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12.レオとカナエの仲直り

 カナエと喧嘩をしてしまった翌朝、お弁当を渡すときにカナエに謝ろうとしたのに、素早くお弁当箱の包みを取ってカナエは移転の魔術で消えてしまった。行き先は分かっているし、帰る場所も同じ。それでも、喧嘩をしてしまったことに、レオは酷く落ち込んでいた。

 昨夜は珍しく、レオも腹を立てていたのだ。幼い頃からの付き合いなので、カナエが小さなことを根に持つ性質だとは知っている。両親に引き取られたときにサナがカナエに厳しいことを言ったのを相当引きずって、双子が産まれるまでサナを「お母さん」ではなく「おばさん」と呼んでいた。同じようにまだ14歳のレオに卑猥な違法立体映像の魔術がかかった雑誌を渡して、豊満な褐色肌の女性の裸を見せたオダリスのことも、カナエは許していない。

 闇市検挙で協力したし、友人としては話もできるのだが、その点に関してだけは絶対に許さない姿勢を貫いているのだ。

 真っすぐで自分を曲げないカナエのことが好きだから、レオは大抵のことはカナエの側に立って話を進めた。姉としての威厳を保ちつつも、レオを尊重し、頼ってくれるカナエのことが、レオは変わらず大好きだった。

 それでも、オダリスとは良き友人で、同じ魔術具製作者を目指す先輩としても、仲良くしていきたいと思っていた。それを全否定されるようなことは、さすがのレオも我慢しかねた。


「カナエちゃんを怒らせてしもた……」

「元はと言えば、俺が悪いっちゃんね。一緒に謝りに行くね?」

「オダリスくんのしたことは悪かったけど、悪気があったわけやないし、俺も初めてで失敗して離婚されたら嫌やって不安になってしもたから」


 肩を並べて沈み込むレオとオダリスの二人に、お弁当箱を開けたラウリがもしゃもしゃとサンドイッチを食べる。足元で大根マンドラゴラが栄養剤を飲んで寛いでいた。


「カナエちゃんも、レオくんも可愛いですね」

「びゃっ!」


 一番年下のラウリに微笑ましく見られていることに気付いて、レオはラウリに詰め寄る。


「どないしたらええんやろ?」

「友達は大事、カナエちゃんも大事、それじゃダメなんですか?」

「カナエちゃんはあかんて言うてる」


 オダリスを誕生日パーティーに招いて、妹のデシレーを招かないのは不自然としか思えない。そう主張するレオにオダリスが「いや」と口を挟んだ。


「デシレーには俺が説明するけん」

「それ、もっとまずいと思いますよ。カナエちゃんが年下の女の子に嫉妬して、レオくんのお誕生日なのに招待しないように指示したのが誰かに知られたと知ったら、カナエちゃんのプライドが粉々じゃないですか?」

「そんなぁ!? 俺はどないすればええんや!?」


 お弁当を食べながらのほほんと言うラウリの言葉にも一理あって、レオは頭を抱えてしまう。カナエとお揃いだが大きさの違うレオのお弁当箱は、まだ蓋も空けられていない。同じくオダリスもお弁当を食べるどころではなくなっている。


「カナエちゃんも、一晩経って頭が冷えていると思いますよ。贈り物でもして、カナエちゃんのプライドを壊さないように、オダリスくんとデシレーちゃんの話、もう一度してみたらどうですか?」

「もっと拗れてしもたら、俺は立ち直れへん」


 カナエと喧嘩をしてしまったので昨夜はほとんど眠れていないし、授業中もカナエのことばかり考えていた。どうにかカナエと仲直りをしないと、レオは自分がおかしくなってしまうような気すらしていた。


「カナエちゃんと話せへんなんて嫌やぁ! カナエちゃんとお昼も食べられへんなんて、お弁当も喉を通らんわ」


 成長期で食欲旺盛なレオが、お弁当箱に手を付けない。それだけでも、レオの動揺が分かる。


「俺とデシレーのことは、本当にいいけんね?」

「……オダリスくん。ダメや、俺がちゃんと説明できなあかんのや」

「カナエちゃん頑固ですからねぇ」

「ラウリくん、ちょっと面白がってへん?」


 問いかけにラウリが「てへっ」と笑う。


「僕はナホさんと喧嘩したことないですし、カナエちゃんは嫉妬してくれていいなぁと思ってしまいますよ」

「ナホちゃんは嫉妬せぇへんの?」

「そもそも、僕、ローズ女王の息子ですよ? 母が決めた婚約者がいるのに、手を出してくる間抜けはいません」


 この国の双子の女王、ローズとダリア。武闘派で物理で周囲を黙らせるローズと、頭脳派で策を張り巡らせるダリア。この二人が後ろについているのに、ラウリやその婚約者に手を出そうとする命知らずがいるわけがない。


「いたところで、相手にしませんけどね」


 笑顔で言うラウリが、外見は父親のリュリュにそっくりで少女のように可憐なのに、中身は意外といたずらっ子で、ローズの怪力を引き継いでいることを、オダリスとレオは知っていた。


