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2.カナエのいない夜

 レオがサナのお腹の中にいるときに、カナエはセイリュウ領の領主のお屋敷に引き取られた。それからレオが産まれて、幼年学校に行っている間離れることがあっても、夜は同じ屋敷の中で眠り、朝は一緒にご飯を食べた。

 魔術学校の関係で王都に行くようになってからも、カナエとはテンロウ領の領主の別邸で朝ご飯を一緒に食べ、昼はお弁当に合流し、夜は晩御飯を一緒に食べて同じお屋敷の中で眠っていた。

 レオにとっては、カナエのいない夜は過ごしたことのないものだった。

 研究過程の二年目に入って、カナエは遺跡を巡るゼミの研修に参加することになった。夜も合宿形式でゼミの仲間と友好を深めつつ、研究について話し合うので、外泊での研修だった。


「カナエちゃん、おらへんの!?」

「明日と明後日だけですけど、近くの島に泊まって来るのです」


 アイゼン王国は島国で、その周囲にも転々と小島がある。そこにセイリュウ領の民族が暮らしていた遺跡があったり、そこから渡って来た痕跡が残っていたりするのを、カナエは見に行くのだ。

 週末の休みを利用して、二泊三日の研修日程が組まれていた。


「南にはコウエン領の民族が、大陸から渡って来た痕跡もあるというのです。そちらには、また別の日程ででかけます」

「お母ちゃん、カナエちゃんが外泊やなんて、心配や。どうにかならへんの?」

「移転の魔術で戻ってきてもいいやろけど、カナエちゃんだけ特別扱いっていうのは、嫌やないのん?」


 サナの問いかけに、カナエはレオの手を握り締めて答える。


「レオくんのご飯が食べられないのは寂しいですが、カナエは立派な領主になるために勉強してくるのです」

「寝られるやろか……」


 レイナの夜泣きが酷くなってから、レオが眠れないという理由で、子ども部屋に移されて、レオは夜が怖くて一人で眠れずに、毎晩のようにカナエの部屋を訪ねた。カナエは快く迎えてくれて、レオを抱き締めて眠ってくれた。子ども特有の高い体温に安心して、レオはカナエに抱き締められてぐっすり眠った。

 それもカナエが思春期になるまでの話だったが、それでも、夜に眠れないと訪ねて行けば、カナエは話を聞いてくれたし、レオが落ち着くまでお茶を飲んでくれた。

 体が大きいことを揶揄われた日、大人になっているのかとパンツを降ろされそうになった日、留年していないのに年齢を詐称して留年しているのを誤魔化していると言われた日……なんでも話すわけではないが、悲しいことや悔しいことで胸がいっぱいになって、夜が長く感じられる日には、レオはカナエの部屋を訪ねた。話してしまうこともあったし、何も言わないままお茶だけ飲んで寝室に戻ることもあった。


「寝られへんやったら、ユナくんとリンちゃんのとこにくればええわ」

「二人とも、よう寝るもんなぁ」


 不安になるレオにレイナが茶化すように言ってくれて、レオも絶対にカナエを引き留めようという気はなくなっていた。


「俺ももうすぐ15歳なんや。カナエちゃんがおらんくても平気にならなあかん」

「それは、カナエが寂しいのです」

「そんなん言われたら、決心が揺らぐやないか」


 今は新学期が始まってすぐの4月だが、5月になればレオは15歳になる。魔術学校も4年生になって、高学年になるので、めそめそするのはやめようと気を付けている最中だった。他の相手を前にしていると平気なのに、カナエがいると、レオは涙腺が緩んでしまう。王都の魔術学校に入ってから、何度カナエに抱き付いて泣いたか、レオも覚えていない。

 もう幼くはないのにと、サナやレイナの前ならば我慢できるのに、カナエがいるとどうしても甘えてしまうのは、産まれる前からカナエがレオを知っていてくれるからだろう。

 姉離れ、婚約者離れではないが、自立したところも見せたい。


「帰ってくるの、待ってるで」

「何かいいお土産があったら、買ってきますね」


 カナエのいない夜を過ごす。それだけでも涙目になってしまいそうなのを隠して、レオはカナエを送り出した。

 魔術学校のある平日ならば気もまぎれるが、レイナとユナとリンと過ごす休日は、どうしても屋敷にいないカナエの姿を探してしまう。年末に生まれたユナとリンはユナがサナに似て、リンがレンに似て、とても可愛く育っている。

