3.レオのいない日
レオが産まれる前に、カナエはレンに泣き付いたことがある。夜に一人で寝るのが寂しくて、怖くて、嫌だと甘えたのだ。
愛のない政略結婚で産まれたサナは他に異母兄弟、異父兄弟がいたかもしれないが、会ったこともなく、教育は屋敷の者に任せて、両親は愛人宅に行ってしまったので、子どもとの触れ合いをよく知らない。
孤児だったレンは魔術師の師匠に拾われたが、気分で食事を抜かれたり、暴力を振るわれることはあっても優しくされることはなく、挙句に年頃になれば男性として性行為を迫られて、逃げ回っていたくらいで、親の愛も子どもへの愛情のかけ方も知らない。
そんな二人が出会って夫婦になったので、三歳のカナエは当然子ども部屋で眠るものだと思い込んでいたのだ。
一人で眠るのが怖いと泣いてから、レンもサナも反省して、カナエと一緒に眠ってくれるようになった。レオが産まれてからは、レオが泣くたびにカナエは跳ね起きて、レオのお世話を手伝った。
大好きな父親のレンにそっくりで、カナエを見ると嬉しそうにきゃっきゃと笑うレオは、可愛くて可愛くて仕方がなくて座って膝の上に乗せてもらって抱っこしたり、這い這いするようになったら一緒にお散歩したり、歩くようになったら手を引いて歩いたり、ずっと一緒だった。
レイナが産まれて夜泣きをするようになって、両親の寝室から子ども部屋に移されたのは、レオだけではなく、カナエもだった。それでも、寂しくなかったのは、泣きながらレオがカナエの部屋を訪ねて来てくれたからだった。
お姉ちゃんぶって、偉そうにしていたが、カナエもまだ6,7歳で、一人で眠るのが寂しくなかったわけがない。それでも、レオが側にいてくれれば、カナエは健やかに眠りにつけた。
「すごくいい眺めなのです、レオくん、あっちに海が見えますよ」
「カナエちゃん、今日はレオくんと一緒じゃないでしょう?」
「あ……」
「また、『エアレオくん』したの?」
絶対に内緒にしてほしいとナホにもゼミの友人にも言っているのだが、カナエにはレオには言えない癖があった。レオと一緒の時間が長いせいか、隣りにレオがいなくても、ついレオに話しかけてしまうのだ。
それをナホやゼミの友人は、「エアレオくん」や「ゴーストレオくん」と言って揶揄う。笑われてしまって恥ずかしかったが、カナエは身に着けている魔術具も全部レオの作ったもので、身近にレオを感じていない時間の方が少なかった。
研修のために泊まり込みでやってきた小島は、遺跡が多くあって、見晴らしも良く、カナエはレオにも見せたくてたまらなかった。セイリュウ領の流水の紋章の元となった模様が遺跡に刻まれていたり、伝統の工芸で着物の反物が織られていたりして、その様子も見学した。
「レオくんに似合いそうなのです」
「カナエちゃんは、レオくんのことしか考えてないよね」
「そ、そんなことないのですよ?」
お土産にあの反物の切れ端で作られた匂い袋をレオと自分の分買おうとか、そんなことを考えていたのも、ゼミの仲間にはバレバレのようだった。
泊まる民宿で食事を摂りながら、今日の報告と発表をしている間も、セイリュウ領の実家が気になる。ユナとリンの双子は良い子にしているだろうか。レイナとレオは何を食べているだろう。
「レイナちゃんにお土産、何がいいでしょう」
「本当に弟、妹思いだよね」
口から漏れて出た言葉に、隣りに座っていたゼミの仲間が笑っていた。
報告が終わると、部屋に戻ってレポートに纏めるのだが、ゼミの教授も含めた男性3人の部屋と、女性2人の部屋で、カナエは落ち着かない気持ちになる。
テンロウ領の王都の別邸では二年間はナホと同じ部屋だったし、三年目からは一人部屋になったけれど隣りにはナホの部屋があった。廊下を隔てた向こう側の棟にはレオとラウリの部屋があったし、一人でないことには慣れている。けれど、視界の端に見慣れた褐色の肌と癖のある長めの黒髪の背丈ばかり大きな無邪気な笑顔の男の子がいないのだ。
「カナエちゃんの婚約者って、15歳だっけ?」
「もうすぐ15歳なのです」
「まだ女の子に興味がない年じゃないの?」
