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5.お茶会のお誘い

「レンコンのきんぴらと、卵焼きと、ミニハンバーグは俺が作ったんやで。それに、おにぎりも握らせてもろたし。カナエちゃんの好きなゆかりにしたで」


 昼食を食べるために、レオとラウリと待ち合わせしているテラスに行っても、カナエの胸はもやもやと霞がかかったように晴れなかった。お弁当箱を開けるレオが、満面の笑顔で今日のメニューを紹介しているのも、あまり聞こえない。


「どないしたの? どっか痛いのん?」


 お弁当の蓋も開けないカナエの顔を、レオが屈んで覗き込んでくる。端正な青年のような顔立ちなのに、黒い目は純真にカナエを映していた。


「嘘を吐かないで、本当のことを教えてください」

「俺はカナエちゃんに嘘つかへんよ」

「レオくんは、領主になりたいのですか?」


 次期領主は、レオがサナのお腹の中にいる間に、カナエと決めてしまった。魔術の才能でレオは父親に似て魔術具に魔法を込める才能はあるが、攻撃や防御の才能はないと生まれてから分かったが、それを検査する前から、次期領主になる可能性を消されていた。

 あれだけ努力して、いい成績を取っているリューシュは、領主になりたくないわけがない。それでも、なりたいと言えない何かがあるのだろうか。

 同じようにレオも本当は領主になりたいのかもしれないと、頭を過ってしまったのだ。


「なりたないよ」


 それに対するレオの返事は明快だった。


「なりたくないのですか?」

「お母ちゃんは、お父ちゃんが心置きなく魔術具作りに専念できるように、結婚してから薬草畑も増やしたし、工房も増築したんやって聞いてる。正直な話、領主になってしもたら、俺は魔術具製作に専念できへんから、なりたくないんや」


 カナエの義母で、レオの母で、セイリュウ領の領主のサナは、王都で女王と共に魔術具を作っていたレンを夫にするときに、レンが魔術具を作りやすいように領地内でも環境を整えて行った。サナの従弟でナホの義父のイサギとエドヴァルドは、領主の御屋敷の薬草畑を、完璧に管理している。


「私もお屋敷の薬草畑は、お父ちゃんたちが許してくれたら、そこで働きたいけど、領主になれって言われたらやだもんなぁ」

「適材適所ということですよ。僕も、ナホさんと結婚してセイリュウ領で薬草畑で働きたいと思っていますが、国王にはなりたいと思いません」


 レオと同じ年のラウリの兄、ユーリは魔術学校に通わずに、家庭教師と勉強をして、国政を学んでいるという。弟のラウリは初めから国を継ぐつもりがないし、ダリアの元に養子に行った子どもを含め三人の妹たちも、国王になるつもりは今のところない。

 もしものことがあってはならないのだが、万が一の場合には、ラウリは王位継承権を放棄して、ダリアのところに養子に行った妹に譲るつもりだと話してくれた。


「母たちが王位に就いたときも、『女性の王は国を傾ける』と歓迎されなかったくらいですから」

「そんなの時代錯誤やないか。ローズ女王はんは、子どもを産みながらもしっかり国を治めてはるし、ダリア女王はんは国政を正そうと努力し続けてきた」

「コウエン領では、それが普通ではないのでしょうか……」


 一時期は大陸のイレーヌ王国と民族を同じくするとして、繋がりがあったとされるコウエン領。褐色の肌に濃い色の髪や目の姿を、カナエはレンとレオがいるので見慣れているが、彼らは他の領地の民族よりも魔術の才能が低いとされていた。

 代わりに、彼らは身体能力が高いのだが、それも、貧しさで活かせずにいる。


「カナエちゃん、気になってたことはもう平気か?」

「はい、ありがとうございます、レオくん」

「ほな、お弁当食べよか」


 水筒からお茶を注いでくれるレオからコップを受け取って、お弁当を食べながら、カナエはリューシュの顔を思い出していた。茂みに蹲っていたが、カナエを見た瞬間に立ち上がった彼女の黒い瞳は、涙で潤んでいなかっただろうか。

 悪いことをしてしまったような気分に、カナエが昼食を食べてから授業が始まるまで、次の教室でナホに相談すると、ナホの答えは明快だった。


「友達になればいいんじゃない?」

「カナエとレオくんを婚約破棄させて、レオくんと結婚しようとしているのですよ? レオくんはまだ11歳だから、後7年は結婚できませんけど」

「それなら、敵を観察するつもりで、お茶に誘ってみるとか」

「お茶に……」


 貴族同士で正式に相手を招待するときには、形式ばって手紙を書く習慣がある。領主の嗜みとしてサナはカナエに教えてくれようとしていたが、カナエはあまり乗り気ではなかった。


