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10.手に入れた記録

 屋敷に戻ると、サナとレンが心配してカナエとレオを待っていてくれた。リビングでお茶の用意をして、お茶を飲んで、焼き菓子を摘まんで、カナエはほっと息をついた。

 両親の家で出されたお茶にも手を付けなかったが、サナとレンとレオと飲むお茶こそが、カナエにとっては一番安心するものだと分かる。自分から話し出すまで、サナとレンは何も聞かず、辛抱強く待っていてくれた。


「あのひとたちは、最初からカナエがいらなかったのです。魔術が暴走しようと、すまいと、次期領主になれる才能を持った子は欲しくなかったのです」

「カナエちゃん、つらくなかったんか?」

「つらかったというより、可哀想なひとたちだと思いました」


 次期領主としての才能がなかったことだけに拘って、自分の母親に評価されなかったことをずっと引きずって、絡み付く呪縛から逃れられなかった父親と、それに従うしかなかった母親。二人の間にも愛情があったのか、カナエには疑問だった。

 魔術師としての才能の高い子を産むためだけに結婚したのだったら、成功したのに、それがどうして自分ではなかったのかと考えずにはいられずに、手放してしまった父親。それがなぜカナエが3歳の年末に急にだったのか分からないが、彼らなりに理由があったのかもしれない。理由を知ろうともカナエは思わなかったが。


「貴族社会の嫌なところを見てしまったっちゃね」

「レオくんが、カナエの代わりに怒ってくれたから、カナエは冷静でいられたのです。レオくんはかっこいいカナエの騎士様みたいだったのです」


 話をしている間ずっと手を繋いでいてくれて、身勝手なことを言う両親に凛と言い返してくれたレオ。感謝を込めて笑顔を向けると、レオが耳まで真っ赤になる。


「俺の大好きなカナエちゃんをいらへんとか言うなんて、許せへんかったし……ごめんな、カナエちゃんを『俺の』とか言うてしもて。カナエちゃんはカナエちゃんのやのに」

「それも嬉しかったからいいのです。ありがとうございます」


 勢いでカナエを「俺の」と言ってしまったことをレオは後悔しているようだが、カナエは言われて嬉しかったので微笑んでお礼を言う。


「もう二度と関わり合いにならへんて約束して、タケちゃんのお祖母ちゃんの家のこと、聞いてきたんや」

「まだ、全然片付けてないから、今のうちに行けば何か残っているかもしれないと言われたのです」


 必要な情報は聞き出した。これでもうカナエの中で両親のことは終わっていた。


「ナホちゃんとイサギとエドヴァルドはんに伝えなあかんな」

「カナエとレオくんで行って来るのです!」

「レオくん、頑張ったね。カナエちゃん、これから領主になったら、こういう貴族社会の嫌な面を見せつけられることになるかもしれんけど、俺もサナさんも味方やけんね」


 心強いレンの言葉に、カナエは頷いた。


「お母さんは……15歳で領主になって、周囲に助けもなくて、どうやってお父さんに会うまで、生きて来たのですか?」


 疑問に思っていたことがするりと口から出て、サナを苦笑させる。


「せやなぁ……好き勝手したろ! って自棄になってたんは確かや」

「お母ちゃんが自棄に?」

「両親は金のことしか興味ない、前の領主のせいで領地は荒れてる、前の領主の子どもの双子の従弟妹(いとこ)からは暗殺されかける、これで荒まん方がおかしいわ」


 自棄になって、自分の好きなように領地を動かしてみよう。その頃は国王も妃を亡くした悲しみで喪に服して、王都ですら荒れていたので、いざとなればセイリュウ領で独立も考えて、魔術学校を作り、薬草畑を整備し、治水工事を行って、領地を豊かにしていった。


「レンさんに出会わへんかったら、そのまま無茶苦茶にセイリュウ領を独立させてたかもしれへん。レンさんと出会って、うちは初めて自分のこと大事にせなあかんて気付いたんや」

「俺も、そんなの聞いたことなかった」

「うちは自分がめちゃくちゃやって分かってた。せやから、理性的で紳士的で、うちのことをうちよりも大事にしてくれるレンさんが側におらな生きて行かれへんて分かったんや」


 国一番の魔術具製作者のレンが結婚して来てくれてから、セイリュウ領を独立させることから、魔術具と薬草を特産品として領地を富ませ、国全体にまで利益をもたらせられるようにとサナの方向転換が始まった。


