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1.新妻は恋する乙女

 優しい男はつまらない。

 同級生で大人びた子がそんなことを言っているのを聞いたことがある。

 リューシュにとって、周囲の男性は、ことごとく威圧的で、リューシュが女性だというだけで軽視した。作法を身に付けるのも、料理や家事を覚えるのも、夫となる男性に気に入られるため。教え込まれて育てられたリューシュにしてみれば、料理や物作りを好むレオは衝撃だったし、コウエン領で工房の師匠(マイスター)となってくれたジュドーは大人で紳士的で、声を荒げることすらない安心できる存在だった。

 結婚を決めたのは魔術学校の5年生で17歳のときで、魔術学校を卒業したら結婚して共にコウエン領を治めるのだと思っていた。

 長く荒れた政治が続いていたコウエン領は、領民が貧しく、貴族の中にはリューシュを領主と認めないものも多くいた。特に前の領主の代に私腹を肥やしていた貴族から税金を取り立てると、セイリュウ領領主のサナのアドバイスで決めてからは、露骨に「女性の領主などありえない」、「結婚してさっさと夫に領主の座を譲り渡すべきだ」と意見してくる貴族も少なくなかった。

 分かり合えない相手と相対するときに、守ってくれたのはジュドーの作ったドレスだった。胸元も清楚に詰まっていて、下半身はパンツに柔らかなドレープを作る布を巻いた姿は、コウエン領の女性として胸も腰回りも豊かなリューシュの体によく合った。それだけでなく、体に触ってこようとする相手を、布やアクセサリーに織り込まれた防衛の魔術が守ってくれて、「自分と結婚して領主の座を渡すように」などと世迷言を口にする貴族をリューシュは堂々と断ってきた。


「ジュドー様は領主になりたいと思われますの?」


 結婚前に問いかけて、リューシュははっきりと答えをもらった。


「なりたくないよ。俺は工房で働くのが好きやけん」


 このひとと幸せになりたい。

 魔術学校を卒業したら結婚してコウエン領に戻るつもりでいたのに、ジュドーはリューシュにその後の四年間の研究過程まで進むように勧めた。領主として領地を治めるためには、まだ若年のリューシュに勉強が足りないのは確かだったが、ショックでカナエとナホに相談すると、その日の授業が終わるとコウエン領まで飛んで行ってくれた。

 結局、魔術学校を卒業してから結婚をして、領主と学生と妻を全部頑張ると決めたリューシュに、ジュドーは応えてくれた。

 魔術学校を卒業した18歳の3月に、リューシュはジュドーの作ったドレスを着て、結婚式を挙げた。ヴェールが美しくドレープを描くようにして、手首に繋がるデザインのドレスは、ヴェールや装飾部分を外せば、お祝いごとのときなどに着られるようになっていて、その心遣いも嬉しかった。

 4月からは研究過程の講義も始まって、忙しくはなったが、コウエン領から毎日移転の魔術で通って、朝食はジュドーと一緒に、昼食は同じお弁当を、夕食は帰ってジュドーと一緒に食べている。驚いたことに、お弁当はリューシュが作るつもりでいたが、ジュドーは交代制を申し出た。


「リューシュちゃんも忙しいっちゃけん、交代にしよ。俺も働いとる、リューシュちゃんは学生さんしながら働いとる、本当はリューシュちゃんの方が大変やけん、俺が全部作るのがいいっちゃけど、そしたら、毎日カレーになるけんね」


 他の料理も作れるのだが、一番作り慣れていて、得意なのはカレーだというジュドー。学生時代は一人でセイリュウ領に渡って、お金もなく毎日カレーと薄焼きのとうもろこし粉のパンで過ごしていたというのだから、それも仕方ないことだろう。


