2.呪いを解く方法
頼まれていたマンドラゴラの仕入れは、ナホとラウリの手伝いもあって無事に終わった。持たされたジュドーのメモを確認して、買ったマンドラゴラを袋に詰めていると、素直に順番待ちしているマンドラゴラの最後に、ゴボウマンドラゴラも並んでいて、オダリスはふるふると首を左右に振った。
「あなたは魔術薬にも金平にもせんけんね。人間に戻る方法を考えよう?」
「びゃや、びゃや……」
無理だと言うように諦めた様子で首を振るゴボウマンドラゴラは、人生を諦めているようで、オダリスは放っておけなくなる。元がどんな人間だったか、男性か女性かも分からない。しかし、ゴボウマンドラゴラは自分が折られる危険を冒してまで、侮辱されたオダリスを庇ってくれた。
何を言っているのか分からないが、オダリスはゴボウマンドラゴラの言いたいことは分かるような気がした。
「俺も、死んだ方がマシかもしれんって思ったことがあるっちゃん」
祖母のペトロナの言いなりにさせられて、呪いの魔術具を着けさせられて、監視された状態で生きていく。妹のデシレーを人質にとられて、逃げることもできずに、ただペトロナの悪事を見守っていなければいけない。
「若さと美貌を保つために、祖母は引き入れた魔術師の魔術を吸い取る部屋を作ったとよ。そこに魔術師が連れ込まれるのを、俺は見ていることしかできんかった」
騙されて部屋に連れ込まれたのは、ペトロナに下心のある男性の魔術師ばかりだったが、魔術師の中にはデシレーの身体に触ってくるものもいて、酷くデシレーが恐れていたのも知っていた。
「妹を守らないけんって理由にして、俺は正しいことをできんかったと」
臆病で、弱い自分が、セイリュウ領の領主の娘のカナエと息子のレオの友人でいられること自体がおかしいのかもしれない。ナホもセイリュウ領の領主の従弟の娘で、テンロウ領の領主の孫で、ローズ女王の第二王子のラウリの婚約者である。ラウリに至っては、ローズ女王の第二王子本人なのだ。
コウエン領で工房を私物化して、呪いの魔術具を作っていたペトロナの罪は消えない。関わっていないとはいえ、オダリスがペトロナの孫であるということは変えられないのだ。
「それなのに、みんな俺に良くしてくれる。やけん、俺は死にたいとか思っとったらいけん。こんなに恵まれとうっちゃけん」
ゴボウマンドラゴラにも、待っていてくれる誰かがいるはずだ。
工房の薬草保管庫に運ばれる袋の中に入る列に並んでいたゴボウマンドラゴラの円らな瞳から、ほろりと涙が一粒零れた。抱き締めて慰めると、ゴボウマンドラゴラは折れてしまいそうに細い。
「全部揃った?」
「おかげさまで、ありがとうね」
自分の育てたマンドラゴラの売買を終えて、合流したナホに問われて、オダリスは腕の中のゴボウマンドラゴラを見せた。
「収穫されたマンドラゴラは自分では栄養が取れんって言うけど、このゴボウさんにも何か上げた方がいいっちゃろか?」
「元が人間なら、土に潜って栄養を摂る方法も知らないだろうし、その姿だったら人間の食事は受け付けないから、水と栄養剤が必要だね」
「水は毎日、栄養剤を週に一回、僕の大根さんも飲んでいます」
「呪いのせいで早く枯れるようにされてるかもしれないから、栄養剤を何本か渡しておくね」
常に持ち歩いているという栄養剤を渡されて、ゴボウマンドラゴラが「びゃあびゃあ!」と手を振って恐縮する。国一番の薬草学者のイサギとエドヴァルドの娘であるナホの作る栄養剤は、それだけでも高値で取引されるだけの価値があった。
「いいと?」
「だって、人間なんだよ? 普通のマンドラゴラでも可愛いのに、元が人間のマンドラゴラを枯れさせるわけにはいかないでしょう?」
当然のように、ナホはゴボウマンドラゴラにもオダリスにも、惜しみなく自分の作ったものをくれる。お礼を言ってオダリスが栄養剤を受け取っていると、ゴボウマンドラゴラが腕から逃げ出した。
「どこに行くとね?」
「ぎょえ! ぎゃぎょぎゃぎゃぎょ!」
「そんな……追いかけて来ないでくださいなんて、マンドラゴラが一匹で生きてはいけませんよ!?」
何を言っているのか理解できたラウリの言葉に、オダリスは慌ててゴボウマンドラゴラを追い駆ける。細い体でドアの隙間から逃げ出してしまったゴボウマンドラゴラが、マンドラゴラ品評会の会場に入ってしまえば、ひとが多すぎてどこにいるのか全く分からない。
「ゴボウさーん! 一人で行ってしまったら危ないけん、戻ってきてー!」
「ゴボウさーん! どこですか?」
「行け、マンドラゴラ探索隊!」
探し回るオダリスとラウリに、ナホがラウリの大根マンドラゴラを隊長にした探索隊を作って、マンドラゴラたちに会場中を走り回らせる。そのマンドラゴラに目を付けた人物がいた。
「活きのいいマンドラゴラやね。貰っていこうか」
「なにしよるとね! ひとのものを勝手に取っていったらいかんとよ?」
「先に俺のゴボウマンドラゴラを持って行ったのはそっちやろうもん」
