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15.リボンの留め具

 あの女の子の顔を見たことがあるような気がする。

 誰かに似ている気がするのに、それが誰か分からないもどかしさに、カナエは頭を悩ませていた。セイリュウ領の容貌で、白い肌に黒い髪、小柄な体付き。


「あの子は、お母さんに違法薬物を使っているという嫌疑をかけようとしている気がするのです」

「そうかもしれへんけど、うちはそういうの慣れてるからなぁ」


 15歳で領主になってから幾度となくサナを引きずり降ろそうとする陰謀は起こった。その全てを蹴散らして、サナは領主を続けている。生半可な罠にかかるようでは、セイリュウ領の領主は務まらなかった。


「危ないのは、その子と接触のあるレオくんやカナエちゃんやな」

「カナエやレオくんですか? レオくんに変なものを渡す輩は許さないのです!」

「うちもカナエちゃんやレオくんが変なもんをもらってくるとは思わへん」


 けれど、悪意は慎重に近付いてきて、紛れ込む。

 研究過程のゼミで、荷物を置いて野外活動を終えた後に、カナエは自分のカバンに違和感を持った。リボンの形の留め具の角度がいつもと違うような気がする。

 野外活動の最中に、荷物を触ったものがいないか、カナエは同じゼミのゾフィーに聞いてみた。


「ゾフィーちゃん、カナエの荷物に触ったひとを見ませんでしたか?」

「カナエちゃんの妹っていう子が、忘れ物を届けに来てたよ」

「カナエの妹? どんな子でした?」

「黒髪に白い肌のセイリュウ領の子っぽい……」

「レイナちゃんでしょうか?」


 忘れ物を届けるように頼んだ覚えはないが、レイナが気を利かせてくれたのかもしれないと、お昼休みに魔術学校の校舎から連れて来てゾフィーと会わせると、目を丸くされる。


「この子じゃないよ」

「うち、カナエちゃんとこに行ってへんよ。忘れ物も頼まれてへんし」

「そういえば、セイリュウ領の訛りもなかったわ」


 サナがセイリュウ領の訛りで喋るので、レオとレイナも同じように訛っているが、これは古い喋り方で、セイリュウ領でも王都のように気取って喋るものが増えている。特にサナの反対派は、王都のような訛りのない喋り方を心掛けているようだった。


「レイナちゃんじゃないのですね……カナエのカバンになにをしたのでしょう?」


 レイナとゾフィーに見届け人になってもらって、カナエはカバンの中のものを全部出した。筆箱にノートに化粧ポーチにお財布、レオの南瓜頭犬とスイカ猫のための栄養剤……出て来るものの中に、栄養剤とそっくりの瓶だが、見たことがないものが入っている。

