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7.政略結婚ってなんですか?

 カナエが引き取られたときに、セイリュウ領領主で義母のサナは妊娠していた。領主と魔術具製作者の工房の師匠(マイスター)の夫婦なので、共働きで、領主の御屋敷に引き取られてから、寂しくないように二人ともできるだけ早く仕事は切り上げてくれていたが、日中はカナエは使用人の手で育てられた。

 義父のレンの許可はもらっていたので、お屋敷の庭にある薬草畑に遊びに行けば、管理者のイサギとエドヴァルドが遊んでくれて、マンドラゴラや他の薬草を触らせてくれたり、昼食を一緒に食べたりして楽しく過ごせていた。

 それでも、部屋に戻ると嫌な言葉を聞くことがある。


「次期領主にするって言っても、実子が産まれたら、あの子も追い出されるんでしょうね」

「前の領主の妻も、実子を領主にしたくて、サナ様を暗殺しようとしたんですもの」


 そういうドロドロとした世界があることを、カナエは三歳ながらに感じ取っていた。サナに赤ん坊が産まれれば、カナエはいらなくなるのかもしれない。率直に自分の気持ちをサナにぶつけたこともある。

 サナは誤魔化したりせずに真っすぐにカナエに答えをくれた。


「後継者争いで、カナエちゃんも、生まれてくる赤さんも、いがみ合ったりするよりも、うちは家族仲のええ、あったかい家庭を作るのが夢やねん。後継者はカナエちゃん、カナエちゃんはうちとレンさんの娘、これは今後何人赤さんが生まれても変わらへん」


 15歳で領主を継ぐことになったサナは苦労していないはずがないし、レンも捨て子で領主に仕える魔術師に拾われたが、親の情を知らずに育っている。カナエを受け入れるにあたって、二人は実子と分け隔てなく接することに決めていたようだった。

 実際に、レオが生まれて、カナエの生活は一変した。

 レオが泣くたびにカナエは飛び起きてレンやサナに伝えた。オムツも積極的に持って行って、自分で替えることもあった。すっかりとカナエに懐いたレオは、カナエがそばに来ると笑い、カナエが撫でるとよく眠った。

 赤ん坊が産まれたら自分がいらなくなるどころか、カナエは自分の存在価値が上がったような気すらしたのだ。

 這い這いをするようになれば、レオは必死にカナエを追いかけてきた。立てるようになったら、伝い歩きでカナエに近寄って来た。カナエを捕まえると、ぎゅーっと抱き締めて、涎を垂らしながらにっこりと笑った。

 可愛くて、愛しくて堪らないレオ。

 恋に落ちたのはいつからだろう。

 初めは、好きだけどもう結婚しているので恋愛対象にならない義父のレンにそっくりだったから、可愛がっていた自覚がある。それが変わったのは、レオが2歳になった頃。

 赤ちゃん用の口どけのいいふわふわのお煎餅をレオが大好物なので、カナエが持って行って渡すと、じっと見つめて、涙目で苦悩した後に、ぱきっと半分に割って、大きい方をカナエにくれた。見ているだけで涎を垂らして欲しがるくらい、レオがそれを好きなことを、カナエはよく知っていた。それなのに、レオは幼いながらに必死に考えて、二つに割って、しかも大きい方をカナエにくれた。


「レオくん、だいすきなのです」

「かなたん、すち!」


 実の両親に自分以外に子どもがいたか、カナエは知らないし、知りたいとも思わない。目の前にいるレオが、カナエにとっては世界で一番大事な存在だった。

 妹としてはサナにそっくりなレイナも可愛かったが、カナエにとってレオは特別な存在だった。

 あの日、大好物のお煎餅を分けてくれた純真さのままで、レオは厨房でカナエのためにお弁当のおかずを作り、おやつを手作りしてくれている。毎日毎日、レオへのカナエの好きは降り積もる。


「レオくんは、カナエのどこが好きですか?」


 朝食の時間に悪戯に問いかけると、レオはパンを千切りながら、真っ赤になってしまった。


「俺、大きくなりすぎてしもたやん?」

「全然そんなことはないのですよ。レオくんは前と同じで、とっても可愛いのです」

「せやけど、背が伸び始めてから、みんな、俺が俺やなくなったみたいに扱うんや。幼年学校でも、アソコも大人なんか? って、パンツを降ろされそうになったことがあるし……」


