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1.名誉挽回のために

「お母ちゃんとカナエちゃんから、オダリスくんと仲良うしてもええけど、何ももらったらあかんって言われてる」


 ことの発端は、レオとの何気ない会話だった。

 「ごめんな」と謝るレオに、オダリスは差し出したお菓子を、そっと引っ込めたのだった。

 この件に関しては、全てオダリスが悪い。それは分かっている。

 性に疎いレオはまだ14歳。そのことをすっかりと忘れてしまって、自分よりも長身で体格も良いので、同年代のつもりで渡したのが、違法の無修正の卑猥な雑誌。絶対にカナエにばれないように見るようにと言い聞かせて、メモも入れたはずなのに、それを見て悲鳴を上げたレオを助けに来たカナエにそれは回収されて、レオの母親であるセイリュウ領の領主、サナの元にまで届いてしまった。

 悪気はなかったのだと、菓子折りを持って、謝りに行けば、サナとカナエは良い笑顔でオダリスを迎えてくれた。


「うちの純真な可愛い息子になにしてくれはりましたんやろな」

「レオくんは! カナエ以外! 知らなくていいのに!」


 静かな怒りを湛えたサナの表情と、明らかに激怒しているカナエに、オダリスは土下座するしかなかった。そんなことがあったので、お詫びのためにも闇市の摘発に手を貸したつもりだったが、結局は知恵と勇気でサナをサポートして助けたのは、同行したカナエだった。

 このままでは、オダリスはレオに悪影響を与えただけの最悪な年上の男子という認識を拭えない。

 呪いの魔術具を作らせようとするペトロナのせいで、オダリスは魔術学校の研究過程での勉強も気合が入らず、やる気がなかった。四年間の研究過程の一年目が終わりかけている今になって、ようやく取り戻そうと焦っているが、さぼっていた期間の取りこぼしは大きい。

 勉強も信頼も取り戻したい。

 そのためにオダリスは一念発起して、コウエン領の領主の所有する工房を訪れていた。そこでは母も働いているし、将来はオダリスもその工房で働けるようになりたい。一人前の魔術師として工房で働くことが、オダリスにとっては大事な故郷であるコウエン領を復興させることに繋がり、自分の信頼を取り戻すことにも繋がると考えたのだ。

 母が職人として働いているので、工房の師匠(マイスター)で領主の夫のジュドーは快くオダリスを迎え入れてくれた。


「これから、ペトロナの孫っていうことは、ずっと君に付き纏うやろうけど、それでも職人として立派にやっていけたら、君はコウエン領にとって、かけがえのない存在になれるとよ」


 当たり障りのないことを言って、ペトロナの話題を避ける周囲よりも、はっきりと名前を出して、その上でオダリスを迎え入れてくれようとしてくれるジュドーの態度は、非常に好ましかった。平日は研究過程の勉強があるので、週末に移転の魔術で帰って、休日に工房で働く約束をした数日後、オダリスはジュドーから急遽頼みごとをされた。


「オダリスくんは、ナホちゃんとラウリくんとも友達っちゃろ? 俺が行けんくなったけん、マンドラゴラ品評会に行って、良いマンドラゴラを仕入れて来てくれんかね?」

「行けなくなったって、何か用事でもあるんですか?」

「コウエン領の領主の姉が攫われたっちゃん」


 コウエン領の領主が前の私腹を肥やしペトロナを工房に飼っていた父親から、娘のリューシュに決闘によって代替わりをした際に、リューシュはコウエン領の貴族に無理やり嫁に行かされた魔術の才能のある姉を離婚させて取り戻している。代替わり当時は16歳で魔術学校の学生だったリューシュは、姉と一緒に領主の仕事をしていて、今も研究過程で王都に通っているので、姉は領主の仕事を半分以上肩代わりしている形になっていた。

 それを面白く思っていないのが、無理やり離婚させられた挙句、税金まで課せられた元夫の家族で、ずっとリューシュの姉は狙われていて、警戒もしていた。それが、先日、魔術学校の教授を募るために王都に行ったきり、帰って来なかったのだ。

