6.カナエの恋
「カナエちゃんと俺の赤さんも、こんなんやろか」
レオの口から出た言葉に、カナエの心臓が飛び跳ねた。どきどきと早く脈打って、顔が赤くなる。一般的な19歳の女性として、カナエは結婚後に男女がそのようなことをして子どもができるかを知っていた。初潮が来たときに、自分が妊娠できる体になったのだという自覚が芽生えて、カナエは医学書で調べたのだ。身近に年下だがナホのように、知らないことは積極的に調べる友達がいたこともカナエが学ぶ良い機会になった。
「月のものとか、出産とか、そういうことはオープンにしないものだって言われてるけど、ジェーン叔母様は女性の尊厳と生命の誕生に関わることだから、しっかり学びなさいって言ってたんだ」
月のものは恥ずかしいことだから隠す風習のあるアイゼン王国で、領主のサナでさえ、月のものがいつか分からないくらいにずっと仕事を続けている。それでも、カナエが月のものが来るようになってからは、「腰が痛い」と苦しんでいるのはそういうことかと理解できるようになった。
婚約しているのだから、いずれは結婚してレオとそういう関係になる。そのことがカナエは少しも嫌ではなかった。それどころか、待ち遠しいような気すらする。
「お、俺、勉強する!」
「何を、ですか!?」
「その……カナエちゃんと結婚しても困らへんように!」
「あ、レオくん!?」
決意した表情で走り去ったレオは、その日、レンに何か聞いたようで、夕食の席でカナエと目が合うと赤くなっていた。肌の色が濃いのでレオの赤面はあまり目立たないが、レオが顔を赤くするのにつられてカナエも顔が赤くなってしまうのはとても目立つ。
「風邪か? 二人して、顔赤くして」
「二人とも大人になってるとよ」
心配するサナにレンが囁いて、サナも何事か気付いたようだった。レイナだけがよく分からずにきょとんとしている。
「そういえば、レイナちゃんに会いたいって言うてる子がおるんやけど、心当たりあるか?」
「うちに会いたい子?」
「ローズ女王はんの末っ子や」
「ミルカちゃん!」
ユナとリンが産まれる前に、赤ん坊とはどういうものかを見せてもらいに行ったレイナは、そこでローズの末っ子のミルカに懐かれた。周囲で兄姉がたくさん話しかけるせいか、お喋りの早いミルカは2歳になって毎日のように「れぇた!」と呼んでレイナを探しているという。
「覚えててくれてはるんや。嬉しいわぁ。また会いに行こ」
「ユナくんとリンちゃんもそろそろ顔を出してもいい頃かも知れへんね」
まだ月齢が低いので屋敷の庭で散歩することはあっても、屋敷の敷地内からは出たことのないユナとリン。双子もそろそろローズとダリアの王宮に挨拶に連れて行かなければいけなかった。
日程が定められたらその日は空けるとして、レイナに懐いているというミルカにカナエも会ってみたかった。
カナエの周囲で結婚している同年代の友達は、リューシュくらいしかいない。魔術学校を卒業してから、同級生が結婚したという噂は聞くが、それほど仲が良かったわけでもない。
コウエン領の領主であるリューシュは年若いので、後見人となっているセイリュウ領の領主のサナの娘として、親友として、結婚式にも出席した。先に結婚するリューシュが羨ましくて堪らなかったが、レオはまだ成人していないのだからと自分を納得させた。
「結婚できる年ではないと分かっているのですよ。でも、レオくんがそういうことを知ったら、カナエに興味を持つのかとか、カナエはレオくんに抱き締められたら嬉しいから、もっと抱き締められたいとか、考えてしまうのです」
カナエははしたないのでしょうか。
ため息交じりに魔術学校の研究過程で、休み時間にリューシュとナホに相談すると、リューシュも頬を染めて打ち明けてくれた。
「わたくしも、ジュドー様に求められたくて、サナ様に相談したことがありますの……」
「人選を完全に間違えましたね」
バッサリとサナを切り捨てるカナエに、リューシュは「いいえ」と首を振った。
「ジュドー様はお優しい方だから、我慢させていたのは、サナ様の言う通りでしたの。わたくし、大胆なことをしてしまって、恥ずかしくて逃げてしまったのですが、ジュドー様と話し合って、今は幸せですのよ」
