11.カナエとレオの喧嘩
魔術学校と研究過程で校舎は分かれてしまったけれど、毎日レオはカナエとお弁当を食べに二つの棟を繋ぐ階段を登って来る。カナエの方が早く講義が終わると、階段を降りて魔術学校の校舎に行くこともある。ラウリとナホは毎日約束をしているわけではないし、時間がずれることが多いので昼食は一緒ではないときもあったが、ときどきはカナエとレオとラウリとナホとリューシュとみんなで食べる。
その日はレオが来ていない時点で、ナホとリューシュにはある予感がしていた。
「レオくんと、喧嘩をしてしまったのです」
昼休みにいつもの中庭のベンチに来て見れば、頭を抱えて暗い顔のカナエがいて、レオが一緒ではないのだ、付き合いの長いナホとリューシュも察するというものだ。
「喧嘩なんて珍しいね」
「初めてではございませんの?」
喧嘩をしてレオと食事を一緒に摂らないなど、リューシュが魔術学校でカナエと出会ってから初めてのことで、驚いていると、カナエがどよんとした顔でお弁当箱の蓋を開ける。中身はカナエの好きなゆかりのおにぎりに、卵焼き、ほうれん草のおかか和え、豆腐のハンバーグに新鮮な胡瓜とトマトのサラダと、好物ばかりが詰まっていた。体格に合わせてたくさん食べる方ではないカナエのために、全部可愛らしいサイズにしてあるのは、レオの気遣いだと一目で分かる。
「いつもは、レオくんが怒ったりしないのです。カナエが嫉妬しても、怒っても、落ち着いているのです……それなのに、今回は、レオくんが、レオくんがぁ!」
いつもの喧嘩はレオがカナエの気持ちを受け止めてくれるから、カナエも素直になれて謝れるのだが、今回はそうではなかったので、素直になることができなかった。
「カナエ、自分から謝るなんて、できないのです! カナエはレオくんのお姉ちゃんなのですよ! どうすればいいのですか!?」
「どういういきさつでそうなったか、教えてよ」
「レオ様のことですから、理不尽なお話ではないのでしょう?」
お弁当箱の中身に詰まった心遣いに涙が出そうになっているカナエは、ぽつぽつと語り始めた。
昨日、魔術学校から帰って来たレオは、貰った招待状をカナエに見せて、きちんと相談してくれたのだ。
「カナエちゃん、デシレーちゃんの誕生日、来週なんやて。俺も去年デシレーちゃんをお誕生日に呼んだから、行かへんかったら失礼やろか」
隠れて断ることも、カナエに内緒にしておくこともできたはずだ。それを正直に言ってくれたので、カナエも19歳なのだから大人としてまだ誕生日を迎えていない14歳のレオに答えたのだ。
「デシレーちゃんとは同級生でお友達ですし、オダリスくんとも仲良しですから、行って来たら良いと思います」
「一人で行ったら誤解されそうやから、俺の婚約者としてカナエちゃんも来てくれるか?」
「もちろんなのですよ」
婚約者として同行して欲しい。
レオの申し出はカナエの自尊心を非常に満足させた。婚約者としてレオにエスコートされて、デシレーの誕生日パーティーに行く。デシレーはコウエン領の貴族の生まれだが、ペトロナの件もあって、セイリュウ領のレオの誕生日ほど盛大には祝われないだろうが、二人で行くのならば何も問題はない。
問題は、その次のレオの発言だった。
「そんで、再来週には俺の誕生日やろ? オダリスくんとデシレーちゃんを招待してくれたお礼も兼ねて招待しようと思うんやけど、どないやろ」
「ほへ?」
「あかん?」
「去年お誕生日に招待したお礼で今年招待されて、今年招待したら来年も招待されるんじゃないのですか?」
「そうかもしれへんけど、デシレーちゃんもその頃には好きな子ができてるかもしれへんし」
「無限ループじゃないですか!」
いい気分になっていただけに、レオの言葉はカナエには受け入れがたかった。婚約者としてカナエを連れて行っても、デシレーはレオに毎回招待されれば、勘違いしてしまうかもしれない。カナエがどれだけ牽制しても、レオは実際にかっこいいのだという自覚がない。
「嫌です! カナエは、デシレーちゃんをレオくんのお誕生日に呼びたくありません」
語調が強くなってしまったが、これまでならばカナエの嫉妬を、レオは「俺のことが好きなんやな」と大らかに受け止めてくれるはずだった。それを待っているとレオの眉がへにょりと下がる。
「俺はオダリスくんと友達やし、オダリスくんには好きなひとができたみたいでカナエちゃんのことは諦めた言うてたし、同じ魔術具製作者を目指す年上の先輩として、仲良うしときたいんやけど」
