1.レイナの知らないこと
レイナには、姉が一人、兄が一人いる。
姉のカナエは遠縁から養子に貰われてきていて、魔術の才能があり、将来はセイリュウ領の領主となることが決まっている。
兄のレオは実の兄だが、幼い頃からカナエに好かれて、本人もカナエのことが大好きで、婚約していて領主の夫として、父のように工房の師匠になることを望んでいる。
上の二人が11歳と16歳で王都の魔術学校に行くために、テンロウ領の王都の別邸で母の従弟の養子であるナホや、ローズ女王の息子であるラウリと共に暮らし始めた頃は、まだレイナは幼年学校に通っていて、卒業すれば自分も王都の魔術学校に行くのだと決めていた。
王都の魔術学校に行くこと自体は両親は反対しなかったのだが、姉と兄を追い駆けて一年飛び級して幼年学校に入ったレイナは、卒業時点で11歳で、身体も年相応に小さかった。兄のレオの発育が良すぎるせいで、母に似たレイナはやたらと小柄で細いと言われるのだが、自分では標準だと思っている。それなのに、両親は王都のテンロウ領の別邸にレイナが住むことに難色を示したのだ。
「男女差別は良くないって分かってるけど、正直、女の子やし、まだ11歳やから、うちの目の届かんところにおって欲しくないんや」
「魔術学校に通うなら、王都に住まなあかんで。うちと年の変わらん子も、寮に入ったりしてるんやで」
「そういう子がいるのは確かだけど、レイナちゃんは、セイリュウ領の領主の娘で、サナさんそっくりやけん、俺も心配やね」
11歳でもレオにはカナエが付いていたし、同級生にラウリもいて、同じ学校内にはナホもいた。たった二つしか変わらないのに、息子と娘という違いだけでこんな風に分けられてしまうのが、レイナにとっては不本意ではあった。
ただ、両親が言うことも分からなくはないのだ。
カナエのような秀でた攻撃の魔術を、レイナは持っていない。いつもカナエかラウリと一緒にいるレオとは、全く状況が違うことは理解できている。
領主の子どもは狙われやすいし、魔術師としての才能のある子どもは特に、魔術師の能力が血統でしか引き継がれないので、優秀な子を産むための道具にされやすい。そうして闇で売られていく子どもを、サナは領主として見てきたのだろう。売られなくても、領主の娘というだけで、まだ11歳のレイナには縁談が大量に持ち込まれているのも知っていた。
「不平等な親やと思われても仕方ないけど、それを承知でお願いするわ。レイナちゃん、うちから通ってくれへん?」
「俺かサナさんが、毎日送り届けて、迎えに行くから」
両親がカナエのこともレオのこともレイナのことも、心から大事に思ってくれていることが分かっていたからこそ、レイナは物わかり良く頷いたのだった。
毎日、迎えに来る両親に合わせて、図書館での本の貸し出しもそこそこに、友達と遊ぶ約束もできず、セイリュウ領に戻って来ることに、不満がなかったわけではない。それでも、レイナには幼年学校を一緒に卒業した友達が、セイリュウ領にいた。その子たちと遊ぶことは制限されていなかったので、セイリュウ領に移転の魔術で戻って遊んで、宿題をして、レイナは魔術学校生活をそれなりに謳歌していた。
「カナエちゃんとお兄ちゃんは婚約してるし、ナホちゃんもラウリくんと婚約してはる……結婚て、そんなにええもんなんやろか」
子どもができても「レンさん」「サナさん」と呼び合っている両親は、仲睦まじい。母に至っては、今でもレンに恋をしているようで、「レンさんが今日も素敵や……」と惚気が口から駄々漏れていることすらある。
他のひとたちにとっては『魔王』と恐れられるくらい魔術の強い母なのに、父の前ではでろでろに甘くて、蕩けるような瞳で甘く父を呼ぶ。父の方も母のことを穏やかに受け止めて、二人はセイリュウ領のベストカップルとまで言われている。
「ほんま、レンさんがサナちゃんと結婚してくれて良かったわ。『うちの選んだひと以外とは結婚しません』言うて、エドさんとのお見合いですら断って、レンさんに惚れたら惚れたで、気持ちが中々通じへんで、国を亡ぼすかと思うたし」
