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17.オーロラの見せる錯覚

 一年以上かけて育てられた丸々と太ったスイカ猫は、レオによってサラと名付けられて、可愛がられている。問答無用で膝の上に乗ってきて、「撫でろ」と要求するサラは、カナエの膝に余るくらいで重いのだが、レオが可愛がってるからいるので、可愛いと思わずにいられない。

 先日、ようやく自分で蔦の尻尾を切ってレオの元にやってきてくれたサラは、レオによく懐いていた。

 スイカ猫や南瓜頭犬やマンドラゴラを飼うには、栄養剤を定期的に与えなければ枯れてしまう。もう土から栄養が摂れない土の外に出てきた彼らには、栄養剤以外に生命を維持していく糧がない。

 土で育っている時よりも一段階上の栄養剤を作らなければいけないので、カナエとレオはナホに習いながら、一ヶ月分を一度に作って、持ち歩いていた。ナホもいつでもラウリのマンドラゴラにあげられるように、持ち歩いているという。

 薬液と薬草を煮詰めて栄養剤を作っている間、ナホとカナエ、レオとラウリで話が弾む。


「どうして、男の子ってああなのでしょう。可愛いレオくんに卑猥な雑誌を見せようとしたのですよ」

「貴族社会だと、男性がリードするのが嗜みになってるからじゃないかな」

「お父さんは、娼館に行ったことはないと言っていたのですよ?」


 どうしても気になって、カナエがこっそりとレンに聞けば、若い時期にペトロナに迫られていたレンはそういうことを忌避していて、娼館には行ったことがないと答えてくれた。


「商売で望まずにそういうことをさせられとるひととなんて、しようと思わんかったとよ。レオくんのことも、連れて行くつもりはないけんね」


 そう答えたレオは貴族の出身ではない。国一番の魔術具製作者で、かつては女王ダリアの側仕えで共に姉のローズのために魔術具を作り、今はセイリュウ領の領主のサナと結婚して、工房の師匠(マイスター)となって、高い地位を得ているが、感覚的には非常に庶民だった。

 そういう場所にレオを連れて行かないという答えに安心したものの、オダリスについては、カナエは若干腹を立ててもいた。


「レオくんが他の女の裸を見たのですよ!」

「嫌がってたんじゃないの?」

「泣いて怖がっていたのです」

「それならいいんじゃない?」

「良くないのです! カナエが! レオくんの! 初めての女に! なりたかったのです!」


 つい声に力が入ってしまって、近くで作業していたレオが鍋を掻き回していたお玉を落とす音がして、カナエはハッとして口を閉じた。

 レオの方では、ラウリにヒソヒソと相談していた。


「キスの先、ラウリくんは知っとる?」

「僕は……両親がオープンなひとたちでしたので」


 幼い頃に二人の寝室を見てしまったことがあるというラウリは、恥ずかしそうに頬を染めていた。そういう経路でキスの先を知ることもあるらしい。


「レイナちゃんと年が近いからなぁ」


 レイナが生まれて夜泣きがひどくなってからは、レオは子ども部屋に移されて、両親の夜の寝室には入ったことがない。そこで何が行われるのか、夫婦とは具体的にどういうことをするのか、性教育がこの国では学校で教えられるものではなく、娼館やオダリスの雑誌のように立体映像で自分で知るものになってしまっている。


「教育をしなければいけないと、ダリア叔母様も仰っていたのですが、やはり、反対が強くて」


 はしたないとか、そういうことは公の場で教えるものではないとか、口に出してはいけないとか、古臭い頭の硬い貴族たちの反対にあって、ダリアは切れかけているのだという。


「生命の誕生に関わることですから、とても大事なことのはずなのに」

「そうやな。俺も、そう思って、お父ちゃんかお母ちゃんに相談するべきやった」


 成人しているとはいえ、オダリスはまだ18歳で経験もない。夫婦生活というものを知っている両親に聞けば、あの雑誌事件は起こらなかった。反省するレオに、ラウリは少し羨ましそうだった。


「レオくんには、そういう話もできる友達がいていいですね」

「そ、そうやろか?」

「僕は、王子だから、交友関係も限られていて、なんというか……言い方が悪いかもしれませんが、一緒に馬鹿なことをしてくれる相手がいないんですよ」


 生後すぐに死にかけたせいで、ローズとリュリュから大事に育てられて、全身鎧を着た大根マンドラゴラに守られているラウリの生活は、自由であるとは言いにくかった。実際に、オダリスもラウリには声をかけないが、レオには気軽に声をかけてくる。


