13.エメラルドの約束
喧嘩の理由はカナエのヤキモチで、デシレーをお誕生日に呼ぶかどうかに、オダリスがレオに違法の卑猥な雑誌を見せたことも加わって、拗れてしまった。話を聞いたレンは、冷静だった。
「婚約指輪を作っても良いっちゃないかと思うとよ」
研究過程に入ってカナエは一年前に成人している。今度の誕生日でレオも15歳になって、ラウリの父親のリュリュがローズ女王と結婚した年になる。
結婚するという約束は、あくまでも大人になってからお互いの気持ちが変わらなかったらという姿勢を、保護者のサナもレンも崩さなかったが、19歳と15歳になっても婚約者のままなのだから、このまま結婚するだろうと認めてくれたのだ。
デシレーの誕生日にも、これから通う魔術学校と研究過程にも、お互いがお互いの婚約者であるとはっきりと分かる証を着けていく。レンの提案はレオにとってもカナエにとっても嬉しいものだったので、二人は喜んで賛成した。
「お父ちゃん、俺も作りたいんやけど」
「俺が教えるけん、作ってみるね」
日常遣いできるようにシンプルなデザインのものをカナエとレオは選んだ。捩じれを一つ入れたリングに、レオはそのままで、カナエには小さなエメラルドを埋め込んだデザイン。
「前にレオくんが紐で編んでくれたのも、カナエの宝物ですが、今度は本当の婚約指輪ですね」
「めっちゃ嬉しい」
「俺からの誕生日お祝いと思って?」
仕事の合間にレオに付きっきりで作ってくれることが、レンからレオへの15歳の誕生日お祝い。他にどんなことをしてもらうよりもレオにとっては嬉しかった。
大急ぎで作業を進めてデシレーの誕生日までに指輪を作って、指輪をはめてレオとカナエはデシレーの誕生日パーティーに行った。オダリスとデシレーは自分たちのせいでカナエとレオが喧嘩をしたのを知っているので、気遣ってくれていたが、指輪にはすぐに気付いた。
「レオくん婚約指輪、レン様の手作り?」
「半分以上お父ちゃんにしてもろうたけど、俺も頑張ったんやで」
「鋳造やったとね?」
「危ないから、めっちゃ気を付けてってお父ちゃんが付きっきりやったわ」
魔術具製作者を目指すオダリスにとっては、レンの指導で指輪を作ったということが気になるようだ。作り方などを細かくレオに聞いていた。
炉を使って金属を溶かして鋳型に嵌める鋳造は、かなり高度で設備も整っていないと行えないので、オダリスはまだ経験したことがない。研究過程の終わりの方では、工房を訪ねて作ることもあるかもしれないが、オダリスの進路はコウエン領の織物に魔術を込めることなので、希望しないと体験もできないかもしれなかった。
「羨ましか。俺もやってみたかね」
「ライラさんに作りたいんやろ? お父ちゃんに相談しよか?」
「良いの?」
男の子同士が盛り上がっている間、デシレーは黒い目をきらめかせてカナエの手元を見ていた。左手の薬指には小さなエメラルドのはまった婚約指輪、右手には手首と手の甲を覆うような指輪と一体になった革紐で編んだブレスレット。どちらもレオの心がこもっているので、カナエも誇らしい。
「カナエちゃんのこと、『おばさん』とか呼んで、ごめんなさい。カナエちゃんは、恋する乙女やったっちゃね」
「許してあげるのですよ、カナエは寛大ですから」
「よかね……レオくん、カナエちゃんに夢中で」
わずかに寂しそうだったデシレーだが、お誕生日パーティーに来ていた他の友達に話しかけられて、ぱっと笑顔になってそちらの方に行った。誇らしげな顔のカナエに、見知らぬ年下の女の子が笑いながら話しかけてくる。
「完全にレオくんって、カナエちゃんの尻に敷かれてるのね。姉さん女房ってこわぁい」
悪意のある口調に気付いて言い返そうとするカナエより先に、レオがそれを聞いて笑み崩れた。
「尻に敷かれるやなんて、もう夫婦みたいなこと言われてもた! カナエちゃん、姉さん女房やて! 俺ら、夫婦に見えるんやろか」
「婚約者ですから仲良しに見えるのでしょうね」
ここで年下の女の子に怒るのは大人気ない。完全に悪意に気付いていないレオの惚気が、カナエを冷静にさせてくれた。
それでも、なんとなくその一言はカナエの胸に残った。