「大事なのは土下座やね」

「土下座か?」

「そう、こうやって、膝を付いて、額を床にめり込むほど擦り付けるとよ。セイリュウ領式、最高級の謝罪って聞いとるよ」

「こ、こうか?」


 オダリスから土下座を習うレオに、ラウリが「あーあ……またカナエちゃんに怒られそうなことを教えて」と呆れているのも、レオには聞こえていなかった。

 もう一度カナエと普通に話したい。

 それだけを考えて、午後の授業を終えて屋敷に戻って来た。

 魔術学校の方が早く授業が終わったようで、カナエはまだ帰って来ていない。南瓜頭犬のサナエと、太ったスイカ猫のサラと、ユナとリンの部屋に行って、ただいまを言う。


「今日もええ子にしとったか? かわええなぁ」

「ユナくん、リンちゃん、ただいまー! お兄ちゃん、お弁当箱手ぇ付けてなかったらしいやん。どないしたん?」


 駆け込んできたレイナに指摘されて、レオはしおしおとソファに座り込んだ。抱っこしているユナが、涎付きの小さなお手手でレオの頬を撫でてくれる。


「カナエちゃんと喧嘩してしもた……」

「それで、朝、カナエちゃんとお兄ちゃんの様子がおかしかったんか。お母ちゃんとお父ちゃんも心配して、うちに探ってこいて指令を受けたんや」

「そんなに不自然やったか?」


 朝食の席で一言も言葉を交わさなかったレオとカナエを、サナとレンも心配していてくれたようだ。


「今度は、お兄ちゃんがカナエちゃんのお風呂、見てしもたんやないやろかって」

「違うわー! それやったら、俺が平謝りで終わりや!」


 妙な嫌疑をかけられていたと知って否定すると、腕の中のユナがびくりと怯えて、レイナが笑いだす。


「せやな。お兄ちゃんが謝るから、カナエちゃんは謝らへんでええもんな」

「いつもやないで? 話してたら、カナエちゃん謝ってくれることもようあるし」

「それでも、一度はお兄ちゃんがカナエちゃんのこと、全肯定するからやろ? 信じてた可愛い弟に否定されてしもて、カナエちゃん、どないしたらいいか分からへんやったんやろ」


 全肯定する弟。

 全肯定しているかについて自覚はないけれど、レオはできるだけカナエの言葉は丁寧に聞こうと心掛けていた。猪突猛進で、思い込みが激しく、性格の激しいカナエは、色んな方向に思考が飛んでしまうことがある。最後の一句まで聞かなければ、話が分からないし、カナエの気持ちを受け止められないと思っていたからだ。


「俺は、ちゃんとカナエちゃんの気持ちを受け止めたんやろか」


 昨夜はそれがうまくいかなかった。


「ただいまなのです。ユナくん、リンちゃん、お姉ちゃんが帰ってきましたよ。……れ、レオくん、その……」

「カナエちゃん、もう一回、やり直し、せぇへん?」


 抱っこしていたユナをレイナに預けて、レオはカナエとリビングに移動した。


「デシレーちゃんから招待状を受け取った、それで、カナエちゃんを婚約者として同行してもらって行くことにした。そこまではええな?」

「はい、良いのです」

「その後で、俺のお誕生日に、デシレーちゃんとオダリスくんを呼ぼうて話があかんかったんやな」

「そ、そのことですが……」


 確認しながら話せば、カナエが口ごもる。これは仲直りのタイミングを探しているのだとレオにも分かった。


「ここで、俺は間違ったんや。デシレーちゃんに新しい好きな子ができるとか、そんなん関係なかった」

「はい?」


 真摯にカナエの緑の瞳を見つめて、レオはその手を握り締めた。


「どんな噂が立っても、どれだけデシレーちゃんが俺のこと好きでも、俺の気持ちは変わらへん。ずっとずっと、カナエちゃんだけが好きや。信じて?」


 デシレーのことではなく、レオはあのときに自分の気持ちが決して揺るがないことをカナエに伝えなければいけなかった。それなのに、オダリスにカナエが拘り過ぎているのを気にして、その手順を踏み間違えたのだ。


「信じてます……レオくんは、カナエのことだけが大好きです」

「良かった。俺はカナエちゃんが好きや。やから、誰が来ても関係ない。誰の裸見ても、関係ないんや」

「裸は見て欲しくないですけど……」

「事故って見てしまっただけなんや。オダリスくんがくれた雑誌も全然興味なかったし、興味あるのはカナエちゃんのことだけや」


 誠実に、真摯に自分の気持ちを伝えなければいけない。

 絶対に自分が揺らがないことを分かってくれれば、カナエだって闇雲に反対したりしないだろう。


「分かりました。いいのですよ、デシレーちゃんなんて、カナエの敵ではないのです。オダリスくんも、レオくんに免じて、許してあげるのです」

「さすがカナエちゃんや! 大好きや!」


 ちょっと唇を尖らせているが、頬を染めて納得してくれたカナエをレオは抱き締める。ぎゅっと力を込めたら、「きゅるるるる」とお腹が情けなく鳴いた。


「あかん……カナエちゃんのこと気になりすぎて、お昼食べてへんのや……お腹空いて倒れそうや」

「それはいけないのです。レイナちゃんとユナくんとリンちゃんを呼んで、お茶にしましょう!」


 解決すると厳禁に空腹を訴えて来るお腹に、カナエが急いでレイナとユナとリンを呼びに行ってくれる。ちょうどユナとリンの母乳の時間で、サナとレンも休憩をとっていて、リビングに家族が集まった。


「仲直りできたと?」

「俺が悪かったんや」

「ち、違うのです……カナエは、謝り方も知らない、ダメな大人でした。ごめんなさい」


 謝るカナエに、レオは胸を撫で下ろした。

 暴君のように思われているが、カナエは決して話の通じない相手ではない。今回のことはお互いが意地を張ってしまっただけなのだ。

 喧嘩した分だけ、お互いを理解できたような気がした二人だった。

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