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6.コウエン領からの招待

 レオにお茶会の誘いが届いたのは、リューシュを招いてから少ししてからのことだった。一応、ラウリやカナエやナホなど、『ご友人』を連れて行っても良いと書かれているが、宛名は『レオ様』と書かれていて、その手紙を持って、レオはカナエの部屋に飛び込んできた。


「ど、どないしよ? お茶会って、細かな作法があるんやろ?」


 楽しい時間を共に過ごすことが目的とされるが、貴族のお茶会には、お見合いのような意味もある。先にカナエがリューシュを招待しているので、断りづらいのは確かだった。

 ちょうど勉強を教えてくれていて、部屋に来ていたナホに、カナエは相談する。


「どうしたらいいと思いますか?」

「嫌な感じがするよね」


 王都のコウエン領の領主の別邸には、リューシュだけではなく、使用人や兄弟、もしかすると父のコウエン領領主本人もいるかもしれない。そんな中にレオ一人を投げ込むわけにはいかないが、レオに何かあれば、カナエは暴走しない自信がなかった。


「ラウリくん、お返事を書くのを手伝ってあげて」

「はい、レオくん、一緒に書きましょうね」


 女王陛下の第二子であるラウリも一緒ならば、失礼も働けないだろうとは思うのだが、相手はコウエン領の領主である。セイリュウ領領主のサナが、コウエン領出身のレンを結婚したことを逆恨みして、レオを奪おうとしている黒幕。

 確かにリューシュはレオに恋をしているのかもしれないが、それも、偽りの憧れでしかなく本当のレオの姿を見てのことではない。

 手紙の返事を書くのに「あかーん! また間違えたー!」と、便箋をくしゃくしゃにして投げる半泣きの顔も、カナエには一生懸命頑張っていて偉いし、可愛いのだが、こんな姿をリューシュは知らないのだ。


「返事書くだけで宿題よりも大変やったわ……もう、眠い……」

「レオくんはもう寝るのです。カナエとナホちゃんで、作戦を立てましょう」

「僕もねむたいです」

「ラウリくん、お休みなさい」


 10歳のラウリと11歳のレオは、まだ幼く、成長期で、早く眠くなってしまう。その分二人とも早く起きて、朝食の準備やお弁当の準備を手伝っているのを、カナエは知っていた。


「レオくんが作ったお菓子なんて持っていったら、凄い顔されそうなのです」

「そしたら、カナエちゃんは、魔術をぶっぱなしちゃうね」

「それだけは、いけないのです」


 本当はぶっ放してしまいたい。

 吹っ飛ばして、コウエン領領主の御屋敷を瓦礫の山と化して、その上で高笑いしたい。

 コウエン領には暗い噂が幾つもある。才能のある娘を領主にしないために嫁にやったり、領民が逃げ出さないように領地の境界に魔物を放ったり、領主の屋敷は妾が何人もいる状態だったり。

 そんな暗い噂のある領主の前で失態を犯せば、セイリュウ領領主夫婦の立場を危うくするし、何よりも、責められるのはカナエではなく、リューシュのような気がしてならないのだ。


「カナエを産んだひとたちのことは、カナエはほとんど覚えていません。お世話をしてくれなかったと聞いています。実の親が子どもに絶対優しいなんてあり得ないのです」

「そうだよね、カナエちゃんが暴れた後で、カナエちゃんには手を出せないから、リューシュちゃんに仕返しをしろって命じるかもしれない」


 そういう悪循環は避けたい。

 悩んだ末に、ナホは頭が良いと言われている、義父の弟のクリスティアンに相談した。その結果として、もらった答えに、カナエとナホは「叔父様ったら、悪いひと」と顔を見合わせた。

 テンロウ領の領主の王都の別邸の庭で育てているマンドラゴラは、品評会で、ナホの義父のイサギが育てたものには劣るが、かなりの優秀な成績を修めている。マンドラゴラに捨てるところなしと言われるが、葉にも、皮にも、根にも薬効があって、非常に重宝される。


「気合入れていくよ!」

「よろしくおねがいするのです!」

「びゃい!」

「びょえ!」

「ぎゃぎゃ!」


 返事をして自らナホの用意した袋の中に入って行くマンドラゴラたちは、統率が取れていた。


「僕のマンドラゴラもですが、可愛がるとよく懐くのですよ」


 王宮でラウリの両親である、ローズ女王と伴侶のリュリュが飼っている人参マンドラゴラは、ローズを助けるために命を懸けて、それ以降頭の葉っぱが生えなくなったが、元気にムチムチと育っている。ローズとリュリュと可愛い子どもたちに何かあれば、自ら鍋に飛び込んで栄養となろうとするくらいの忠義ものの人参マンドラゴラは、浜辺のようになったプール付きの箱庭で優雅に飼われていた。

