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3.ナホと弟

 前の国王の時代に、妃を亡くした王は政治にも国にも関心がなく、ただ喪に服して悲しみに浸ることだけしかしなかった。国は荒れて、後妻に入った魔女に双子の王女の妹は呪いをかけられて醜い毒を吐く竜にされ、姉はその罪を着せられて国外へ逃げるしかなかった。産褥で母を亡くし、父には顧みられず、名前さえ付けられなかった王女たちは一番目(ファースト)二番目(セカンド)と呼ばれていた。

 国を乗っ取ろうとした魔女を倒して、セカンド王女の呪いを解く手助けをしたのが、ナホの養父のイサギで、彼はその報酬として、当時は法律で定められていなかった同性のエドヴァルドとの結婚を望んだ。王女となり、ローズとダリアという名前を、ローズの伴侶でダリアの呪いを解いたリュリュからもらっていた二人は、同性でも結婚できる法を定めて、イサギは男性同士でエドヴァルドと結婚して、ダリアは女性同士でイサギの双子の妹のツムギと結婚した。

 同性同士の結婚が法律で定められてから日が浅かったので、イサギとエドヴァルドは養子を貰うことについて、悩んだこともあったようだった。


「俺たちはどっちも男やろ? 男同士で結婚はあかんって、周囲から散々言われて来た。法律で定まっても、男同士の夫婦に子どもが育てられるか冷たい目で見られへんか怖かったし、俺は両親の愛情とか知らへんから、育てられるか心配やったんや」

「それでも、ナホさんが来てくれた夜には、二人とも、この子がうちの子だと思ったんですよ」


 荒れた王都から逃げ出すために馬車を走らせて、魔物に両親は襲われて命を落とした。残ったナホは幼いながらに窃盗団に拾われて、盗みを働かされていた。魔術の才能が高く、結界を抜けられるナホは、3歳ながらに良いものを盗んでくるということで、セイリュウ領の領主のお屋敷のマンドラゴラを盗んで来いと命じられて、夜の薬草畑に泣く泣く入り込んだのだ。

 盗みを働かなければ食事は食べさせてもらえないし、暴力を受けることもある。怖くて、震えながらもマンドラゴラ畑で蕪マンドラゴラの葉っぱを引っ張ったら、自ら土から出てきて、他のマンドラゴラも畑からわらわらと出てきて、ナホを取り囲んだ。

 寒さと恐怖におしっこを漏らして、下半身びしょ濡れて号泣するナホを、マンドラゴラたちは可哀そうに思ったのだろう、みんなで背負ってイサギの家まで届けてくれたのだ。


「マンドラゴラが結んでくれた縁だね。私もイサギお父ちゃんとエドお父さんの子どもになれて幸せ」


 幼い頃から聡明で元気いっぱいのナホは、テンロウ領のエドヴァルドの両親にも可愛がられたし、エドヴァルドの弟のクリスティアン夫婦とその子どもとも仲良くしている。男性同士の夫婦で子育てができるか心配したのに、結果は案ずるより産むがやすしだった。

 引き取られた当初はカナエのお譲りの服を着ていて、そのうちに自分の服も買ってもらうようになったが、ナホは相応にしかものを欲しがらなかった。ツムギの劇団のチケットを欲しがったり、テンロウ領の祖父母の可愛がってる蕪マンドラゴラの衣装を買うお金を欲しがったりはするが、その程度は普通のこと。生活に必要なものはエドヴァルドが趣味良く揃えているし、マンドラゴラやスイカ猫や南瓜頭犬、その他薬草の種などを欲しがったらイサギが分け与えている。

 そんなナホが珍しくねだったものがあった。


「ラウリくんのところには、ミルカくんが産まれたでしょう? カナエちゃんのところにも、赤ちゃんが生まれるんだって。私も弟か妹が、欲しいなぁ」


 珍しい娘のおねだりに、イサギとエドヴァルドも真剣に考えたようだった。


「人間やから、気が合わんでも、捨てて取り換えるとかできへんのやで?」

「分かってるよ」

「ナホさんは大人しい良い子ですが、元気すぎるやんちゃな子で手に負えない場合もあります。どんな子でも、受け入れられますか?」

「努力する。我慢できないこともあるかもしれないけど、お姉ちゃんとして、その子にいけないことは教えるし、良いことは褒めてあげるよ」


 16歳のナホに新しく妹か弟ができるのは、年も離れているし、考えるところはあったようだが、イサギとエドヴァルドはよくナホと話し合って、次の子どもと縁があったら引き取ることを決めた。

 領主の薬草畑でその話をしていたので、聞いていたのはどうやら、ナホとイサギとエドヴァルドだけではなかったようだ。

 数日後の早朝、夏休みでナホがイサギとエドヴァルドを手伝うためにマンドラゴラ畑に、水を上げに行くと、ネットをすり抜けて抜け出したマンドラゴラが輪になって踊っていた。その中心で、幼子がぎゃんぎゃんと泣いている。