 首も据わって来たので、抱っこして庭を散歩させると、ご機嫌で周囲を見ているのだが、今日はきょろきょろとユナもリンも誰かを探しているようだった。


「ユナくんもリンちゃんも、カナエちゃんがおらへんで、寂しいんやな……」

「お兄ちゃんが落ち着かないから二人とも落ち着かないんだよ」


 散歩に付いてきたレイナがリンを抱っこしながら、ユナを抱っこしているレオに指摘する。言われてみれば、無意識にカナエの姿を探して不安になっているのはレオで、それがユナとリンに移ってしまったのかもしれない。


「俺がしっかりせなあかんのに!」


 昼食は仕事中のサナもレンも戻ってきて、サナはユナとリンに母乳を飲ませて、食事の間は交代で抱っこして、全員が食べられるようにする。食後に眠ってしまったユナとリンを確認して、仕事に戻ろうとするサナとレンを追いかけて、レオはレンの袖を掴んだ。


「お父ちゃん、俺、今日は工房に行ったらあかん?」

「何か作りたいものがあると?」


 工房の手伝いは休みの日にはさせてもらっていたが、ユナとリンが産まれてからは家族として可愛い弟妹の側にいることを優先させていたレオだが、カナエがいない空間に耐えられる気がしなくなったのだ。

 作りたいものはいつもカナエに関するもの。

 癖のない真っすぐな長い栗色の髪を、カナエは編み込みにしたり、三つ編みにしたり、お団子にしたり、アレンジしている。ヘアピンに簪に髪ゴムは、服装に合わせてどれだけあっても足りないくらいだった。


「カナエちゃんの髪に、お花を咲かせたいねん」


 工房の技術者に教えてもらって作ったつまみ細工は、初心者なので形は大きかったが、器用なレオらしくそれなりに仕上がった。薄紫と、薄ピンクの大輪の花を咲かせていく。

 集中している間はカナエがいないことを忘れて、作ることだけ考えていた。作り終えてから、工房で時間を潰したのは失敗だったとレオはようやく気付いた。

 いつもならば作り上がったものをカナエのところに走って届けるのに、それができない。

 夕食後も自分の机の上にある薄紫と薄ピンクの花が、早くカナエに会いたいというレオの気持ちを代弁するように寂し気に咲いていた。


「サラちゃん、サナエちゃん、一緒に寝よ」

「びにゃあ!」

「びゃうん!」


 寂しいのでベッドに丸々と太ったスイカ猫のサラと、南瓜頭犬のサナエを抱き上げようとすると、拒まれてしまう。


「サラちゃんとサナエちゃんまで、俺と一緒におってくれへんのか」


 どんよりとした気分でベッドに入るが、なかなか眠れず、何度も寝返りを打つうちに、レオは小さい頃の夢を見ていた。

 真剣な眼差しで、カナエがレオに言い聞かせる。


「レオくんは、おおきくなったら、カナエとけっこんするのですよ」

「あい!」


 紅葉のお手手を上げて、レオは良い子の返事をした。

 子どもだからと微笑ましく見ているサナもレンも、レオがこの年になるまでしっかりとカナエとの約束を覚えているなんて、あのときには思いもしなかっただろう。

 寂しいときには側にいてくれた。悲しいことがあったり、悔しいことがあったときには、寄り添ってくれた。レオにとって、カナエがどれだけかけがえのない存在か。

 目を覚まして、欠伸を噛み殺していると、ユナとリンの泣き声が聞こえた。早朝で、サナとレンが支度をしている間、片方が赤ん坊を見ているのだろうが、ユナとリンは双子なのである。手が足りないこともある。

 廊下を走って両親の寝室に行くと、レイナも同じく駆け付けていた。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれたで」

「ユナくんとリンちゃんには、良いお兄ちゃんとお姉ちゃんがいてよかね」


 着替えをしながら笑うレンと、小柄な腕には余る双子を抱っこするサナ。


「俺が泣いとっても、カナエちゃんは来てくれた……」

「うちも、お兄ちゃんとカナエちゃん、来てくれてたで」


 レイナのときはカナエが行くのでついて行っていたが、ユナとリンの今は自分が駆け付ける方になっていることに気付いて、レオは表情を引き締めた。


「お母ちゃん、ユナくん、抱っこしたる」

「うちはリンちゃん抱っこするわ」

「助かるわぁ。支度したら、朝ご飯に行こうな」


 サナとレンが身支度をする間レイナがリンを、レオがユナを抱っこしていて、身支度が終わると二人に返して、自分たちも身支度をしに行く。

 朝食の席では、交代でユナとリンを抱っこして、全員が食べられるようにした。

 カナエのいない一日が始まる。


「明日、帰ってきたら、あの花を見せるんや」


 自分も兄としてカナエの気持ちが少し分かった気がすること、かつてカナエが自分にしてくれていたことを今はユナやリンにできていること。

 伝えたいことはたくさんあった。

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