レポートが終わると寝る支度をするのだが、恋の話をするのが女の子というのは好きなものである。ゼミ仲間の女の子のゾフィーは、カナエがセイリュウ領の次期領主であることも、義弟のレオが婚約者であることも、当然知っている。
王都の魔術学校の研究過程に通えるのは、裕福な家の出身か、貴族くらいしかいない。ゾフィーは王都の生まれの貴族だった。
「私も婚約者はいるけど、結婚とかあまりピンと来てなくて」
「ゾフィーちゃんは、好きな相手と婚約しているのではないのですか?」
「貴族の結婚なんて、親が勝手に決めるものじゃないの。カナエちゃんみたいに、自分で決められて、相手がセイリュウ領の領主の息子なんて、そんなのあり得ないよ」
セイリュウ領の領主の息子と、養女のカナエを結びつきが強くなるように婚約させている。初めの頃はゾフィーもそう思っていたが、カナエとレオがお弁当を魔術学校と研究過程で棟が違うのにわざわざ合流して仲良く食べている姿に、驚いたのだという。
「好きな相手と結婚しないと、後悔するのです」
「ローズ女王陛下も、ダリア女王陛下も、セイリュウ領のサナ様も、好きな相手と結婚してる時代だもんね。それが普通になればいいんだけど……」
自分のことは諦めているようなゾフィーに、カナエは問いかけてみた。
「婚約者のひとと会ったことはあるのですか?」
「小さい頃に一回か二回。年上だったしよく覚えてないわ」
「嫌だって言えなかったのですか?」
「どうだろ……別にそういうものだと思ってたし」
これが普通の貴族の感覚で、カナエとレオ、ナホとラウリのように、お互いが好きで婚約することの方が珍しいのだとゾフィーは言う。それでも、カナエの周囲には、イサギとエドヴァルドも、クリスティアンとジェーンも、政略結婚だったテンロウ領の領主夫妻も、愛し合って結婚した夫婦しかいなかった。
「結婚してみたら、好きになれるとかあるかもしれないのです」
「そうだったらいいけどね」
微笑むゾフィーは何も期待していない目をしていた。
研修の二日目も遺跡を見て周り、三日目は島を見て回ってから、自由時間でカナエはお土産を買った。レオと自分にはお揃いの反物で包まれた合わせ貝のお守り、匂い袋はレイナに買った。
自由時間が終わると移転の魔術でそれぞれの家に帰る。帰り着いて、魔術の通信で教授に連絡を入れるまでが合宿だった。
セイリュウ領のお屋敷に着いて、リビングで教授に連絡を入れていると、レオがカナエの通信が終わるのを待っていてくれた。挨拶をして通信を終えてレオに向き直ると、大きな体で抱き締められる。
「カナエちゃんや! お帰りなさい」
「ただいまなのです」
「あんな、カナエちゃんに聞いて欲しいことがあるんや」
待ちきれないようにカナエの手の平の上に大輪の薄紫と薄ピンクのつまみ細工を置いたレオに、カナエは代わりにお土産のお守りを渡した。
「貝はお互いに自分の片割れしか合うものがないというので、恋愛のお守りになるのです」
小さな金色の鈴が付いた貝のお守りを、レオが喜んで受け取る。
「この反物は、セイリュウ領で今も使われている着物の生地と同じで、元は小島から伝来したものと考えられているのです」
「なんや、カナエちゃん、ゼミモードやな」
「レオくんにいっぱい見せたいものがあったのですよ」
「俺も、カナエちゃんにはよつまみ細工見せたかったし、ユナくんとリンちゃん見てて思い出した小さい頃の話とか、聞いて欲しかったんや」
話し出すと止まらなくなりそうな二人に、レイナが割って入る。
「まず晩ご飯にしよて、お父ちゃんとお母ちゃんが言うてる。ユナくんとリンちゃんに、カナエちゃん、ただいましてへんやろ?」
「あ、レイナちゃんにもなのです。ただいま帰りました」
レイナにも匂い袋のお土産を渡して、カナエは食事のために席に着く。お目目をくりくりとさせていたユナとリンの双子は、一日ぶりにカナエに抱っこされて、涎を垂らしながら「あだあだ」と笑っていた。
家族そろっての夕食。隣りの席にはレオが座っている。
「レオくん」
「なんや、カナエちゃん?」
「呼んだだけなのです」
隣りのレオが「エアレオくん」でも「ゴーストレオくん」でもないことを確かめて、カナエの日常が戻って来た。
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