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2.相談する相手を間違えた件

 姉のライラは結婚していたが、望まない政略結婚で夫は愛人を家に連れ込んで、ライラは離れに閉じ込められていたという。幸せな結婚ではなかった姉に相談できるはずもなく、親友のナホはまだ16歳で結婚しておらず、カナエは18歳だが婚約者のレオが13歳なのでまだ結婚していない。

 魔術学校を卒業した貴族の同級生たちは、結婚が決まっている子もいたが、まだ結婚していないし、相談ができるほど親しくもなかった。

 一人前の領主になるまでは、セイリュウ領の領主のサナが後見人となってリューシュを助けてくれる。魔術学校を卒業して、結婚して、研究過程に進んでからも、サナはことあるごとにリューシュを気にかけてくれていた。娘の同級生で、娘と同じような感覚なのかもしれない。

 母親は元領主の父親の妾の一人で、魔術の才能の高い子どもを産むためだけに連れて来られて、幸せそうではなかった。子どもとも会おうとせず、息子が産めないという理由で元領主から追い出された彼女は大陸に渡ったと知らされている。

 姉も母親も相談相手にならないリューシュの目に入ったのは、同じ領主で夫が工房の師匠(マイスター)のサナだった。


「サナ様は、レン様と結婚された当時……その、ど、どうでしたの?」

「どうって、なにがやろ?」

「あの……レン様は、じょ、情熱的に……その……」


 新しく設立する魔術学校のための視察と勉強会でセイリュウ領に来ていたリューシュは、休憩時間にサナと食事を同席させてもらった。聞こうと思っていることを口に出すのすら恥ずかしくて、真っ赤になってしまったリューシュに、サナは悟ってくれたようだった。


「新婚さん特有の悩みやな」

「お恥ずかしながら、そうなんですの……」


 国一番の魔術具製作者だが、レンは偉ぶったところがなく、穏やかで優しい。雰囲気がジュドーによく似ているので、新婚生活はどうだったのか、気になったのだ。


「うちはもっとグイグイ来て欲しかったんやけど、レンさんは控えめでお淑やかな御人やろ?」

「ジュドー様も、お優しくて、控えめですわ」


 お淑やかとか、控えめとか、そういう単語は妻であるリューシュの方に使われるべき言葉と思い込んでいたので、サナがレンをごく普通にそう評することに、リューシュは若干の驚きを感じる。サナの口から出ると、その響きが全く嘲りや嫌な感情を含んだものに聞こえず、愛情すら込められている気がするのが不思議だ。


「リューシュちゃん、恋は、戦争や」

「戦争、ですか?」

「そうや。欲しいもんはしっかりと掴んどかなあかん。せやないと、他人に盗られてまうで?」

「盗られる……そ、そんなこと、いけませんわ」


 自分から積極的に迫るようにサナは助言してくれるが、リューシュはどうすればいいのか分からず、眉間に皺を寄せる。


「キスして欲しい、抱き締めて欲しい、抱いて欲しい。して欲しいことは、はっきり口にせな、伝わりまへんで」

「はしたなくありませんか?」

「それとなく誘って、気付いてもらえたのん?」


 一緒にお風呂に入っているときにそれとなくしなだれかかってみたり、髪を洗ってくれているときに目を伏せてキスを求める顔をしてみたり、ソファで寛いでいるときに肩に頬を寄せてみたりしたことはある。それらはことごとく、ジュドーには通じなかった。


「通じへんやろ? うちもそうやった! っていうか、レンさん、我慢してはったんや! うちの綺麗な髪が乱れるとか、綺麗な着物が乱れるとか、気を遣ってくれて」


 同じようなことをサナも経験したようで、話に熱が籠って来る。熱弁されて、リューシュは真っ赤になりながらこくこくと頷くことしかできない。何故だか、物凄い惚気を聞かされている気分になる。


「そ、それで、サナ様はどうされましたの?」

「うちからグイグイ迫っていったんや」

「成功致しましたか?」

「キスされて驚いてたけど、レンさんも応えてくれて……最高やったわぁ。レンさんかっこいいし、可愛いし」


 うっとりと語るサナのように、ジュドーを「お淑やか」とか「可愛い」と評することはできないが、自分から行動して報われたという事実は純粋に羨ましい。


「わたくしから、キス……はしたないと、思われませんでしょうか?」

「案外、して欲しいと待ってるかもしれへんで?」


 優しいジュドーが我慢しているのならば、リューシュから求めてみても良いのかもしれない。サナの助言を胸に、リューシュは仕事を終えてコウエン領の屋敷に戻った。

 夕食は工房で仕事を終えたジュドーと一緒に食べる。夕食の時間に、その日一日のことを話すのが二人の日課になっていた。


「セイリュウ領でも魔術学校の教授集めは苦労したと仰っていました。始めは王都の教授を引退された方にお願いして、短期間でも務めていただいて、その間に人材育成に努めたとか」