「ジュドー様のカレー、好きですわよ」

「夫婦やけん、ジュドーって呼び捨てにして良いっちゃけどね」

「それは、ジュドー様は年上ですし、わたくしの大切な方ですから」


 地位のある男性は「様付け」にしろ、地位のある女性も「様付け」にしろ、下品な喋り方はするな。

 元領主の父親から、暴力を伴って教え込まれたのは確かだった。しかし、リューシュがジュドーを「様付け」にするのは、自分にとって一番大事な男性だからだった。


「ジュドー様は、わたくしが意に沿わないことをしても、手を上げたりなさいません」

「それは、そうやろ。俺は、姪っ子にも甥っ子にも、手をあげたことはないとよ」

「研究過程にわたくしが行きたくないと言ったときも、暴力ではなく、辛抱強く話を聞いて、共に解決策を探してくださいました」


 頭では領主として長く勤めていくには、知識が必要になると理解できていた。けれど、感情的には早くジュドーと結婚したくてたまらなかった。コウエン領領主という肩書きを狙って、リューシュに迫ってこようとする男性から逃れたかったし、ジュドーと確かな関係を築き上げたかった。

 切なる願いを汲んで、ジュドーは結婚式を挙げて、夫婦となったリューシュを研究過程に送り出してくれる決断をした。


「結婚したら、家庭に入らなければならないと思っておりましたの。父が領主のときに結婚させられそうになって、魔術学校を辞めるのがとても嫌でした」


 姉のライラは魔術の才能があったのに、女性だからと学ぶ機会も与えられずに結婚させられた。成績の良かったリューシュは王都の魔術学校に通わせてもらっていたが、それも父親の体面を保つためで、成績の悪い兄のリアムが領主を継げそうにないのを隠すための隠れ蓑でもあった。

 成績のいいリューシュを傀儡にして、リアムが実権を握るか、それとも、次期領主の審査にリアムをかけてリューシュをどこかに嫁にやるか、父が思案している期間が、リューシュにとっては猶予期間のようなものだった。

 快く研究過程まで送り出してもらえる今の環境に感謝しつつも、リューシュは若干の不満があった。ジュドーは間違いなく優しい。夫として最高のひとである。ただ、結婚式の初夜では優しく抱かれたが、それ以降が全くないというのもどうなのだろう。

 研究過程の期間は、妊娠しては領主の仕事も学生業も疎かになってしまうし、出産、子育てしながらの仕事は大変だと、サナからも聞いていた。

 年の差は14歳。

 子ども扱いされるのも仕方がないのだろうが、ジュドーは結婚してからリューシュを「ちゃん付け」で呼ぶようになり、身の回りのことを手伝ってくれたり、甘やかしてくれるようになった。

 お風呂で髪を洗ってくれたり、髪を乾かすのを手伝ってくれたりして、日々労ってくれる。夜中まで仕事が残っていたり、研究過程のレポートが終わらないで夜更かししたりするときには、少し摘めるものと温かな飲み物を差し入れてくれて、リューシュがベッドに入るまで起きて待っていてくれる。


「先に寝ていてくださってよろしいのに」

「俺も確認したい書類があったっちゃん。明日は研究過程の方は休みやろ? 朝寝坊して、寝室で朝ご飯にせんね」

「そんな……」


 初夜の翌朝には結婚式の準備から全て終わった安堵感とジュドーに初めて抱かれたことで、早く起きられなくて、朝ご飯をジュドーが運んできてくれて、リューシュは寝室で朝食を食べた。そんなはしたない真似をするなんて、いけないと思ったが、ジュドーは全く気にしていない様子だった。


「俺が学生時代は、ベッドと勉強机しかなくて、しかも、二人部屋の寮の部屋で、食べるところがなくて、ベッドで食べよったとよ」


 零したら大惨事だったと大らかに笑うジュドーは、ベッドに置ける小さなテーブルを手作りしてくれて、トレイのように縁のついたそれは多少食べこぼしがあっても平気な作りになっている。


「ジュドー様は、よく笑いますわね」

「おじさんくさい? 姪っ子に『おじさん、ニヤけてる』言われるっちゃんね」

「いいえ、安心しますわ」


 優しさに包まれているからこそ、リューシュはもっと抱きしめて欲しいとか、キスして欲しいとか、求められずにいる。

 求めてもジュドーはリューシュを軽蔑したりしないと信頼はしているが、やはりはしたない女だとは思われたくない気持ちが強い。

 一度知ってしまったからこそ、ジュドーに優しく触れて欲しい気持ちが募る。

 結婚しても、リューシュは恋をしているような気分だった。

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