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4.良い職人になるために

 スキンヘッドでムキムキの可能性は考えたが、ゴボウがまさか美女だったなんていう可能性はオダリスの中で少しもなかった。

 王都に魔術学校の視察に行っていたライラは、コウエン領から尾行されていて、視察が終わって帰ろうとしたところで、元夫とその仲間に捕まってしまった。それがマンドラゴラ品評会でライラを売ろうとしたり、折ろうとしたあの男だったのだ。

 マンドラゴラになってしまう薬を無理やり飲まされて、ゴボウマンドラゴラになったライラの絶望は深かった。


「土に汚れたその姿がお似合いやね。ゴボウを愛するような変態はおらんやろうけん、そのまま、お前は身体をバラバラに切り裂かれて薬剤になるか、好事家に飼われるか……どっちにせよ、お前の人生は終わったったい」


 高らかに笑う元夫に、愕然としている間に品評会会場に連れて行かれ、売られると察したライラは必死に逃げた。逃げる途中にオダリスに出会って助けられたのは幸いだったが、追い付いてきた元夫はオダリスも侮辱した。


「あの時点で、オダリス様がペトロナの孫だとは分かっておりましたの」


 ことの経緯を語る領主の屋敷で、ライラの隣りに座って、コウエン領領主のリューシュとその夫のジュドーと向かい合っているオダリスは、緊張でガチガチになっていた。リューシュもジュドーもライラが無事に戻ってきてくれたことを喜び、着替えさせて休ませようとしたのだが、その前にライラは攫われていた間に自分に起こったことを話したいようだった。


「俺がペトロナの孫なのに、怖くなかったと?」

「警戒しなかったわけでは御座いませんが、ペトロナの孫のオダリスは祖母の言いなりにならず、闇市摘発にも一役買ったと噂でしたし、ナホ様もラウリ様もおられましたわ」


 妹の友人であるナホも、ローズの第二王子であるラウリも、ライラにとっては知らない相手ではなく、信頼して良いと判断できた。意思疎通ができないと絶望していたライラにとっては、ラウリがなんとなくだがマンドラゴラの言葉が分かることは救いだった。

 そうであっても、自分がコウエン領領主の姉で、呪いでマンドラゴラにされているということを明かしてしまうことはできない。それを明かせば、ライラの呪いは永久に解けなくなると、呪いの薬を飲まされたときに元夫に言われていたのだ。


「ペンを持てば字が書けたかもしれません……でも、わたくしは、そうしませんでしたの」

「どうして、お姉様?」

「わたくしは……領主の姉として領主の仕事もしておりますが、やはり、わたくしのような女が存在して良いのかという気持ちは、ずっとあったのです」


 無理やりに結婚させられた元夫の家では、使用人にすら馬鹿にされるような酷い扱いを受けてきた。子どもができないことを責められて、元夫の気持ちが愛人にしか向かないのはライラの努力が足りないのだと繰り返し言われて、ライラは心を病むほどだった。

 苦しくてつらい結婚生活から解放されたと自分では思っていたのに、元夫の前に連れて来られて、ゴボウマンドラゴラになる呪いの薬を飲まされたライラは結婚生活よりも地獄に引き摺り込まれるのだと、絶望してしまった。


「それで、金平になりたいとか、魔術薬になりたいとか、言っとったとね」

「いけませんわ、お姉様。わたくしを置いて、逝かないでくださいませ」


 悲観して自ら金平や魔術役となって死のうと考えていたことがオダリスから明かされると、リューシュが悲鳴を上げてジュドーにしがみ付く。ほっそりとしたライラよりも豊満な身体付きのリューシュ。かつてはライラもそのように胸も腰も豊かだったのだが、元夫の家での不遇な扱いにやつれ果ててしまった。

 それでも、大きな黒い目に通った鼻筋、長い睫毛、ぽってりとした赤い唇、艶やかな褐色の肌と、ライラはオダリスが仰天するくらいに美しかった。


「ゴボウで、性別も容姿も分からないのに、オダリス様は、わたくしに『死んではいけない』、『あなたにも大事なひとがいるはず』と言い続けてくれて、わたくしを慰めてくれましたの」

「人間って聞いとったけん。人間を金平やら、魔術薬やらにできんやろ?」

「人間の姿に戻ったときに、スキンヘッドでムキムキでも構わないと……」

「逆に、そういう想定しかしてなくて、こんな美人やったなんて、思いもせんかったけど」


 思い止まって生きることを決めた後で、口移しでマンドラゴラの栄養剤を飲まされて、ライラはオダリスの気持ちを受け取った。


「全ては、オダリス様のおかげなのですね。本当にありがとうございます」

「ライラさんがおらんようになって、もう死んでしまったかとリューシュちゃんも泣きよったとよ。本当にありがとうね」


 リューシュとジュドーの夫婦、コウエン領領主とオダリスが務めるはずの工房の師匠(マイスター)から頭を下げられて、オダリスは恐縮してしまった。


「そんなんじゃなくて、助けられたのは俺なんです。様付けとか、やめてください。ライラ様の勇敢さと優しさに俺は助けられて、俺ができたのは、ライラ様をお慰めすることくらいで……」