「施設建設は始まっとうけど、肝心の教授がおらんと、授業はできんけんね」

「ジュドー様の工房の増設はいかがですか?」

「かなり使いやすくなっとうよ。職人たちも熟練してきよる」


 リューシュがコウエン領の領主になってからまだ二年目。屋根と壁と床と椅子と机があればいいと、最低限の設備だけで始めた工房は、今は薬草保管庫や薬草調合室も増設されて、少しずつ整ってきている。生糸に魔術を絡める作業も、薬草調合室で作られたお香や魔術薬を使って、精度が高まってきていた。

 魔術学校に関してはまだ施設を建設中で、職員も募集している最中だが、教授不足ではあった。


「魔術学校ができあがったら、お姉様が通いたいと言ってますのよ」

「それは、ぜひ通ってもらわなね」


 才能もあって、魔術師として学びたかったのに、女性として生まれたというだけで許されず、結婚させられたライラは、魔術学校で学ぶことが長年の夢だった。簡単な基礎魔術はジュドーが教えてくれているが、魔術学校で専門の教授に習うのとは全く違う。

 元領主の娘で、魔術学校を諦めさせられて結婚させられたが、今はリューシュと共にコウエン領を治めるライラが、新設された魔術学校に通うとなれば、コウエン領で遅れている女性の社会進出の先駆けとなるかもしれない。

 セイリュウ領もモウコ領も女性の領主で、アイゼン王国を治めるのも双子の女王なのに、コウエン領は古い因習が残っていて、まだ女性の地位が男性よりも低いという考えに凝り固まっている。カナエやナホに出会って、レオやラウリの姿を見て、リューシュも考えを変えたつもりだが、女性から恋愛的なことを仕掛けるのをためらうのは、まだそんな考えが抜けていないからかもしれない。

 お風呂に入って、髪を洗ってもらっている間も、湯船に浸かっている間も、リューシュはずっとタイミングを計っていた。そんなことは露知らず、ジュドーはいつものようにバスタオルでリューシュを包んで、「逆上せるよ」と脱衣所に連れて行ってしまう。

 リューシュが着替えをしている間に、ジュドーが手早く髪を洗って出て来ると、入れ違いにリューシュはリビングに出て、ジュドーが着替えて髪を乾かして出て来る。


「隙が、ありませんわ……」

「どうしたとね? セイリュウ領に行ったけん、疲れたっちゃない?」


 緩やかに波打つ長い黒髪に、良い香りのする保湿用のクリームを伸ばしながら、指を通して髪を乾かしてくれるジュドーは、普段通り過ぎて、リューシュはいつ、何をすれば色っぽい雰囲気になるのか分からない。


「自分で、できますのよ」

「俺が好きでやりよるっちゃけん、させてよ? 俺、リューシュちゃんの長い髪、好きっちゃん」


 セイリュウ領のレンの工房ではアクセサリーの魔術具を作っていたジュドーは、女性の美しさというものに、理解があり、敬意を表してくれている。長い髪は女性としての象徴のようで、父親からの呪縛が嫌で切ってしまおうと思ったこともあったが、ジュドーが美しいと言ってくれるならば受け入れられた。

 指で梳いて魔術で髪を乾かすジュドーのパジャマの袖を、リューシュは摘まんだ。髪を乾かすために長身を折り曲げ、屈みこんでいたジュドーの顔がすぐそばにある。

 こくりと喉を鳴らして唾を飲み込んで、リューシュは目を閉じて、ジュドーの唇にキスをした。


「リューシュちゃん?」

「わたくしのこと……」


 抱き締めて欲しいのか、抱いて欲しいのか。

 驚いて見開かれたジュドーの目を見ていると、リューシュは自分がしてしまったことに愕然とした。

 キスはずっとジュドーの方からしてもらっていて、リューシュからしたことはない。

 はしたないと、思われた。

 ジュドーが口を開くのが怖くて、震えながらリューシュは勢いよく立ち上がっていた。


「ごめんなさい!」

「リューシュちゃん!? どこ行くとね!?」

「許してくださいませ!」


 パジャマのまま、裸足で駆け出して行ったリューシュは、ジュドーを置いたまま、夜の屋敷の廊下を走っていた。

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