 蓋を開けてはいけない気がして、カナエは即座にサナに通信で連絡をしていた。


「ひとのカバンを勝手に触るのは、犯罪やなぁ。うちの子が犯罪に巻き込まれたやなんて、親として見過ごすわけにはいかへんわ」


 仕事を中断して来てくれたサナは、カナエのカバンの中にあったものを調べて、眉根を寄せた。

 中身はすぐに分かるような違法な薬物だった。


「不老不死が云々て言うてた子がおったな……領主の屋敷にこんなもんがあるって、持ち込ませて検挙させようて魂胆やったんやろな」

「あの子でしょうか……?」

「ゾフィーちゃん、その子の顔を見たら分かるか?」

「え? た、多分」


 急にセイリュウ領の領主から話を振られて、ゾフィーは驚いていたようだったが、慌てて返事をした。

 レオが魔術学校の校舎からその女の子を連れて来て、ゾフィーと会わせる。


「この子だと思います」

「私、何もしてません。私が入れるところを誰か見たんですか?」


 堂々と言い返すその子に、ゾフィーは気おされている。カバンの場所は聞いたけれど、彼女がカナエのカバンに違法薬物を入れたという証拠は、この時点ではなかった。


「レンさんにこの薬を見てもらお」

「持って帰るんですね……やっぱり使う気なんだわ」

「ひよこちゃんがぴよぴよよう鳴くわ。あんさん、自分がしたことは誰よりも分かってはるやろ? 悪事には、報いが来るんやで」


 真っすぐに見つめたサナの視線から逃れるように、その子は目を伏せた。手が震えているのは、サナが怖いからだろう。


「カナエちゃんの妹やなんて、嘘までついてご苦労なことや」

「嘘じゃありません……」


 小さなその子の呟きはかき消された。

 違法薬は持ち帰ってレンに成分を分析してもらうこととして、同級生のレオとデシレーがその子についてサナから話を聞かれた。


「ミノリちゃんっていうっちゃけど、ずっと成績のいい子で、魔術の才能も高いって言われてるとです」

「実践魔術が得意で、筆記はちょっと苦手やったかな」


 実践魔術ではラウリやレオに勝つ成績をたたき出すが、筆記では負けてしまうが、総合点でなんとか学年の一位を保っているミノリに、カナエはなぜか既視感を感じていた。どこかで見たことがあるような気がする。そんな話をどこかで聞いたような気がする。

 実践魔術ではカナエも専門課程に来るまでは、他の追随を許さない好成績を上げていた。その代わり、筆記ではリューシュにギリギリ勝てるか勝てないかで、ナホには大きく間を空けられていた。


「もしかして、あの子、カナエに似ていますか?」


 伏せていたので良く見えなかった目の色は、緑だったような気がする。そして、本人の口から出た言葉がカナエの胸に刺さっていた。


「妹っていうのを、嘘じゃないって……」


 ミノリとレオは同じ学年。レオが一年飛び級しているように、ミノリもデシレーから聞けば、早生まれで3月の終わりの生まれと、レオと誕生日も近い。

 カナエがサナとレンに迎えに来てもらったのは年末で、その後に生まれたのだとすれば、カナエの妹でもおかしくはない。領主の血統なのだから魔術師としての才能が高いのも、全く不自然ではない。


「二回も、あのひとたちは、子どもを捨てたんか?」


 レオの誕生日前に訪ねたカナエの実の両親の家は、子どもがいるような気配は全くなかった。産まれた後に貴族に渡してしまったのだとすれば、二度も両親は子どもを捨てたことになる。

 怒りに燃えて立ち上がったレオの手を、カナエは掴んだ。


「許されへん! 俺、行って来る」

「待ってください、レオくん! あのひとたちに話をしても無駄なのです」

「せやけど、許せへん!」

「もう、関わり合いにならないと決めたのです」


 止めるカナエに、状況が変わったのだからあの約束は反故だとレオはカナエの実の両親に会いに行こうとする。それだけカナエを心配してくれているのは嬉しいのだが、正直、カナエはもうあのひとたちに会いたいとは思わなかった。


「それよりも、ミノリちゃんと、話してみたいのです」


 自分の妹だったならば、タケよりも血の近い相手ができることになる。

 どんな経緯で貴族の元に行くことになったのか分からないが、ミノリが利用されていて、幸せそうでないことだけは、カナエにも分かっていた。


「妹と言っても、カナエの妹はレイナちゃんとリンちゃんだけで、実感がないのですが、リューシュちゃんのときのように、自分の子どもを……しかも、引き取った子どもを利用して、違法薬物をお母さんの屋敷に持ち込ませようなんて計画を実行させるのは、おかしいのです」

「可愛がられてへん可能性はあるな。もしくは、偏愛されてる可能性も」


 上辺だけ可愛いと言って、潤沢に物を与えて、自分の利益のために魔術の才能のある子どもを利用しようとする輩をサナはこれまでどれだけでも見てきた。そういう輩に囲まれて来たからこそ、レンのように私利私欲なく純粋にダリア女王を命を懸けて救おうとした姿に、心動かされた。

 サナの口にする『偏愛』という言葉に、『盲信』がくっ付いていそうで、カナエはぞっとした。初めの頃リューシュも自分の父親が正しい、自分の感性は間違っていないと思い込まされていた。


「カナエは、ミノリちゃんのお姉ちゃんになれる自信はありません。ミノリちゃんも、領主の屋敷でぬくぬくと愛されて来たカナエを姉だとは思わないでしょう」


 けれど、同じあの親に捨てられたのならば、手を差し伸べてやることができるかもしれない。もう会いたくもない実の両親と会っている間、ずっと手を握ってくれて、自分の代わりに怒ってくれたレオのような存在が、ミノリにも必要なのかもしれないと、カナエは考えていた。

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