16.知らないキスの先
ペトロナの屋敷をカナエとサナが瓦礫に変えてしまってから、レオはオダリスと話す機会が多くなった。同年代の男の子は一つ年下のラウリと仲良しで魔術学校一年生のときから同級生として過ごしているが、他に同級生はいても、仲の良い男子生徒はいなかった。年はカナエと同じで四つ離れているが、華奢で小柄で少女のようなラウリと違って、オダリスは発育の良すぎるレオよりも少し小柄なくらいで、同年代の男の子同士に見える。
見た目に騙されて、レオが王都の魔術学校に入り立ての11歳で、本当は16歳なのに落第して一年生になったので、11歳と嘘を吐いているのだと噂が流れたことがある。今ではそういう噂はないが、カナエがペトロナの屋敷を瓦礫に変えたのは知られているので、レオに親し気に近付いてくるものはほとんどいなかった。
自分の作業に集中するのが好きで、周囲をあまり気にしていないレオなので、友達が多くないことは困らなかったが、オダリスが親しく話しかけてくれるのは、年上の男友達に認められたようで、少しばかり嬉しかった。
「レオくんにも助けてもらったし、カナエちゃんのこと、抜け駆けするつもりも、邪魔するつもりもないけん。ただ、好きなだけ。諦めがつくまで想うだけは自由やないとね」
「オダリスくんは優しいから、憎めへんわ」
同級生とデシレーが仲良くやっているか見に来るついでに、話しかけてくれるオダリスとは、進路が同じだけに話も合う。魔術具作成者を目指しているオダリスは、レンのことをとても尊敬していた。
「レン様の工房で魔術具作らせてもらいよるっちゃろ? 羨ましか!」
「工房の手伝いのついでに、時間があったら少しだけやらせてもらってるだけや」
「魔術具に触れられる生活って、どんな感じ?」
「無茶せぇへんように、カナエちゃんに魔術具を作るんや。俺の魔術具が壊れるのがもったいないて、カナエちゃんは大事にしてくれる」
壊れてしまったブレスレット兼指輪も、髪ゴムも、カナエはとても惜しんで、その残りを取っていてくれる。新しいものを作って渡しても、残骸を大事に布に包んで、カナエが宝箱に入れているのをレオは知っていた。
魔術具は呪いではない。ひとを守るための愛情でできている。
小さな頃から教え込まれて来たレオにとっては、壊れてもカナエを守れた魔術具は、誇りでもある。
「本当に、敵わんね」
「俺は産まれたときから、カナエちゃんと結婚することが決まってたんや」
生まれたばかりのレオを見て、カナエは「レンと結婚しようと思っていたけれど、レオと結婚することにする」と宣言したのだという。その言葉通りに、カナエとレオは婚約している。
「その……カナエちゃんとレオくんて、どこまでいってると?」
「どこまで? 動物園にこの前行ったんやで」
「そうじゃなくて……その、アッチの方」
「どっちや? セイリュウ領に帰ってることか?」
全然通じないレオの年齢がまだ14歳になったばかりだということを忘れて、オダリスも目の前の長身で身体も厚みのある大人のような姿を見て、錯覚してしまっていた。性的な知識はほぼ皆無に近い14歳は、きょとんと黒い目を丸くしている。
「エッチなことっちゃけど」
「えっ!? ふぁ!? そ、そんな、ま、まだ早いやん? 結婚してからしか、あかんて、お父ちゃんもお母ちゃんも言うてるし」
直接話法で来たオダリスに、耳まで真っ赤になったレオは、小さな声で聞き返す。
「オダリスくんは、その……」
「仲の良い女の子と、キスくらいまでは……でも、その先は……」
「先!? キスの先があるんか!?」
「そこから!?」
抱き締め合って、キスをして。
そのあたりまでは、14歳でそういうことよりも魔術具作りや料理に興味のあるレオでも、朧気に想像がつく。しかし、キスに先があるとは、初耳だった。
挙動不審になっているレオに、オダリスがいけないことを言ってしまったかと慌てる。
「年頃になったら、レオくんは領主の息子やけん……あぁ、そうか、レン様はレオくんを娼館になんて連れて行かんやろうねぇ」
「しょ、娼館!?」
年頃になれば男性は実践でそういうことを学ぶのだと聞いていても、レオはカナエ以外の相手とそういうことをするのは不実だと感じていた。当然、父親のレンもそんなことをさせるはずがない。
「失敗したらめっちゃ恥ずかしいって言うし、最悪離婚されることもあるって聞いたことが……」
「り、離婚!? どないしよ。俺、カナエちゃんに呆れられたくない。でも、カナエちゃん以外のひととキスとかしたらあかんやろ?」
「キス以上を知らないっていうとも、問題やね」
深刻な表情で、オダリスはその休み時間は研究過程の校舎に戻って行ったが、帰り際に紙袋に入った本のようなものをレオに渡してくれた。
「友達から借りてきた。一人のときにしか開けたらいかんよ? 注意書きを入れとるけん、よく読むとよ?」
「う、うん?」