 恥ずかしさと悔しさで、目を潤ませるレオは、もうすぐ12歳になるが、中身は相応に幼い男の子だった。多感な時期にそんな悪戯をされて、先生に言えば、「男の子やからなぁ」と笑って済ませようとする。


「そんなの許せないのです! レオくんが傷付いたのに、笑うなんて!」

「そういうとこや。そうやって、俺をそのまま見てくれるし、俺に何かあったら一番に怒って飛んできてくれるとこ、大好きや」


 歩き始めた頃に、レオが転んだらカナエは走ってきてくれて、「いたかったですね!」と抱き締めてくれた。泣いてしまっても、涙と洟を拭いて、レオを抱っこして怪我をしていないか、レンやサナやイサギやエドヴァルドなど、信頼できる大人のところに連れて行ってくれた。

 そういうところがレオは好きで、領主となるカナエを、魔術具製作者として領地を富ませて共に生きたいと願っている。


「お顔! カナエは、レオくんのお顔も好きですし、笑顔も好きです」

「俺もカナエちゃんの顔、好きやで。笑ってるのも、俺のために怒ってるのも」


 照れ隠しに大きな声で言えば、レオもにこにこと答える。

 何を見てリューシュはレオを好きになったのだろう。カナエの胸には疑問しかなかった。

 好きと言うのも、父親にレオと結婚しろと言われてのことではないのだろうか。


「レオくんのことは絶対に渡せませんけど、レオくんがダメなら、リューシュちゃんは、他の相手を探すのでしょうか」


 父親の言うままに相手を誘惑して、既成事実を作って結婚する。そこに愛があるのか、カナエは疑問でならない。

 まだ16歳のカナエともうすぐ12歳のレオは、幼いながらもお互いに想い合っていることには違いない。お互いに相手のことが好きで、相手のことを尊重しようと思っていて、相手の喜ぶ顔が見たくて、相手の嫌がることをする相手は許さない。強い絆で結ばれているカナエとレオは、自分たちが領主の養女と実子という間柄でだった。実子ではない次期領主との繋がりを強めるために、婚約しているわけではないと分かっているが、周囲はそんな風に勘違いしている節があるとも気付いている。

 政略結婚など考えたことがない。

 サナとレン、ラウリの両親のリュリュとローズも恋愛結婚だし、ナホの両親のイサギとエドヴァルドに至っては男性同士なのに周囲の妨害を押し切って結婚したのだから、カナエには政略結婚というものがどんなものか想像がつかない。

 サナの両親、イサギの実の両親、エドヴァルドの両親は政略結婚だと聞いていた。魔術の才能が非常に高いサナが生まれれば満足して、サナの両親はお互いに愛人の元で暮らしているという。前領主だったイサギの父の前妻と子どもたちを追い出して結婚したイサギの母は、高齢の夫を老衰に見せかけて殺害し、イサギとツムギの双子の兄妹をサナの暗殺に追いやって、国を追放されて、挙句に前国王に取り入って国を傾ける魔女となった。


「ナホちゃん!」

「むぐっ!? なにかな?」


 朝食の席で一緒に朝ご飯を食べていたナホに声をかけると、口に入れていたものを飲み込んでナホが首を傾げる。

 ここはテンロウ領領主の王都の別邸で、セイリュウ領の領主は王都に別邸を持っていないので、子どもばかりで住むのは危ないと、サナとレンが話を通して、レオとカナエ、それにラウリも一緒に暮らせるようにしてくれていた。

 テンロウ領の領主夫婦は、仲が良いが政略結婚だと聞く。

 話を聞いてみたい。


「ここに住ませてもらっているお礼も、したいのです」


 聞きたいこと、お礼を言いたいことがあると告げると、ナホは快く祖父母にあたるテンロウ領領主に連絡を取ってくれた。まだ50代前後の夫婦は、若く元気で、息子のクリスティアンが次期領主として一緒に仕事をしていて、テンロウ領領主のお屋敷に暮らしているという。

 先日の件でクリスティアンにも、カナエはお礼を言わなければいけなかった。


「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、叔父様も、歓迎するって言ってるよ! 次の週末に行こうか」

「ナホちゃんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんやったら、俺が作ったお菓子、食べてくれるやろか?」

「お二人とも優しい方で、僕の大根さんも可愛がってくれるのです。喜ぶと思いますよ」


 ラウリとナホとレオとカナエで、週末にはテンロウ領の領主の御屋敷を訪ねることになった。季節は初夏に入り、もうすぐレオの誕生日が来る。

 一年中涼しいテンロウ領で過ごすには、良い季節になっていた。


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