「オダリスくんは、レオくんにあんな卑猥な雑誌を見せた相手なのですよ?」
「それに関して、ずっと言うのは、可哀想やと思うんや。オダリスくんも反省してんねんから」
「でもでも、オダリスくんを呼ぶと、デシレーちゃんも来るのです!」
「兄妹やもん。招待せぇへん方がおかしない?」
ふくれっ面でカナエが拗ねて見せれば、レオはいつも自分を曲げてカナエに優しくしてくれる。そう信じ込んでいたカナエにとって、レオの反論が続くのは、想定外だった。
「カナエが嫌だって言っているのですよ?」
「俺の誕生日なんやで?」
カナエの右肩の天使が囁く。
『レオくんもお友達を大事にする男の子としての思春期の芽生えが来たのです』
カナエの左肩の天使が囁く。
『そんなの関係ないのです! オダリスは、レオくんにカナエ以外の裸を見せた悪い奴なのです! しかもデシレーちゃんまでついてくるのは嫌なのです』
混乱したカナエは、思わず口走っていた。
「もう、レオくんなんて知らないのです!」
これでレオが折れてくれるはずだと甘い考えがあったのは確かだった。
「俺かて、カナエちゃんなんて、知らへんわ!」
「ぎゃー!? レオくんが反抗期なのですー!?」
耐え切れなくてその場を走り去って、部屋に駆け込んだカナエをレオは追いかけて来てくれなかった。その夜はほとんど眠れぬままに、カナエは目の下にくっきりと隈を作って、朝食の席でもレオと目を合わせずに、王都の研究過程の校舎まで移転の魔術で飛んできた。
お弁当を渡すときに、レオが口を開きかけたのを、これ以上拗れるのは嫌だと逃げてきてしまったのは、カナエの大失態だったのかもしれない。お弁当の中身は、レオの愛情に満ちていた。
話し終わってもそもそとお弁当を食べていると、リューシュが口を開く。
「わたくしの姉のライラが行方不明になって、サナ様にも捜索を手伝っていただいたことがありましたでしょう?」
あれは確か、ユナとリンが産まれる前、去年の秋くらいのことだった。王都に魔術学校の視察に行ったまま帰らないライラと、不自然に姿を消したライラの元夫の家族に危機感を覚えて、リューシュは必死になって探し回っていた。
見つかったという話は聞いていたが、誰が見つけたのか、どういうことだったのかは、カナエは聞いていなかった。
「オダリスくんが、ゴボウマンドラゴラになってたライラさんの呪いを解いたんだよね」
「その後で、ライラお姉様とお付き合いをしたいと申し込んでくださったのです」
カナエのことが好きだと言っていたオダリスは、もう新しい恋を見つけている。それをオダリスから聞いていたから、レオはデシレーもすぐに新しい恋を見つけるのではないかと思ったのかもしれない。
「そうであっても、カナエを『知らない』と言ったのですよ……カナエは、レオくんのこと、産まれたときから知ってるのに!」
「先にカナエ様が仰ったのでしょう?」
「売り言葉に買い言葉って奴じゃない?」
二人の親友は冷静で、カナエの欲しい言葉をくれない。
カナエの味方になってレオを責めてくれたら、カナエも少しはすっきりして、レオに「許してあげても良いのですよ」と言いに行けるかもしれないのに。
それを口に出すと、ナホとリューシュが沈痛な面持ちになる。
「カナエ様、それは謝っておりませんからね?」
「もしかして、カナエちゃん、レオくんに謝ったことないの!?」
口々に言われてカナエは慌ててしまう。
「何か違いましたか?」
「ペトロナの家を瓦礫に変えた『魔王』が牽制してるって言われるはずだ」
「カナエ様、謝罪の言葉は『ごめんなさい』で、『許してあげる』ではございませんのよ?」
諭されて、カナエは些細な言い争いがこれだけ拗れてしまった理由を、自分でもなんとなく察することができた。
これまではカナエはレオの優しさに甘えていたのだ。大らかで穏やかなレオは年下なのに、カナエの激しい性格を受け止めてくれていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ですね。頑張ってみるのです」
お弁当を全部食べ終えて、カナエは手を合わせて「ご馳走様でした」と言う。喧嘩中でも、レオはカナエの好物を作ってくれて、カナエの食べられる量だけ小さなお弁当箱を彩ってくれた。
嫌いになったわけではない。拗れてしまっただけなのだ。
勇気を出して「ごめんなさい」を言うために、カナエは講義を終えてセイリュウ領の屋敷に戻った。
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