先ほど廊下でゴボウマンドラゴラを追いかけてきて、ゴボウマンドラゴラに引っぱたかれた男性が、ちたぱたと手足を動かすナホの蕪マンドラゴラを持ち上げていた。
そのまま蕪マンドラゴラを袋に詰めてしまおうとするのを、オダリスが止めると、腕を捻り上げられる。
「やめっ……放さんね!」
「貴族に逆らったらどうなるか、分かっとろう?」
腕を捻り上げられたまま、廊下まで連れて行かれて、人気のない非常階段に引きずられる。階段から突き落とされそうになって、オダリスは必死で腕を振り払っていた。
「お前の骨を折っちゃろうかね」
「お前があのひとを、ゴボウにしたとね?」
「あんな裏切り者、醜いゴボウの姿がお似合いやん」
ぐいぐいと強い力で押されて、非常階段から突き落とされそうになっているオダリスの元に、走って来る小さな細い影があった。
「びゃびゃびゃ!」
「ゴボウさん! こっちに来たらいけんよ!」
「ぴゃー!」
「俺は平気やけん」
体がゴボウになってしまったが、元は人間なのである。ボキボキに折られてしまえば、元に戻ることが叶わないどころか、死んでしまう。
近付くなと言うのに、にやにやしながらオダリスを突き落とそうとする男性の脚に、ゴボウマンドラゴラはぺしぺしと細い腕を叩きつけた。細い体を一掴みにされて、持ち上げられて「びょええええええ!」と『死の絶叫』を上げるが、魔術具を着けているのか、男性には効いている様子がない。
「おやめなさい!」
男性がオダリスから手を放して、ゴボウマンドラゴラを折ろうとしたとき、凛と響いた声と共に、駆け寄ってきたのはラウリとナホだった。
「私の可愛い蕪マンドラゴラを盗んだね?」
「会場に放置しとるけんいかんっちゃろ。これがかの有名なイサギの娘のナホやね。両親が男同士とか気持ち悪いけん、娘も全然女らしくないっちゃろうね」
セイリュウ領の領主の従弟で、国一番の薬草学者のイサギの名前は有名である。その娘のナホもローズ女王の第二王子のラウリと婚約しているので有名なのだが、両親が男性同士ということも国中で知れ渡っていた。ローズの妹のダリア女王が、イサギの妹のツムギと女性同士で結婚した際には、合同結婚式を挙げている。
「私の両親を侮辱しないで!」
「本当に女なのか、確かめちゃろうか?」
下卑た表情でナホの服に手をかけようとする男性の姿に、ラウリが手を付いていた非常階段の手すりが、音を立てて砕けた。大理石でできている手すりを素手で握って砕いたラウリは、男性に向かって、笑顔で言い放った。
「不敬罪で、その股間に下がっているモノを、切り落とされてもいいと?」
「ぎゃう!」
微笑むラウリの足元で、全身鎧を着た大根マンドラゴラが剣を抜く。高く跳躍して剣を振り下ろす大根マンドラゴラが切り落としたズボンのベルトのせいで、脚にズボンが絡まった男性は、非常階段から転がり落ちて行った。
すれ違いざまに、とっさのところでオダリスが男性の腕からゴボウマンドラゴラを引き抜いて助ける。
「来たら危ないって言ったとに……」
「ぴょえ……」
「ありがとう、俺を助けてくれたっちゃね」
心優しいゴボウマンドラゴラに礼を言えば、つぶらな瞳に涙が浮かぶ。
怖かったのだろう。
胴体を折られることを、人間の姿で想像して、オダリスはぞっとした。そんな恐ろしい目に遭うかもしれなかったのに、ゴボウマンドラゴラは非常階段から突き落とされようとするオダリスを助けてくれた。
「どうにかして、このひとを助けられんやろうか」
心からゴボウマンドラゴラが元に戻ることを望むオダリスに、ナホがその場から離れながらも問いかける。
「そのひと、男か女かも分からないんだよね。もしかすると、ムキムキのスキンヘッドで、身長もオダリスくんよりずっと高い男性かもしれないよ」
円らな瞳なので可愛いイメージしかなかったが、もしかすると、このゴボウマンドラゴラはナホが言うような姿かもしれない。愛着が生まれ始めていたオダリスだが、元の姿に戻って、ムキムキのスキンヘッドの男性が「実は行くところがないんです」と言って来たらどうすればいいのだろう。
一度保護した手前、人間の姿が想像と違ったからと言って、放り出すことはできない。なにより、オダリスはこのゴボウマンドラゴラに恩があった。
「恋愛するわけじゃないっちゃけん……って、呪いを解く方法は、もしかして!?」
真実の愛。
絵本やおとぎ話で良くある話だ。
それが呪いを解く方法ならば、ゴボウマンドラゴラが呪いが解けるはずがないと悲観して、魔術薬や金平になりたいと死を望む理由も分かる。性別も分からない、元の姿も分からない、意思疎通もラウリがいるからかろうじてできているがそうでなければほぼ無理な状態で、ゴボウを愛する相手がいるだろうか。
萎びたように項垂れて、とぼとぼと一人で歩き出そうとするゴボウマンドラゴラを、オダリスは放っておけずに追いかけた。
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