「オダリス様こそ、わたくしのことを、様付けしないでくださいませんか?」

「そんな、ライラ様は領主様のお姉様やけん」

「さっきまで、ゴボウのときと同じように話してくださっていたのに」


 拗ねた口調になるライラは23歳という年よりも若く見える。少女のように見える姉の姿に、リューシュが驚き、ジュドーを見上げた。


「お姉様を救ったのは、オダリス様の愛なのですね!?」

「わたくしのように年上の出戻り女、オダリス様は嫌かもしれませんが……」

「嫌なわけなか! ライラさんは、美しくて、俺のことをゴボウでも庇ってくれた優しいひとやないね!」

「そう言っていただけると、嬉しい限りですわ」


 少女のように頬を染めたライラに、オダリスは背筋を伸ばしてリューシュとジュドーに向き直った。


「まだまだ未熟者ですが、将来はジュドー様とコウエン領の役に立てる魔術師になります。お姉様とお付き合いをさせてください」


 元領主の時代に工房を私物化して、呪いの魔術具を作り、セイリュウ領のカナエとレオを別れさせて、カナエの魔術を自分のものにしようとした過去のあるペトロナ。その孫であるという事実は、オダリスには一生付き纏うものだった。

 名誉を挽回したい。

 胸を張って生きられる生き方をしたい。

 その第一歩として入ったジュドーの工房での初仕事で、ライラを助けて恋仲になるとは予測もしていなかったが、オダリスの志は変わっていない。


「お姉様が信じた方です。お姉様は前の結婚でつらい思いをしておいでです。少しでもお姉様が嫌だと思われたら、わたくしがお守り致します」

「最初にも言ったけど、オダリスくんにとってペトロナの件は一生ついて回る。それを覚悟しとるのは分かっとうけん、俺は、ライラさんの相手としてオダリスくんが立派な魔術師になれるように指導しちゃらないかんね」


 認められても、まだオダリスは18歳で王都の魔術学校の研究過程が4年近く残っている。それが終わってから改めてライラにプロポーズすることになるだろうが、4年間もライラを迎えに行くためならば頑張れるような気がした。

 セイリュウ領や王都でも探索隊が出されていたコウエン領の領主の姉、ライラが見つかったことは、すぐに国中に知らされた。呪いの薬を飲ませた元夫は国外逃亡を図っていたが、国を出る前に捕らえられて、コウエン領の牢に入れられることとなった。


「ゴボウマンドラゴラが、女性で、地位のある方だろうとは、分かっていました」


 慌ただしい週末が終わって、王都に戻って魔術学校でラウリとナホにお礼を言いに行けば、ラウリはさらりとそんなことを口にした。


「分かっとったと?」

「それを言ってしまえば、解けなくなるような呪いだったんだよ。だから、気付いてしまったラウリくんは呪いを解けないし、それを口に出すこともできなかった」

「そうやったとね……」


 真実の愛。

 御伽噺のように形を持たない、あるのかないのか分からないもので、呪いが解ける。そう言われても、以前のオダリスならば信じもしなかったかもしれない。


「魔術具は、愛情って、レン様が言ってたとよね」


 壊れてしまっても、身に付けている相手を守れるのならば、魔術具は真価を発揮する。監視をするために、首が切れても取れないような呪いの魔術のかけられたネックレスをつけられていたオダリスとデシレー。そんなオダリスが『愛情』というものを明確に目にしたのは、カナエにレオが自分のイヤリングを外して、カナエのものと取り替えた、ペトロナの屋敷でのこと。

 魔術を吸収する結界を反射して、逆にカナエに魔術を流れ込ませた魔術具は、溶けて壊れていった。金具のカケラを大事に拾って、カナエはそれを持ち帰った。


「オダリスくん、頑張ったのですね。おばさんも、褒めていたのですよ」

「サナ様が?」

「お母ちゃん、ライラ様がずっと寂しそうやったのを、気にしてたんやって。カナエちゃんのこと、諦めてくれたのも俺は嬉しいし、オダリスくんに新しい恋が訪れたのも嬉しいわ」


 ナホとラウリとお弁当を食べながら話を聞いていたカナエとレオに声をかけられて、オダリスは表情を引き締めた。


「もう、絶対に間違えんけん」


 ペトロナの言いなりになっていた頃のようにはならない。

 宣言するオダリスに、レオとラウリが顔を見合わせる。


「間違えても良いと思いますよ。間違えないって気を張りすぎると、苦しいですからね」

「ダメな方向に行こうとしたら、俺たちが止めるで。それが友達ってもんやろ?」


 間違っても良いと言ってくれる年下の友人に、オダリスは頭を下げた。


「ありがとう。レオくん、前は変な雑誌渡して、ごめんな」

「もうええんや。あれはカナエちゃんが処分してくれたし」


 笑顔で答えるレオに、後ろでカナエが「次やったら、許さないのです」という顔をしているが、それはそれとして、オダリスはレオに改めて謝罪ができた。

 ドレスのデザインを考えて、イヤリングもブレスレットも、ネックレスも、アンクレットも、全て、ライラのものはオダリスが作りたい。

 勉強をしたい。

 もっと良いものを作るために。

 オダリスの職人としての自覚が芽生えた瞬間だった。

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