 コウエン領にとっては、領主の囚われていない唯一の肉親で、領主の仕事を肩代わりしていた姉を必死になって探しているのだが、見つかる気配がない。ジュドーも探索隊に加わるために、王都で開かれるマンドラゴラ品評会で良いマンドラゴラを仕入れるのを諦めて、オダリスに役目を託したのだ。

 マンドラゴラについては他の追随を許さないのが、研究過程で薬学の勉強をしているナホの両親のイサギとエドヴァルドの夫婦である。レオと友達なので、ナホやラウリの手も借りやすく、良いマンドラゴラを見分けられると、期待をかけられているのだとオダリスは気合を入れた。

 王都に戻って、ナホとラウリにお願いしてみると、あっさりと了承が取れた。


「私たちも、品評会に行く予定だったから、一緒に行っても構わないよ」

「ジュドーさんに良いマンドラゴラをお届けしないといけませんね」

「ありがとう、ナホちゃん、ラウリくん」


 コウエン領の工房の師匠(マイスター)を満足させるだけのマンドラゴラを仕入れなければいけない。良いマンドラゴラと、発育不良のマンドラゴラを見分けるには、確かな鑑定眼がなければ値段ばかり高くて効果の低いものを掴まされることがあるのだ。

 品評会は週末に迫っていて、それまでにナホとラウリからみっちりとマンドラゴラについて講義を受けた。


「動きが全く違います」

「鳴き声の大きさに惑わされちゃだめだよ。鳴き声がどれだけ多彩かを聞き分けなきゃいけない」

「大きな声で鳴くから良いってわけやないとね」

「良いマンドラゴラは、とてもお喋りなんですよ。色んな声を出します。ね、大根さん?」

「びゃい!」


 話しかけられて返事をするように手を上げるラウリの大根マンドラゴラは、全身鎧を着ているのですぐ分かる。


「一度、大根さんも、品評会に出さなければいけないと思っていたので、良い機会です」

「ユーリくんも、蕪マンドラゴラを出すんだよね?」

「ユーリ兄さんには負けません」

「びゃびゃ!」


 きりっと表情を引き締める大根マンドラゴラは、表情豊かというよりも、あまりにも人間臭くてオダリスは「マンドラゴラってこんなんやったっけ?」と思わずにはいられなかった。

 品評会の会場は広いホールになっている。

 壇上には、流行っているコウエン領の魔術のかかった織物で作られた服を着たマンドラゴラが並べられて、観客はそれをじっくりと鑑賞する仕組みになっている。鑑賞会が終わった後は、審査会があって、高い得点をたたき出したマンドラゴラの栽培者から他に育てたマンドラゴラを売りに出す権利が与えられたりするのだ。

 ラウリやユーリのように、審査会にかけるためだけにマンドラゴラを連れて来ているものもいるし、ナホのように売るためだけに来ているものもいる。

 鑑賞会では独特の掛け声がかけられる。


「切れてるね! そのセクシーな脚、ダンサーも嫉妬するよ!」

「大きい! 大きすぎて他が見えない!」

「胸に荷馬車乗せてるんかい!」

「セイレーンの貝殻の胸飾り着けてるかと思たわ!」


 異様な空気の中、馴染めずにいたオダリスは、ラウリの大根マンドラゴラが全身鎧でポーズを取り、兄のユーリの蕪マンドラゴラがジャンプスーツであざとい格好をするのに、呆気にとられてしまう。

 挙句の果てに、発表された特別審査員に、開いた口が塞がらなかった。


「特別審査員のローズ女王陛下の人参マンドラゴラ様です!」

「……人参が、大根と蕪を審査すると?」


 もうわけが分からない。

 混乱して、少し外の空気を吸いに行こうとしたオダリスの脚に、小さなものがこつんと当たった。しゃがみ込んでみると、痩せたゴボウマンドラゴラが、ころりんと床の上に倒れている。