「レンさんはうちを『美の女神(ミューズ)』て言うてくれるけど、うちにとってはレンさんが『救世主(メシア)やったんや」


 惚気るサナの表情は明るく、カナエはかつて『魔王』と呼ばれた人物がこうなるとはと驚いていた。


「次期領主がカナエで良いって言ったのは、どうしてですか?」


 法律が変わって、魔術師の才能に拘らず、次期領主を決められるようになっても、サナは実子のレオやレイナではなく、カナエを次期領主にすると言い続けた。レオが産まれる前には、実子が産まれると捨てられると吹き込まれたカナエが不安になっているのに、絶対にカナエ以外を次期領主にしないと宣言してくれた。


「うちが教育して、レンさんの愛情を受けた子が、領地を治めるんやったら安心やと思うたんや。間違ったら、うちが生きてる間やったら、正してやればいいだけの話やし。親ってそんなもんやろ」

「お母さんは、カナエに『おばさん』と呼ばれてても、ずっとカナエの親だったのですね」

「当然や」


 答えを得て、カナエは納得してレオと手を繋いでイサギの家に行った。庭で南瓜頭犬を追いかけているタケが、カナエを見て「ぎゃー!?」と悲鳴を上げて、近くで庭のマンドラゴラの栄養剤を上げていたナホの脚にしがみ付く。


「化け物みたいな反応しないでください」

「カナエちゃんがユナくんとのことで脅したからだよ。タケちゃん、イサギお父ちゃんにそっくりで、気が小さくて泣き虫だから」


 くすくすと笑いながらタケを抱き上げたナホに、カナエはタケの祖母の家のことを伝えた。


「タケちゃんのために、実の両親に会いに行ってくれたんか?」

「嫌な思いはしませんでしたか?」


 話を聞いてイサギとエドヴァルドも心配して聞いてくれる。


「レオくんがいたから、平気だったのです。タケちゃんのお祖母ちゃんのお家が片付けられてしまう前に、行ってください」

「ありがとう、カナエちゃん。タケちゃん、お祖母ちゃんのお家に行こうね」

「ばぁば?」

「そうやで。タケちゃんの暮らしてたお家や」


 場所を聞いて、早速イサギとエドヴァルドとナホとタケは、タケの祖母の家に行った。近所のひとが預かってくれている鍵を受け取って、狭い家に入るとタケの茶色の目から涙がぽろぽろと零れた。


「ばぁば? どこ?」

「もうおらへんけど、ばぁばの好きだったもん、あるか?」


 流行り病が出た家なので、誰も何も触れておらず、家の中はタケと祖母が暮らしていたままの状態だった。

 祖母のひざ掛けを引きずってきて抱き締めるタケに、それは回収するとして、ナホは戸棚の隅々まで見て回った。その中に写真の入った箱があった。綺麗に額装された写真を手に取ると、魔術で立体映像が展開される。


『おかあさん、タケちゃんないちゃう! はやくはやく!』

『待って、髪型が纏まらなくて』

『もう撮ってるよ?』

『おとうさんったら、きがはやいんだから。ほら、タケちゃん、こわくないよ、おねえちゃんがいるからね』


 聞こえてきた音声に、タケが駆け寄ってナホの手の上で笑い合う家族の立体映像を見つめる。お包みに包まれた赤ん坊は、タケなのだろう。


「おねたん! おねたん、いたよ」

「タケちゃんのお姉ちゃんだね」

「タケのおねたん……おねたんも、おねたん!」


 茶色い髪のタケそっくりの立体映像の姉を指さした後で、タケはナホを指さす。


「そうだよ、私もタケちゃんのお姉ちゃんだよ」


 ナホはタケを抱き上げて頬ずりした。

 立体映像の混じった写真と祖母のひざ掛けを貰って帰ったことを、ナホは後日カナエに教えてくれた。


「タケちゃん喜んでた。これでずっと残るタケちゃんの家族の記録があるようになったよ、ありがとう」


 母親の呪縛から逃れられなかったカナエの父親と違い、タケの父親は幸せな家庭を築いたようだった。


「カナエが魔術師としての才能が低ければ……」

「そんなの関係あらへん。子どもを捨てる親は、結局難癖付けて捨てるんや」


 カナエを要らないと言った両親に腹を立てているレオは、カナエの呟きに反応してふくれっ面になった。


「カナエも、お父さんとお母さんに引き取られていなくて、レオくんと出会わない『もしも』なんていらないのです」


 カナエは、タケを羨ましいと思わない。

 今の自分がどれだけ幸せかを知っているから。

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