 人参マンドラゴラを見て育っているので、ラウリたち兄弟は、一匹ずつ自分のマンドラゴラを欲しがって、幼い頃から大事に育てている。

 鎧を着せられて短剣も下げて、魔術具も一式付けた大根マンドラゴラは、ラウリを守るように足元に控えていた。


「本日はお招きありがとうございます……で、ええんか?」

「立派にご挨拶できているのです、レオくん」


 代表として挨拶をするレオは、不安そうにカナエに確認する。大人しくしているマンドラゴラの入っている袋を、ナホはコウエン領領主に手渡した。


「こちらは、私が育てたマンドラゴラです。ご招待のお礼に手土産として持ってきました」

「これは、ご丁寧に」


 見下した瞳で一瞥して、領主はマンドラゴラの入った袋を、ソファのそばに興味なさそうに置いてリューシュを呼ぶ。お茶とお菓子の乗ったトレイを使用人と一緒に持ってきたリューシュは、「ようこそいらっしゃいました」とだけ頭を下げて、使用人のように黙ったままでレオとラウリとカナエとナホにお茶とお菓子をサーブしていった。


「リューシュちゃん、座らへんの?」

「働き者の女は座らぬものです。そういう働き者こそ、レオ様の婚約者に相応しいのでは?」

「俺、領主様やなくて、リューシュちゃんと、ラウリくんと、ナホちゃんと、カナエちゃんでお茶しに来たつもりなんやけど」

「二人きりになりたいということでしょうか?」

「そうやなくて……」


 分かっているとばかりにレオを連れて、リューシュと別の部屋に押し込めようとする領主に、カナエが立ち上がる。


「レオくんは、カナエの婚約者なのです!」

「カナエ様にはもっと良い方ができるでしょう」

「勝手に破談にしないでください!」


 叫びに力がこもって魔術が暴走しかけて、カナエの持っているカップにひびが入ったのを確認して、ナホがラウリに合図をした。ラウリはすぐに足元に控える大根マンドラゴラの葉っぱを引っ張る。


「びょげーーーー!」

「びゃわ!?」

「びょーえー!」

「ぎょえー!」


 心得たとばかりに声を上げたラウリの大根マンドラゴラに呼応して、袋から元気よく人参マンドラゴラ、蕪マンドラゴラが飛び出してくる。テーブルをひっくり返し、領主に思い切り熱々のお茶をかけた数匹の人参マンドラゴラと蕪マンドラゴラを、領主と使用人が追いかけている間に、カナエはレオの連れ込まれた部屋に突進していった。

 勢いよくドアを開けると、レオが両手で顔を隠して、リューシュがドレスの前を開けようとしているところだった。褐色の肌のリューシュの華奢な指は震えて、リボンが解けないでいる。


「したくないのでしょう?」

「レオ様は、わたくしに触れれば、気が変わると……」

「嫌なことは、嫌だと言うのです!」

「言っても……聞き入れてもらえるような家ではないのですわ。邪魔をしないでくださいませ!」


 脱ごうとするリューシュとそれを押さえつけようとするカナエと、必死に見ないように顔を覆っているレオ。攻防戦はしばらく続いたが、ラウリの乱入によって治まった。


「僕、女性の柔肌など見てしまったら、母上に怒られます」

「ら、ラウリ様!?」

「いけません、ご自分を大事になさってください」


 レオに見せて誘惑するのならともかく、10歳で少女のように可憐だが男性で、女王の第二王子のラウリを誘惑したとなれば、国を挙げての一大事となる。

 状況がつかめないのでいつ隠した顔を外していいか迷っていたレオの腕を引いて、さっさとラウリが部屋から出て行ったので、カナエはほっと胸を撫で下ろした。


「うちのマンドラゴラは活きが良いことくらいご存じかと思っていました」

「い、いやぁ、さすが、イサギ殿の養女様……うちの息子とどうでしょう?」

「ラウリくんと婚約してるのに、それを仰いますか? ローズ女王のお耳に入ればどうなりましょうね?」

「な、なかったことに。ただの冗談ですよ」


 慌てて誤魔化すコウエン領領主が、しくじったリューシュをどうするのかは心配だったが、完全に怯えてしまったレオを放っておくことはできず、カナエはレオとナホとラウリとテンロウ領領主の王都の別邸に戻った。

 ちゃっかりと手土産になったはずのマンドラゴラたちも、脱走して戻ってきていて、自らネットを潜って土に潜っていっていた。


「クリスティアン叔父様ったら、さすがだったね。お疲れ様」


 ねぎらいの言葉と栄養剤を貰って、マンドラゴラたちは艶々と輝いていた。

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