「大丈夫ね? 誰のマンドラゴラやろ?」

「ぴゃ……ぴょえ……」

「なんか、訴えとるような気がするっちゃけど、ラウリくんみたいに、俺、マンドラゴラの言葉が分からんっちゃんね」


 飼い主の元に戻してあげないといけないと、迷子のゴボウマンドラゴラを保護して抱き上げるオダリス。壇上でユーリの蕪マンドラゴラとポーズ対決をしている大根マンドラゴラにラウリはついていて、ナホは販売の準備をしているので、このマンドラゴラが何を言っているのか、聞くことができない。

 身振り手振りと、しょげた様子から困っているのは察せられるのだが、逃げ出したいのか、飼い主に会いたいのか、それもよく分かってあげられない。


「どこから来たとね?」

「ぴゃう……」

「うーん、困ったねぇ」


 会場は熱気に包まれているので、廊下を歩いてゆっくりと考えようとしていたら、褐色の肌の男たちが近付いてくるのに気付いた。コウエン領の貴族だと一目で分かったが、相手の方もオダリスに気付いたようだった。


「ペトロナの孫やないね。そのマンドラゴラ、俺のやないとね?」

「びぃや! びぃやびぃや!」

「嫌がっとるやないか」

「売られてバラバラにされるから、マンドラゴラは嫌がるに決まっとるやん。ペトロナの孫なのに、そんなんもしらんとね。まぁ、呪いの術具の一つも作れん出来損ないやろうけど」


 嘲笑う男の頬を、ゴボウマンドラゴラが細い腕をしならせて叩いた。


「なにするとね! ボキボキに折っちゃろうか!?」

「俺を庇ってくれたと?」

「びょえええ!」

「分かった、あなたは、俺が守るけんね」


 ゴボウマンドラゴラを取り上げようとする男から逃れて、オダリスは会場に駆け込んだ。熱気に包まれている会場では、ちょうど優勝者の発表があっていた。しずしずとローズの人参マンドラゴラが、蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラの間に立つ。二匹の手を掴んで、高々と掲げた。


「審査の結果、異例のことですが、ラウリ様の大根マンドラゴラと、ユーリ様の蕪マンドラゴラが同票でどちらも優勝となりました!」

「熱い戦いでしたね、やはり、大根の雄々しさも、蕪の愛らしさも、甲乙つけ難く、素晴らしく、どちらも優勝というのも頷けますね。特別審査員のローズ女王陛下の人参マンドラゴラ様にご意見を伺いたいと思います」

「びょええ! びゃ! ぎょぎゃぎゃ」

「なるほど、やはり、我が子のように思っているマンドラゴラに優劣をつけることはできませんでしたか」

「びゃ!?」

「びょー!」


 人参マンドラゴラのインタビューを聞いて、感激した蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラが人参マンドラゴラに抱き付いて、感動の空間が出来上がっていた。満足げに壇上から降りてきたラウリに、オダリスはそっと近付く。


「ラウリくん、このゴボウマンドラゴラっちゃけど、悪い奴に連れて来られたみたいで……」

「ぴゃー……」

「え!? この方は、呪いをかけられていると言っていますよ?」

「このゴボウが?」

「ぴゃう、びゃびゃびょぴょわ、ぴゃーう」

「呪いを解く方法は言えないけれど、こんな姿では家族の元に帰れないと」


 呪いを解く方法を言ってしまえば呪いは解けなくなるし、言ったところで実行できるはずはない。それくらいならば、自分は誰かのために魔術薬か金平(きんぴら)ゴボウとなって死にたい。

 ラウリの通訳を聞いて、オダリスはゴボウマンドラゴラの細い体をしっかりと抱き締めていた。


「死ぬとか、いけんよ! 俺のこと、守ってくれたやん。あなたは、優しいひとやないとね」


 なんとか呪いを解いてあげたい。

 元が人間のゴボウマンドラゴラを薬剤にするわけにはいかないし、金平ゴボウにして食べるなど、あってはならないことだ。

 オダリスにラウリもナホも同意してくれた。

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