「友達になろう!」


 オダリスとラウリを友達に。

 ことの発端は、そこからだった。

 それがなんでこうなったのか、レオにはよく分からない。

 オダリスとラウリを会わせて、話していると、闇市の話になったところまでは理解できる。


「闇市の検挙を母も考えているのですが、なかなかに難しくて、頭を抱えている事態です」

「呪いの術具を売るって言ったら、引っかかるっちゃろか」

「呪いの術具を持ってるんか!?」


 取り出したのは、オーロラのような不思議な色をしたガラス玉を嵌めたブローチだった。ペトロナから、デシレーが持たされていたのを、オダリスが取り上げたのだという。


「これを着けたら、話しかけた対象の好きな相手に見えるように錯覚する魔術がかかっとうとよ。これで、男を誘惑して家に連れて来いとか祖母は言っとったけん、危ないと思って、俺がデシレーから取り上げたと」


 呪いの魔術具がなければ、デシレーは祖母の言う通りにできない。優しい兄心を汲んで、デシレーは魔術具を失くしたと嘘を付いて、ペトロナに引っ叩かれたが、男を引き込む役目はさせられずに済んだ。

 こんな状況にあったからこそ、オダリスが性的に多少偏った価値観を持っていて、それでレオを心配したのは仕方がないのかもしれないとレオもこれ以上オダリスを責めるつもりはなかった。

 問題はその後である。


「本当にこれ、使えるっちゃろか?」

「使ったこと、ないんですか?」

「使うわけないやん。あんましレオくんの前でこういう話をすると怒られるかもしれんけど、これ、相手を騙して、既成事実を作って、無理やり言うことを聞かせるためのもんとよ?」


 既成事実。

 それがどういうものなのか分からないが、娼館で行われているようなことなのだろうと、レオにも予測は付いた。


「使えるか、試してみましょう」


 もし使えるのならば、それを売ると言って闇市に紛れ込めるかもしれない。

 ラウリの言うことに頷いたレオは、自分が巻き込まれるなど全く思っていなかったのだ。

 ブローチをつけたオダリスが、カナエに声をかけるところを見ていないといけない。レオが出て行って声をかけて仕舞えば、ブローチの効果を検証することができない。


「カナエちゃん……気付いて……いや、気付いたら、俺のことが好きやないってことになる!? 俺は、どうすれば良いんや!?」


 物陰に隠れてオダリスとラウリを見守るレオの足元で、サナエとサラが心配そうに見上げてくる。半泣きの顔でレオは丸々太ったサラを抱き上げた。


「カナエちゃん、お弁当一緒に食べへん?」

「嫌です、カナエはレオくんと食べるのです。誰ですか? そっくりさん? 発音が全然違うのですよ?」


 姿は錯覚で変えられても、レオはセイリュウ領の訛りで、オダリスはコウエン領の訛りで普段喋っている。どれだけ真似したつもりでも、発音が全く違ったようだった。

 安心してレオが駆け寄ると、眉間にしわを寄せてレオに見えているはずのオダリスを見上げていたカナエは、パッと笑顔になる。


「レオくん! このひとは、誰なのです?」

「オダリスくんなんや。あんな、実は……」

「ごめんなさい、僕がやってみたかったんです……い、悪戯とか、してみたことがなくて」


 深々と頭を下げてラウリがカナエに謝る。オダリスとレオをダシにして、ラウリは羽目を外してみたかったと白状した。


「一瞬で見破られるとは思わなかったとよ」

「声もちょっと違ったのです。ナホちゃんも、気付くと思いますけど」

「ナホちゃんは、観察力があるから、騙せないと思ってました」


 それに自分の婚約者なので騙したくなかったと白状したラウリに、レオが頬を膨らましてむくれる。


「俺にも謝ってや!」

「ごめんなさい、レオくん」

「もう、ええけど。カナエちゃんはすぐに気付いてくれたし」


 外見はそっくりだったと答えるカナエに、オダリスはブローチを外して手の上に乗せて考えていた。


「祖母が迷惑をかけたけん、俺はその償いができるやろうか」

「オダリスくんも、被害者なのですよ?」

「役に立ちたい。カナエちゃんに良いとこ、見せたいとよ」


 今日のお詫びや、卑猥な雑誌のお詫びもしたい。

 そう申し出てくれたオダリスの手の上のブローチを、ラウリとレオとカナエが覗き込む。

 ペトロナの孫として、呪いの魔術具製作を引き継いだオダリスが繋ぎを取れば、闇市の管理者は接触してくるかもしれない。

 闇市自体が規模が大きく、呪いの魔術具や栽培の許されていない薬草から人身売買まで、広く違法なものを取り扱っているために、危険が伴う。

 大人の助けが必要だと、誰もが感じていた。

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