震えながら教えてくれたのは、サナとレンの結婚に一役買ったという国一番の薬草学者で、セイリュウ領の薬草畑を管理しているサナの従弟のイサギだった。
小さい頃から、カナエもレオもレイナも、お屋敷の中庭の薬草畑では遊びながら学ばせてもらっている。たくさんの不思議な生きている植物が育つ畑は、子どもにとっては楽しい動物園のような場所だった。
「お母ちゃん、エドさんと見合いしはったん?」
「せや、そんときに、小さい俺とエドさんは出会ったんや」
「イサギさんとエドさんのキューピッド!?」
「いやぁ!? 『魔王』がキューピッドやなんて!?」
「ある意味、そうですね」
男性同士で結婚することを許されずに、泣きながら必死に東奔西走して混乱する国を建て直す手助けをしたイサギは、女王直々にテンロウ領の領主の息子であるエドヴァルドと結婚を許されて、男性同士で結婚してナホを養子に引き取っている。イサギとエドヴァルドの管理する薬草畑では、マンドラゴラや薬草の育ちが良く、有名になっているという。
「聞いた話ですが、サナさんおめでたなんですって?」
「そうみたいなんや。この年で恥ずかしい言うてたけど、めっちゃ幸せそうで」
「ナホちゃんが羨ましがって、もう一人引き取って欲しいて言うてたわ」
「イサギさんとエドさんのところも、赤ちゃんが?」
「赤さんかどうかは分からへんけど」
「私たちにご縁のある子がいたら、何歳でも受け入れるつもりで準備は始めています」
飛び級で研究過程に入っているナホは16歳だが、3歳でイサギの家に引き取られているので、イサギと13歳しか年が違わない。まだ29歳のイサギと40歳のエドヴァルドの二人ならば、もう一人くらい子どもを引き取っても構わないとナホのおねだりに応えるつもりのようだった。
「妹か弟……うち、想像つかへんねん」
「可愛いものですよ」
「俺も双子の妹がおるけど、妹の方がしっかりしてるてよく言われるわ」
エドヴァルドには弟のテンロウ領次期領主のクリスティアンがいるし、イサギにはダリア女王と結婚して舞台役者としても成功しているツムギという双子の妹がいる。
末っ子のレイナにとっては、弟妹ができるというのが、あまりピンときていなかった。
「どうすればええか、分からへんねん……」
嬉しいのだが、この年になって姉になるとは思わず、想像がつかないことが多すぎて、混乱しているレイナに、イサギとエドヴァルドはいいことを教えてくれた。
「ナホちゃんがめっちゃ可愛がってて、下の子が欲しいて思うた理由に会いに行ったらどうやろ?」
「とても可愛いんですよ。私たちも会いに行かせていただきましたが」
「ナホちゃんの憧れの子?」
イサギとエドヴァルドの手配で、レイナは夏休み中にナホと一緒に王宮に行くことが決まっていた。
ローズ女王が去年産んだ第六子、第三王子のミルカは、外見はリュリュそっくりの黒髪に黒い目で愛らしく、拙いながらも歩き、お喋りも始めたそうだ。
一昨年の年末に生まれたミルカは、一歳半になってますます可愛く育っているという。
「お母ちゃん、お父ちゃん、うち、ナホちゃんと、ミルカちゃんに会って来るわ!」
「王宮に行くのん?」
「お土産持って行かないかんかね?」
両親に出かけることを告げると、てきぱきと手土産も用意してくれた。
「俺も行きたいなぁ」
「レオくんは次の機会に行きましょうね」
レオはカナエと生まれて来る弟か妹のためのベビーベッドを組み立てる約束をしているということで、その日は行けないようだった。
「あのベビーベッド、レオくんもレイナちゃんも使ったのですよ」
「俺も、レイナちゃんも」
長く使われていないので倉庫にしまってあったベビーベッドを取り出しに行く二人は、仲睦まじい。
婚約も、結婚も、恋も、レイナには縁遠くよく分からない。
大人になれば分かるのだろうか。
誰かを好きだとか、ずっと一緒にいたいとか思うようになるのだろうか。
「レイナちゃん、行こう」
ナホに呼ばれて、レイナは持たされた手土産と共に、ナホの元に駆けて行った。
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