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9.領主の血統

 幼いカナエを迎えに来たときに、覚えているのはサナが怖い顔で部屋に入って来たことだった。離れの部屋は壁もタンスもベッドもボロボロで、魔術を制御できないカナエは、周囲に爆発を起こしては物を壊していた。一人きりで離れに閉じ込められていたのは、危険だからと判断されたからだと今なら分かる。

 知らない女性が怖い顔で入ってきて、カナエは大いに警戒した。魔術で追い払おうとしたが、サナは逃げるそぶりを見せない。


――連れて行って、バリバリに鍛えたる。こんな、暴走せぇへんようにな

――うちは厳しいで? でも、その魔術、使いこなせるようになったら、あんさんは平穏にくらしていける


 言葉の意味は半分くらいしか分からなかったが、サナがカナエを大事にしてくれなさそうだと感じて、カナエは必死に抵抗した。

 結果として離れを瓦礫に変えてしまったのだが、崩れ落ちる前にレンがサナとカナエを小脇に抱えて助け出してくれた。


――痛かったやろ。お風呂にも入れてもらってなかったんやね。お腹も空いてるっちゃないと?

――名前は、レンっていうっちゃけど、君のお父さんになりに来たとよ


 抱き締めて、優しい声で語り掛けてくれたレンは、カナエにとっては優しく信用できる相手だった。

 鍛えようと考えていたサナも、レンが「こんな小さい子に訓練は酷やから」と魔術を制御する魔術具を作って、普通に生活ができるようにするのに賛成してくれた。緑の円柱形のトンボ玉のはまった紐で編まれたブレスレットは、カナエの宝物箱の中に入っている。

 最初からレンは「お父さん」として受け入れて、サナを「おばさん」と反抗してしまったのには、こういう理由があったのだ。

 実の両親の家に行くと告げると、レンとサナは同行を申し出てくれた。


「カナエちゃんには嫌な思いをさせるかもしらへん」

「俺とサナさんはカナエちゃんの親やけん、カナエちゃんを守らせて?」

「お母さんとお父さんが行ったら、委縮してしまうと思うのです」


 セイリュウ領領主で国一番の魔術師のサナと、その配偶者の国一番の魔術具製作者のレン。その二人が来るとなれば、カナエの実の両親は警戒して、委縮して、何も話さない、会うことすら拒むかもしれない。

 実の両親に会いたいなどという気持ちは全くなかったが、タケの両親や姉の情報や遺品が手に入るのならば、手に入れてやりたい。イサギとエドヴァルドとナホの元に来たタケは、まだ3歳になっていない頃に両親と姉を亡くして、その後で引き取ってくれた祖母も亡くして、僅かに覚えている姉の面影もナホのものに書き換わってしまっているようだった。

 今後イサギとエドヴァルドとナホと暮らしていくのだから、ナホを本当の姉と思って生きるのも幸せなのだろうが、それだけ慕っていた姉ならば、タケが大きくなっても思い出せるようなものがあればいい。家族の一員としてタケを迎えるだけでなく、亡くした家族のことまで考えるイサギとエドヴァルドとナホの姿勢をカナエも応援したかった。


「レオくんと一緒に行くので、大丈夫です」

「魔術具も着けていくし、何かあったら、お父ちゃんとお母ちゃんをすぐに呼ぶわ」


 厳しいと思っていたサナは、引き取られてみればカナエに甘いし、レンもカナエを大事にしてくれる。産みの親ではなくても、レンとサナがカナエの親であることには変わりはなかった。

 心配そうな二人に、実の両親と連絡を取ってもらって、カナエとレオは魔術学校と研究過程の休みの日に、会う約束をした。

 セイリュウ領の外れの家は、3歳まで住んでいたはずなのに、全く覚えがなかった。離れがあった場所は、取り壊されて更地になっている。


「カナエちゃん、大丈夫か?」

「大丈夫というか……全然覚えてません」


 これが本当に実の両親の家なのか疑問に思うくらい、カナエはその家のことを覚えていなかった。扉をノックして開けてもらうと、出てきたのは暗い表情の男女で、年のころはレンと同じくらいだろうか。女性の方が栗色の髪に緑の目で、カナエと同じ色だが、似ているのかどうかは自分ではよく分からない。


「また会うことがあるとは思わへんやったわ……入り」

「お邪魔します」


 男性の方に言われて家の中に入っても、カナエの記憶にあるものは何もなかった。食卓のテーブルも椅子も、初めて座る感覚しかない。


「粗茶しかあらしまへんけど」

「お構いなく。俺らが何の用で来たかは、聞いてはるやろ?」

「あんさんが領主様の実の子か」


 真っすぐな黒髪に白い肌、黒い目に小柄な体つきと、セイリュウ領の特徴を備えたサナに似ていないレオは、褐色の肌に癖のある黒髪、黒い目とコウエン領のレンの特徴を強く持っていた。じろじろと見られるのにはレオは慣れているが、カナエはレオを奇異の目で見る両親に苛立ちを覚えていた。