屋敷に戻ってから、サナとレンの二人が、ユナとリンを抱っこしてあやしているのに近付いていく。
「お母さんは、お父さんをお尻に敷いたりしていませんよね?」
「なんか言われたんか? コウエン領は古い気質が残ってるから、女が次期領主やったら、なんか言われるやろうとは思うてたけど」
面白くなさそうなカナエの顔に、サナはデシレーの誕生日パーティーでカナエが何か言われてくることを予測していたようだった。
「サナさんは、俺のやりたいようにさせてくれてるし、尻に敷いたりなんかされたことなかよ」
「うちを恐れんで、堂々と言い返してきたんやで、レンさん。『魔王』て呼ばれて、国一番の魔術師で、好き放題やってるセイリュウ領領主のうちを少しも怖がらへんかった」
ダリア女王が醜い毒を吐くドラゴンに変えられて、ローズ女王がサナとそれを仕組んだと嫌疑をかけられて、レンがセイリュウ領に避難してきた15年前。レンはサナを恐れもせず、王宮に自分を戻して欲しいと言い続けたのだ。
「命知らずなひとやった。それなのに、うちに毎日のように作ったものをくれるんやで」
懐柔するためではなく、ただサナに似合うからと魔術具を作り、それと話は別だと王宮に戻せと言い続けるレンに、サナは完全に惚れてしまった。
「尻に敷いとるって言う奴は知らへんのやな、カナエちゃんがどれだけレオくんに夢中なのか」
「む、夢中!? そんな風に見えますか?」
「恋してるカナエちゃんは可愛いよ」
微笑ましく両親に言われて、カナエは赤い頬を両手で押さえた。
魔術学校の校舎にレオを迎えに行っても、研究過程の校舎にレオが来ても、周囲は婚約指輪のことに気付いていて密やかに噂を立てる。
「『カナエちゃんがレオくんを取られないように牽制してる』とか言われてるんやで。どないしよ、めっちゃ嬉しいわぁ」
「その通りなので、カナエも肯定します」
「俺もカナエちゃんをとられへんように牽制してるて言われてるんやろか」
無邪気に喜ぶレオの姿に、カナエは毒気が抜けてしまう。このレオを馬鹿にするような態度を取れば許さないと周囲に目を光らせながらも、悪意の可能性も気付いていないレオの無垢が可愛くてたまらない。
「レオくんはそのままでいてくださいね」
「俺はずっとカナエちゃんが大好きやで」
にこにこと微笑むレオも週末には15歳。身長もレンを超えて、体付きはすっかり大人のようだが、中身はまだまだ少年である。
「ラウリくんのお父さんのリュリュさんは、レオくんの年で結婚してお父さんになったのですよね」
「俺も、結婚できるんやったらしたいけど、お父ちゃんとお母ちゃんは、そういうのは良くないて言うてたし」
法律で成人年齢が定められて、原則としてその年齢までは結婚ができないようにしたのは、血統でしか生まれない魔術師が、才能のある子どもを産ませるために売るようにして若い魔術師を貴族に差し出す因習があったからだ。貴族は男女問わず、愛人を持つのが普通で、出来る限り優秀な魔術師になれる子どもを産んで、次期領主の座を狙うものだった。
それをなくすために、ダリアとローズが制定したのが、次期領主を魔術の才能以外でも決められるように、現領主が指名する制度だった。それもまだ浸透していないが、いずれは歪んだ貴族社会を根本から変える策を、ダリアは打ち出すだろう。
「セイリュウ領の領主の子どもとして、他の貴族に後ろ指刺されないようにしなければなりません」
「そうやな、今は過渡期や。俺らがちゃんとせなあかん」
「婚約指輪が、お互いを守るのです」
「俺のこと、呼んでな?」
魔術具にも幾つもカナエが呼べばレオに繋がる魔術がかかっているものを作っていたが、指輪は何度それを使っても壊れないように頑丈に作ってあった。最高級の魔術を込めて、レンとレオの親子で作った指輪。
「お父ちゃん、結婚指輪で大失敗したんやて」
「作り損なったのですか?」
「お母ちゃんの分しか作らへんで、自分の分忘れたて」
作業の最中に父が聞かせてくれた失敗談を口にするレオに、カナエも笑う。
カナエの指には目の色と同じエメラルドの緑の煌めきがあった。
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