「ナホちゃん、お手紙の書き方が分かりますか?」

「エドお父さんが教えてくれたから大丈夫だよ!」


 テンロウ領の領主の長男であるエドヴァルドは、ナホの義父で、今はセイリュウ領の領主の従弟と結婚して返上しているが、双子の女王に次ぐ王位継承権を持つ王族だった。手紙の書き方も、嗜みとしてしっかりと習っている。


「カナエは、甘えていたのですか? ナホちゃんはしっかりしているのです」

「エドお父さん曰く、なんだけど、『真面目過ぎて面白みがない』らしいんだよね」

「誰が、ですか?」

「エドお父さん。学生時代にそう言われて、周囲から遠巻きにされてたって。似てるんだと思う。でも、イサギお父ちゃんが、『ナホちゃんはエドさんそっくりで自慢や』って言ってくれるから、私は平気なんだ。カナエちゃんは、私になる必要はないんだよ」


 勉強ができて、真面目で、好奇心旺盛なナホ。同じようになる必要はないと言われて、カナエは小さく頷いた。

 授業の休み時間にお誘いの手紙を書いて、帰り際にリューシュを呼び止めて渡すと、訝しい顔をされる。


「わたくしを懐柔しようという魂胆ですわね?」

「レオくんの普通の姿も見て欲しいし、カナエは、あなたの……リューシュちゃんの話を聞きたいのです」

「何をされても、レオ様を諦めることは致しませんわよ」


 睨み合いになりそうになったところで、カナエとリューシュの間にナホが入る。


「お茶くらいいいんじゃないの? セイリュウ領の次期領主から招かれて、断るような教育しかされてないわけじゃないでしょ?」

「そ、それは……お茶会の作法くらい知ってましてよ。レオ様に会いに行くだけですからね」


 仲介役のナホのおかげで、お茶会は開かれることになりそうだった。

 テンロウ領主の王都の別邸に戻ると、レオとラウリにその話をする。


「リューシュちゃんを、お茶に呼んだのです」

「俺の誤解、解けるやろか」

「レオくん、お菓子を焼いたらいいですよ」


 ラウリの提案で、レオは厨房に入って、チョコとプレーンの生地が格子柄になったクッキーを焼いて、冷まして待っていた。赤いドレス姿のリューシュが来ると、リビングにカナエとナホが通して、その間にラウリとレオがお茶の準備をする。

 お茶のトレイを運んできたラウリとレオに、リューシュは信じられないものを見る目をしていた。


「男性に……しかも、ラウリ王子様とレオ様に、お茶の準備をさせるなど、なにを考えていらっしゃるの? ここには使用人はおりませんの? そうでなくても、あなたたち、女がやることではなくて?」

「レオくんはお弁当のおかずも作ってくれるし、お菓子作りも得意なのですよ」

「僕もお茶の淹れ方を覚えました。ポットを温めておくのと、蒸らし時間が大事なんですよ」


 驚愕して席から立ち上がり、レオからトレイを受け取ろうとするリューシュに、レオはきっぱりと断る。


「俺が作って、ラウリくんと一緒にお茶を淹れたんや。俺がサーブする」

「ミルクはどうしますか? お砂糖は?」

「と、殿方にそんなことをしてもらうなど、いけません」

「俺は、料理が好きやし、カナエちゃんが美味しいて食べてくれるのが嬉しいんや。リューシュさんも、クッキー食べてみて? 絶対美味しいて思うてくれる」


 混乱しているリューシュにラウリが紅茶をサーブして、レオがクッキーを勧める。恐る恐る手を出して食べたリューシュは、目を丸くしていた。


「美味しいですわ……セイリュウ領では、男性も料理をしますの?」

「男性とか女性とか拘ってはるけど、誰でもしたいひとがしたいことをするのが一番ええんとちゃう?」

「レオ様……惚れ直しましたわ」


 ぽぅっと頬を染めてレオの手を取ろうとするリューシュに、カナエは慌てて間に入って、レオの口にクッキーを詰め込む。カナエの口にもレオが「あーん」とクッキーを詰めてくれた。


「美味しいのです……リューシュちゃんは、レオくんの話をちゃんと聞いて欲しいのです」

「聞いておりますわ。落第されたことなど、気になさらなくても良いのですわよ。レオ様にはお優しい心と料理の腕があるのですから」

「全然聞いてへん!? 俺は、落第してへんし、ほんまに11歳なんや!」

「鬼才のサナ様の息子だからプレッシャーもあったことでしょう、わたくしには本当のことを仰っても良いのですよ」

「ちーがーうー! カナエちゃん、このひと、全然話聞かへん!」


 涙目になってカナエの後ろに隠れるレオは、はみ出していたが、カナエには可愛い存在で、リューシュには幻想しか見えていないことを、どう伝えればいいのか、カナエにはまだ分からなかった。

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