「カナエの婚約者なのです」

「次期領主との繋がりを強くするためやろ」

「そんな下衆な考えではありません。カナエはレオくんが好きで……」

「本題に入ろ。タケちゃんの件や」


 このままだとカナエが激高して魔術を暴走させると、レオが話を変えてくれるが、両親の態度にカナエの腹の底からふつふつと怒りが沸いてくる。妙に領主にこだわりがあるのは、特に父親の方だった。


「カナエに言いたいことがあるのですか?」


 この話が終わらなければタケの話などできない。

 真剣な眼差しで父親を睨み付けると、彼は暗く笑った。


「俺は、次期領主になれへんかった。領主の長男やのに、生まれたときから魔術の才能が低いて言われて、母は次の子を産むのに必死になってた」


 次の弟も同じく魔術の才能が低く、焦った母は次の子、次の子と必死に領主の血を引く子どもを大量に産もうとした。しかし、焦りすぎていたのか、次の子どもはなかなかできず、長男と次男は責め続けられた。


「離婚を言い渡されたときも、俺と弟のせいやって責められた……それやのに、俺の子どもは、次期領主になれるくらい魔術の才能のある子やったんや」


 嫉妬したのだと父親は言った。

 初めは次期領主になれる子が産まれて誇らしかった。これで母にも顔向けができると喜んだ。けれど、領主の妻の座を追われた母は息子の顔など見ずに、孫のカナエを見て「あの女を蹴落とすことができる」と喜んだのだ。


「うちは……このひとがカナエを邪険にするのに合わせな、殴られる思うて……」

「俺は視界に入ってへんのに、自分の娘だけがちやほやされるのを、我慢できるか?」


 顔を覆った母親と、嫉妬を隠すことができない父親。

 愛のない政略結婚で、次期領主を産むことだけを望まれた祖母と、それに叶う能力を持たずに生まれてきた父親と弟。領主を継ぐのが魔術師としての才能の高さと決められていたがために生まれた貴族社会の歪みを、カナエは見せつけられている気がしていた。

 呆然としているカナエの手を、レオが握る。


「あんさんらは、カナエちゃんが魔術を暴走させたから捨てたんやないんやな。最初から、カナエちゃんがいらんやったんや」

「俺に反抗して、魔術を暴走させたから、そいつがあかんのや!」

「違う! 魔術を制御する方法は、どれだけでもあったはずや!」

「そりゃ、国一番の魔術具製作者様なら、できたでしょうよ」


 自分たちを庇う両親の姿は醜くて、カナエは直視できなかった。カナエの手を握ったままで、レオが凛と言い返す。


「方法くらい、どれだけでもあったはずや。うちのお父ちゃんに頼むんでもええ。本当に愛してたら、はいずり回ってでも方法を探したはずや!」


 できるかどうか分からないけれど、レンはカナエが幼いのに魔術を制御する訓練を受けさせられるのは可哀そうだと、魔術具を作ってくれた。あれが成功しなくても、カナエの暴走を抑えながら、何度でもレンは挑戦してくれただろう。


「カナエは……セイリュウ領領主のことを、ずっと『おばさん』と呼んでいました。でも、お父さんもお母さんも、最初からカナエのことを『カナエちゃん』と丁寧に呼んでくれました。カナエのお父さんとお母さんは、あの二人だけです」


 もう関わり合いにはならない。

 そう告げると、両親は明らかに安堵した様子だった。


「タケっていう子の母方の祖母の家が、まだ手付かずである。そこに行ったらなんかあるかも知らへん」

「分かりました。ありがとうございます」

「カナエちゃんは、俺のや。俺のお父ちゃんとお母ちゃんの娘で、俺の義姉で、俺の婚約者や。もうあんさんらとは会わへん。さよなら」


 手を繋いでレオがカナエを引っ張るようにして両親の家から出ていく。ぎゅっと繋いだ手が大きくて、カナエの手を包み込むようで、カナエは涙が滲んだ。


「カナエとレオくんの子どもが、領主になれなかったら、こんなことがまた起きるのでしょうか?」

「領主やなかったらうちの子やないなんて、カナエちゃんも俺も言わんやろ。お母ちゃんかて、お腹痛めて産んだ俺が領主にならへんでも、カナエちゃんが領主になるから構わへんて言うてる」


 領主は領地を守らなければいけないから、魔術的に強くなければいけない。ローズとダリアが王位についてからは、魔術の才能だけでなく次期領主を選べるように法が変わったが、それ以前の因習がまだ残っている。


「お母さんは、何を思って領主になったのでしょう」


 たった15歳で、周囲に見方もおらず、一人で領主としての仕事を始めたサナ。愛のない政略結婚で産まれたサナは、領主になる才能があると分かってから、さっさと愛人と暮らすようになった両親とも縁を切って、領主としての利益が両親に入らないようにしていた。

 カナエにはサナという良き領主の見本がいて、レオという婚約者の支えがある。

 サナが領主になった当時は何もなかったはずだ。レンとも出会っていない。

 何を支えに15歳の領主がここまで生きてきたのか、カナエは聞いてみたい気がしていた。

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