自分から口付けを仕掛けて、はしたないことをしてしまったと逃げ出してしまったが、戻って話をしてからジュドーは抱き締めてくれたり、口付けてくれたりすることが多くなった。夫婦の営みも、夏休みや冬休みなど、長期休みにだけジュドーは求めてくれるようになった。
「赤ん坊ができないように気を付けてはいるのですが……わたくし、ジュドー様に求められるのが幸せですの」
「……リューシュちゃん、色っぽくなったもんね」
以前から体付きは、細くてひょろりと背の高いナホや小柄で痩せているカナエより、出るところは出てくびれるところはくびれている羨ましい体型だったが、リューシュは結婚して美しくなった。コウエン領の元領主に支配されていた時期は、表情も厳しく、緊張して張り詰めていたのが、柔らかく甘く匂い立つような色気に包まれている。
ほとんど膨らみのない自分の胸を押さえて、リューシュと見比べるカナエに、ナホがぽんと肩を叩く。
「カナエちゃんの魅力は胸じゃないから大丈夫だよ」
「どういう意味なのですか? まだ大きくなるかもしれないのですよ?」
「ツムギ叔母さんもあれだからなぁ」
「絶望的みたいな言い方をしないでください」
もっと色気があるようになりたい。
リューシュを見たからだけでなく、最近のレオを見ていると、カナエは強く思うようになった。
長身のレオは体付きもがっしりとしていて、男らしくてかっこいい。そのカッコよさで、カナエを見ると少年のように無邪気に微笑むギャップがたまらないが、やはり、レオは色気のある男性になってきている。
「抱き締められたら、腕の逞しさとか、胸の厚みとか、実感するのです。もっとぎゅっとされたいと思うのです」
「恋をしているのですわね」
「ずっと、レオくんが大好きなのですよ?」
「それは、『愛』だったのではないでしょうか? カナエ様は、今になってようやくレオ様に『恋』をしているのかもしれませんわよ?」
婚約者としての座は譲らない。結婚して将来は夫婦になる。
それはレオが産まれたときにカナエが決めたことで、その通りにレオもカナエのことが大好きに育った。カナエも当然としてレオのことが大好きだったのだが、側にいて安心できる相手で、一生を共にしたい相手でもあったが、もっと強引に迫って来て欲しいとか、求めて欲しいとか、そういうことを感じる、いわゆる性的な魅力を感じる相手ではなかったのだ。
年下のレオはカナエが守りたい相手で、大事にしたい相手だった。それが、今は大事にされたいと思っている。
「『恋』、なのですか?」
「『恋』か……私もラウリくんに『恋』することがあるのかな」
幼い頃から知っているラウリに対する感情は、ナホもカナエのレオに対する感情と変わりない。大きな『愛』で相手を受け止めるだけでなく、相手に受け止められたい、求められたいと実感したときが『恋』の始まりなのかもしれない。
「この年で、カナエは、初恋なのですか?」
「レオ様に何か変化があったのですわよね?」
「ということは、レオくんも初恋だね」
自分の選んだ相手以外と結婚しない。無理やりに結婚させられるくらいなら、一生相手などいらない。
そう決めていたサナは、レンが初恋の相手だ。ペトロナの件で女性に不信感を抱いていたと告白してくれたレンも、サナが初恋の相手だ。
ずっと側にいたから、このまま同じようにお互いを大切に思って、大好きなままでカナエとレオは結婚するのだと思い込んでいた。そこに『恋』などという拙く、不器用で、格好の付かない感情は入ってこないままで、夫婦として愛し合うのだと。
「レオくんの顔を見ると、ドキドキして困るのです。『恋』は厄介なのです」
「そんなカナエちゃん、物凄く可愛いよ。羨ましいなぁ。私もラウリくんに『恋』をできるのかなぁ」
ほんの少し前までは意識していなかったことが、急に気になりだす。レオの眼差し、レオの腕の逞しさ、レオの胸の厚み、レオの一挙手一投足。
自分ばかり気にしているようで恥ずかしく、『恋』とは甘くふわふわしたイメージだったのに、全く違って、カナエは混乱していた。
「カナエちゃん、お弁当食べに来たで!」
「ぎゃー!?」
「ほへ!?」
休み時間なので魔術学校と研究過程の棟を繋ぐ階段を上がって来たレオの出現に、カナエは悲鳴を上げてしまった。
「悔しいのです……レオくんがかっこいい……」
胸のときめきは、収まりそうになかった。
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