訳の分からないまま受け取ってカバンに入れると、一緒に帰るために待っていてくれるカナエが不思議そうな顔をしている。
「最近、オダリスくんと仲が良いのですか?」
「そうなんや。デシレーちゃんのことが心配で教室まで見に来るついでに、話をするんや」
呪いのネックレスで祖母に支配されていた兄妹は、絆が強い。同級生の女の子と仲良くしたいデシレーが、祖母の件でいじめられていたりしないか、仲間外れにされていないか、オダリスなりに心配だったようなのだ。
「デシレーちゃんは大丈夫なのですか?」
「女の子と仲良くしとるで。好きな子を作るよりも、同年代の女の子と遊びたかったて言うてた」
「そうですか、良かったのです。それで、オダリスくんから、なにを渡されたのですか?」
「よう分からへん」
一人のときしか開けてはいけないという約束を守って、レオは部屋にそれを置いて、リビングでラウリと宿題をして、夕食を食べ、お風呂に入って、寝る準備をした。
去年まではラウリと同じ部屋だったが、テンロウ領の王都の別邸は部屋が余っているので、今年からは別々の部屋になった。足元に南瓜頭犬のサナエとスイカ猫のサラがすり寄って来るのに、レオはベッドに腰かけて、神妙な顔つきで紙袋の中身を取り出した。
女性の半裸が描かれている雑誌と、オダリスのメモ書きが入っている。
「魔術で立体映像が出るから、それを見ろて……」
雑誌のしおりを挟んであるページを開いた瞬間、裸の女性の立体映像が魔術で等身大で浮かび上がって、レオはベッドの上にひっくり返ってしまった。蹴られた南瓜頭犬とスイカ猫が「びゃうん!」「びにゃん!」と抗議の鳴き声を上げる。
艶めかしく腰をくねらせながら、身体を晒していく立体映像から顔を反らして、レオは悲鳴を上げていた。
「ぎゃー!? あかーん!?」
こんなものを見て良いはずがない。
叫び声にカナエが何事かと駆け付けて来る。
「どうしたのですか!? レオくん、無事ですか!?」
「ふぇぇ、カナエちゃん、お、オダリスくんの貸してくれた雑誌がぁ!」
「オダリス……おのれー! オダリスくん、レオくんになんてものを!」
雑誌から出てきてベッドの上で裸で身体をくねらせて、隅々まで見せようとする褐色の肌のグラマラスな女性。それを倒すべく、カナエは雑誌を閉じて、ぎちりと指が食い込んで破れかねない握力で、それを握り締めた。
「なんで、こんなものを?」
「俺が、キスより先って言われても、全然分からへんかったから、オダリスくんは、結婚しても男がそういうことを知らへんで、失敗したり、恥ずかしい思いをさせたら、カナエちゃんに離婚されてまうて……俺、嫌や、離婚されたくない。でも、全然知らんひとの裸とか、見たくないぃー!」
泣き出してしまうレオを、雑誌を投げ捨てて踏みにじりながら、カナエがしっかりと抱き締める。
「悔しいのです。レオくんが見る女性の裸は、カナエが初めてのはずだったのに!」
「カナエちゃん……?」
「上手とか、下手とか、失敗するとか、どうでもいいのです。むしろ、上手だったらカナエは誰と練習したのか、嫉妬に狂ってしまうのです。どうであろうと、レオくんの初めては、全部カナエのものなのです!」
涙ぐんでひっくひっくとしゃくり上げるレオの胸倉を引っ張って、カナエはレオの唇にキスをした。ほろりと涙が零れて、レオの目が真ん丸になる。
「キス、初めてですね?」
「は、初めてや」
額にキスをされたことはあったけれど、唇でキスをしたことは、レオはまだない。涙も引っ込むような驚きに包まれつつ答えると、カナエがにっこりと微笑んだ。
「カナエは嫉妬深いのです」
「俺、なんも分からへんでもええの?」
「なんとなくは分かる日が来るし、相手はカナエなのですよ?」
カナエ以外でそういう学習もして欲しくないと言われて、レオは心底ほっとしていた。
「知らへん女のひとの裸とか、怖いし、気持ち悪いし、嫌やってん。俺、お母ちゃんの胸しか記憶にあるのは見たことあらへんけど、女のひとの胸って、あんなにばいんばいんって……」
「その記憶は消去するのです」
母親のサナも胸は大きい方ではないが、カナエも細身なので大きくはない。豊満な体つきの褐色の肌の女性は、オダリスのチョイスなのだろうが、見せる相手を完全に間違えたとしか言いようがない。
「オダリスくんには、カナエがよぉく言っておくのです」
みしみしと音を立てて分解しそうな雑誌を握り締めて、カナエはおやすみなさいを言ってレオの部屋から出て行った。もうベッドに怖いものはいないと確認して、レオはスイカ猫のサラと南瓜頭犬のサナエを抱っこして布団を被った。
「カナエちゃんやったら、安心や」
後日、オダリスはセイリュウ領を訪ねて、サナとカナエの前で、土下座して謝ることになるのだった。
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