんの本音なんやな?」
「あの子が言ったんですよ、殺し合うしかないって」
両親の言葉に首を振って震えているミノリに、ナホが寄り添う。ナホに助けを求める視線を投げかけられて、イサギがミノリの隣りにやってきた。
「サナちゃん、まだ子どもやないか。この子は許したって?」
「ヘタレが何を言うとるか」
「お願いや、許したって。この子に足らんかったのは、正しい教育をしてくれる両親やろ? 俺かて、サナちゃんを殺そうとして、殺されかけて、エドさんに救われたやん?」
膝をついて、見知らぬミノリのために土下座するイサギを真似して、エドヴァルドの脚にくっ付いてきていたタケも、必死に訳の分からないまま土下座をしていた。
「サナさん、お願いします」
「うちには子どもがもう5人もおる。お前、その子を責任もって育てられるか?」
従弟のイサギの話は聞かないが、エドヴァルドには一目置いているサナが、エドヴァルドの言葉に、イサギを睨み付ける。床にめり込むほど額を擦り付けたままで、イサギははっきりと答えた。
「カナエちゃんの妹なら、タケちゃんの従姉で、俺の姪っ子やん? 引き取らん理由がない。ええやろ、エドさん、ナホちゃん、タケちゃん?」
「ミノリさん、これはチャンスです。あなたに与えられた人生の岐路です。私たちは男性同士でどちらもお父さんですが、それでも、愛情はあります。姉であるカナエさんと殺し合えというご両親とどちらがマシか、冷静に考えてください」
「ミノリちゃん、私の妹になればいいよ。タケちゃん、お姉ちゃんが増えるよ」
イサギとエドヴァルドとナホに言われて、ミノリは決意したようだった。
「本当は、悪いこと、したくなかった……領主にもなりたくなかった。ごめんなさい」
深々と頭を下げた謝った先は、サナとカナエで、もうミノリの目には引き取った両親は映っていなかった。
人身売買と違法薬物所持でミノリを引き取った両親は捕えられて、保護者に不適切として、後日正式にミノリはイサギとエドヴァルドの元に引き取られることになった。
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