「ごあーい! だぢげでー!」

「なに!? 攫ってきたの!?」


 慌てて土の上に寝かされた幼子を抱き上げると、下半身がびっしょりと濡れている。オムツをしているようだが、そこから漏れるほどにおしっこが出てしまったようだ。


「イサギお父ちゃん、エドお父さん、赤ちゃんがいるー!」

「あがだんじゃないもー!」


 泣きわめくその子は3歳になる前くらいだった。


「マンドラゴラ畑に、生えたんか!?」

「イサギお父ちゃん、人間の子どもは畑に生えないよ?」

「捨てられたんでしょうねぇ」


 狼狽えるイサギに、エドヴァルドは冷静だった。

 マンドラゴラ畑に子どもを捨てれば、畑の管理人夫婦が大事に育ててくれる。ナホを引き取った当時、そういう噂が流れて、どうしても育てられない子どもを畑に置いて行くひとがいなかったわけではない。既にナホがいたので、エドヴァルドとイサギは置き去りにされている子どもの引き取り先を探して、幸せになれるように尽力したが、最近はそういうこともなくなっていた。


「ナホちゃんが欲しいて言うてるって噂が広まったんやろな」

「男の子ですね。お名前、言えますか?」

「タケ……」

「タケちゃん! 私、ナホだよ?」


 マンドラゴラにはネットの中に戻るように言って、タケを家に連れ帰って綺麗に洗って、バスタオルで包むと、その体が酷く痩せているのが分かった。何日もお風呂に入っていなかったのだろう、湯船には垢が浮いている。


「男の子だ。タケちゃん、お父さんとお母さんは?」

「ちんだ……ばぁばも」


 洟を啜りながら拙く喋るタケの話を元に、調べてみると、両親が亡くなって、祖母の元に引き取られていた子どもが、先日祖母が亡くなったので親戚で引き取る余裕のあるものがおらず、困っていたという話が入って来た。祖母の葬式の後に、その子の行方は分からなくなっていて、親戚も何も知らないと言い張っている。


「タケ、いらにゃーの」


 要らない子だと親戚に言われていたようで、大きな茶色の目に涙を浮かべるタケに、エドヴァルドが用意した新しい服を着せて、ナホが抱っこする。


「いらないなら、私がもらってもいい?」

「ほちーの?」

「うん、弟か妹が欲しかったけど、タケちゃん見たら、タケちゃんが欲しくなった」

「タケ、ほちーの?」

「うちの子になりますか?」


 エドヴァルドに問いかけられて、タケはほろりと涙を零して頷いた。

 息を飲んで見守っていたスイカ猫のタマと、南瓜頭犬のポチと、ススキフウチョウのぴーちゃんが飛び付いていく。


「タマと、ポチと、ぴーちゃんだよ。よろしくね」

「ちゃま、ぽち、ぴーた!」

「タケちゃんのものを揃えなあかんな。俺はイサギや」

「私はエドヴァルドです。お腹は空いていませんか?」


 優しいエドヴァルドの問いかけに、タケのお腹がきゅるるると可愛く鳴くのが聞こえた。

 初めてイサギとエドヴァルドの家に来た日、ナホも泣いて冬だったので漏らした下半身は凍って、震えていた。そんなナホをお風呂に入れて、イサギとエドヴァルドは暖かな食事を食べさせてくれた。


「大丈夫だよ、タケちゃん。イサギお父ちゃんとエドお父さんはすっごく優しいんだから」


 テンロウ領の祖父母も、クリスティアンも、きっとタケを可愛がってくれる。

 想像していた赤ちゃんとは少し違ったけれど、3歳くらいのタケがすんすんと洟を啜りながら一生懸命スープとパンを食べている姿に、ナホは自分がこの家に来た日を思い出していた。


「あとこにいたら、おねたんにあえりゅって」


 タケの言葉に、ナホは目を丸くした。茶色のつぶらなお目目は、真っすぐにナホを見ている。


「私のこと?」

「おねたん、れしょ?」


 そのときは分からなかったのだが、イサギとエドヴァルドが調べてみると、タケは両親と姉を病気で亡くしていた。同じ病気で、両親が亡くなった後に引き取ってくれた祖母も亡くなっているので、病魔を連れてくる子として、親戚から怖がられて、マンドラゴラ畑に捨てられたのだ。

 両親と祖母と姉に会いたいと恋しがって泣くタケに、親戚はあそこにいたら会えると言ったらしい。


「タケちゃんが死んでも構わなかったってこと!?」


 ますますタケをそんな親戚に返すことはできないとしっかり抱き締めたナホに、タケが「おねたん」と嬉しそうにしがみ付く。本当の姉のことは幼すぎて忘れているのだろうが、姉という概念だけを覚えているのだろう。


「病魔を連れてくるわけではなくて、タケさんには抗体があったんです」

「高熱が出て死んでまう病気やけど、5年前くらいに予防薬ができて、俺もエドさんもナホちゃんも打ったやろ?」


 流行り病でバタバタとひとが死んでいく中、開発された予防薬を、サナはセイリュウ領の病院で無料で注射できるように手配したのだが、それが広まらず、予防薬が開発されてから生まれたタケだけが出産時の病院で予防薬を接種して、他の家族は接種していなかった。


「これは、サナちゃんに言わなあかん」

「タケちゃんは病魔を連れてくる子じゃないよ。幸運な子だよ」

「こう……うんこ?」

「うんこじゃなくて……もう、男の子はこれだから!」


 くりくりのお目目でナホを見上げるタケに、ナホは笑ってしまった。

 イサギがサナに伝えて、予防薬を誰もが接種する様に呼びかける運動がセイリュウ領で始まったのは、タケのおかげとも言えた。

 幸運に病魔を逃れて生き残り、マンドラゴラに愛される子ども。

 最初はマンドラゴラを怖がっていたタケが、マンドラゴラと仲良くなるのも時間の問題だった。

これで、番外編は終わりです。

引き続き、第三章をお楽しみください。


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