5.マンドラゴラでは分からないこと
王都の魔術学校にもマンドラゴラ畑がある。4年生になって専門の講義を選んだレオとラウリ。ラウリは薬草学、レオは魔術具作りと最終的な方向性は違ったが、魔術具作りにも薬草学の知識が必要になるので、ラウリと同じ授業を受けることが多かった。
薬草畑を抜けてマンドラゴラ畑に行ったレオとラウリが見たのは、自ら土から出て、軍隊のように敬礼をして整列しているマンドラゴラたちだった。指導教授も何事かと目を見開いている。
「マンドラゴラが、整列して敬礼してはる!?」
驚いたのは指導教授だけでなくレオもで、ラウリの方を見れば、困ったように笑って足元の全身鎧を着た大根マンドラゴラに視線を移した。大根マンドラゴラが「びゃう!」とビシッと敬礼をして、元の姿勢に戻ると、粛々と土から出て来ていたマンドラゴラたちは自分で土の中に戻っていった。
「どうやら、マンドラゴラにも格のようなものがあるみたいなんです」
説明してくれるラウリの元に、こんなことは初めてだと教授までが話を聞きに来ていた。常にラウリの側にいて、全身鎧を着てラウリを守り、時に剣を抜いてバジリスクに挑むことすら恐れない大根マンドラゴラは、王宮で王族のラウリに飼われているということもあって、格の高いマンドラゴラのようだった。
「無理に従わなあかんとか、階級みたいなのがあるんか?」
「植物ですから、損得や階級などの概念はないようです。持っているのは、自分より格上の良く育った相手に対する純粋な敬意と尊敬の念で、ある意味、生命として自分よりも強いものに従う本能のようなものでしょう」
「マンドラゴラに本能が……てことは、ローズ女王はんの人参さんも、格が上ってことか?」
「母の人参さんは、僕の大根さんも敬意を払うくらいですよ」
魔術学校のマンドラゴラはラウリの大根マンドラゴラに敬意を払い、ラウリの大根マンドラゴラは更にローズの人参マンドラゴラに敬意を払う。格上と評されるマンドラゴラ全部が、元々はイサギが育てたものだということも、ラウリは教えてくれた。
「つまり、イサギさんが、マンドラゴラの頂点におるってことか」
「国一番の薬草学者ということですから、そうでしょうね」
引き取ったタケが流行り病の予防薬を家族の中で一人だけ接種していて、それ以外が接種していなかったために命を落としたという話を聞いて、薬草学だけでなく、医学も学ぼうとし始めているというイサギ。伴侶のエドヴァルドの弟の妻は医師なので、イサギは王都にある彼女の診療所に通って医学を学んでいるという。
「ナホさんも薬草学だけでなく、医学を学ぶつもりだと言っていました」
「ナホちゃんもなぁ」
「僕は生まれてすぐ死にかけてから、大根さんがずっと守ってきてくれました。大根さんと話ができる能力を、活かしたい」
「びゃー」
「ずっと一緒にいてくださいね、大根さん」
優しく語り掛けるラウリと、鳴き声を上げる大根マンドラゴラの間には、確かな信頼関係があるように思えた。
格が上のマンドラゴラ。
屋敷に戻ってレオが向かったのは、ユナとリンの部屋だった。魔術学校に南瓜頭犬のサナエやスイカ猫のサラを連れて行っても構わないのだが、最近は二匹は留守番をしてユナとリンの側にいることを好む。敷物の上でころころと転がっているユナとリンに穏やかに寄りそうサナエと、少し遠くから尻尾でちょっかいをかけているサラ。
二匹ともユナにもリンにも危害を加えるようなことはしないと分かっていた。
「タケちゃん可愛いもんなぁ。ナホちゃんとイサギさんが医学も学ぼうっていうのも分かるわ。なー、ユナくん」
「うー」
「ユナくんは、お嫁にやらないのです」
「カナエちゃん、帰って来てたんか!?」
制服のままで飛び込んできたカナエは、ユナとリンに「ただいま帰ったのです」と挨拶をしてから、ユナを抱っこしているレオの隣りに座って、リンを抱っこした。
「タケちゃんは可愛いですが、ユナくんを奪われたくないのです……」
「カナエちゃん、お母ちゃんみたいやな」
「似てないのです! 絶対に似てないのです! 将来を悲観します」
「そこまで言うことなくないか?」
あまりの剣幕にレオは笑ってしまったが、腕の中のリンは驚いて泣いてしまう。それをあやす姿に、レオの口からぽろりと言葉が漏れていた。
「カナエちゃんと俺の赤さんも、こんなんやろか」
レンに似ているリンは、レオもレンに似ているので、ある意味兄妹そっくりということになる。カナエと結婚して、レオに似た子どもができれば、リンにも似ているかもしれない。
頭を過ったのはそれだけだったが、なぜかカナエの顔が赤い。つられてレオも赤面してしまった。
「こ、婚約者ですから、結婚して、いつか赤ちゃんができるかもしれませんよね。レオくんだけじゃなくて、カナエに似てるかもしれませんよ?」
「栗色の髪の毛に緑のお目目の赤さんやろか」
「……レオくんの赤ちゃんなら、カナエ、産んでも良いのですよ」
頬を染めているカナエの言葉の意味が分からなかったのは、レオがそういう行為をうすらぼんやりとしか理解していないからだと、電流に撃たれたかのようにレオは立ち尽くした。
赤ん坊ができるというのは、つまりはそういう行為があってのことで、夫婦であるサナとレンの間には当然そういう行為があった。その結果としてレオもレイナもユナもリンも産まれた。
以前間違えてオダリスから知識を得ようとしたために、違法の無修正の卑猥な雑誌を受け取ってしまって、レオはカナエを怒らせている。もうすぐ15歳になるのだから、そういう知識がない方が遅すぎるのかもしれない。
「お、俺、勉強する!」
「何を、ですか!?」
「その……カナエちゃんと結婚しても困らへんように!」
「あ、レオくん!?」
周囲にいたのはマンドラゴラや南瓜頭犬やスイカ猫で、植物だったので、それ自体で種を残せて、生殖行為は必要ではない。そのため、具体的な生殖方法というのをレオは知らなかった。ラウリは幼い頃に両親の寝室で実際に行われていることを見てしまったと言っていたから知っているのだろうが、ラウリに聞いてはいけない気がする。
いずれときが来れば教えてくれると言っていたレンの元に、レオは駆け込んだ。
「お父ちゃん、教えてほしいことがあるんや!」
「今日の宿題は難しかったとね?」
「違うけど……ラウリくんがナホちゃんは医学も学ぶって言うてて……」
ひとの身体に関することなのだから、ある意味医学なのだろうとレオが真剣に問いかければ、工房から出てレンは二人きりでお茶を淹れて話をしてくれた。
「男性と女性は身体に違いがあるとよ。サナさんとも、レイナちゃんとも、お風呂に入ったことあるし、リンちゃんお風呂に入れようけん、分かろう?」
「わ、分かる」
「レオくんは、カナエちゃんの身体に触りたいと思ったこと、あると?」
揶揄するわけではなく、穏やかに問いかけられて、レオは真剣に考えてみた。抱き締めたらいい匂いがするし、小さくて、程よく硬くて、落ち着く。長いさらさらの栗色の髪に触れて、編み込みをしてみたいとは思うが、素肌に触れたいかと問われれば、それはよく分からなかった。
「俺のことなのに、分からへん」
「方法は、結局、方法でしかないとよ。大事なのは、カナエちゃんに触りたいと思ったときに、それが適切な時期か、カナエちゃんが嫌がってないかをちゃんと落ち着いて見極められるようにならないけんと」
「カナエちゃんの嫌がることはせぇへんよ」
「そう、それが大事」
「結婚するまでは、せぇへんし」
約束をして、レオはレンから男性として女性を抱くときにどのように振舞えばいいのかを言葉だけで教えてもらった。最終的な行為は同じだが、そこに辿り着くまでは、二人の同意の上で進めて行かなければいけない。
「俺もサナさんとしか経験ないけん、レオくんも緊張せんでいいとよ」
「お父ちゃんも?」
「サナさんも俺以外とないって。本当に大切なひととだけすればいい行為で、したくなかったら、カナエちゃんであっても、レオくんは『嫌』って言っていいんよ」
「俺が、『嫌』って?」
「もちろん、男性の方にも、女性の方にも、同意がないといけんと」
具体的な行為よりも、「同意がないといけない」ということがレオの心に残った。レンが伝えたかったのもそのことなのだろう。
一つ、大人の階段を登ったレオだった。
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