15.ナホとラウリの植物園
双子の女王の姉、ローズの第二子、ラウリは王子だったが、生まれてすぐに呪いの魔術具で病になって死にかけ、それをナホの父親で、薬草学者のイサギとテンロウ領領主の長男で聡明なエドヴァルドに助けられている。まだ学生だったイサギの功績を高く評価したローズは、一年後のイサギとエドヴァルドの結婚式で、幼いナホとラウリの婚約を決めた。
大人になってお互いが嫌でなければという約束だったが、16歳と12歳になったナホとラウリは、とても仲が良く、女王の認めた婚約なので誰も異存は口に出せずに、邪魔するものもおらず、睦まじくしていた。王都の魔術学校に入学することにしたのも、セイリュウ領を離れてナホがラウリと一緒に過ごせるようにだった。それ以外にも、ナホの学校での成績は非常に良くて、セイリュウ領の魔術学校は卒業しても良いくらいだったので、もっと高度な勉強をしたいとナホが望んでいると知れば、父親のイサギとエドヴァルドも反対しなかった。
毎朝、テンロウ領の王都の別邸の庭に作った畑を見て回るのが、ラウリとナホの日課である。朝ご飯やお弁当の準備をレオがしている間に、ラウリとナホは魔術学校に行く前に畑の世話をしていくのだ。
「今日はいいお天気になりそうですね」
「しっかり水やりをしておかないといけないね」
日が出てからでは撒いた水が蒸発して、逆に土が乾いてしまうことが多いので、畑仕事は朝が早い。それにときどきカナエが加わるようになったのは、1年と少し前からだった。春先に植えたスイカ猫の成長を見て、栄養剤を与えているのだ。
「イサギさんは、これを半年もかけずに育てるのですか?」
「お父さんは特殊だからね。本当に長く飼えるスイカ猫にしたいなら、自分で尻尾の蔦を切って、歩き回るくらいまで育てた方が良いんだよ」
「それにしても、大きくなりましたね」
毎日水やりはラウリとナホが請け負っているが、数日に一度、レオとカナエが一生懸命作った栄養剤を与えられているスイカ猫は、標準の売りに出されているスイカ猫よりも二回りくらい大きくなっていた。
売って食用や薬用にするものが主だが、飼うのならばある程度の大きさにしておかないと、尻尾の蔦を切ってしまった後は、栄養剤や水を飲んで生き永らえさせることはできるが、スイカ猫の実が成長することはない。充分な大きさになって、自由に動き出すまでは待っておいた方が良いと、父親のイサギからアドバイスされていたが、ラウリの言う通り、スイカ猫は見事なデブ猫になりつつあった。
「そろそろ収穫した方が良いかもしれないかな」
「蔦を自分で切っていないのですよ?」
幼い頃にイサギの畑から未成熟のスイカ猫の尻尾を切って盗み出し、飼おうとしたレオは、そのことをものすごく後悔している。未成熟のまま尻尾を切られたスイカ猫は、栄養剤を与えても生き永らえることはできないので、食用に売りに出されてしまった。新しいスイカ猫をイサギに育てて飼えるように持って来させようとしたサナに、レオは泣きながら断ったという。
「盗んでしまったのはいけないことですが、レオくんは大事なことを学びましたね」
「レオくんには、万全の態勢のスイカ猫ちゃんを上げたいのです」
栄養剤を美味しそうに舐めているスイカ猫は、丸々と太って、動きも遅そうである。太らせ過ぎではないかということを、レオの話があるだけに、ナホも突っ込むことができなかった。
朝食を食べ終わると、ラウリとナホはレオの作ってくれたお弁当を受け取って、植物園に行くことになっていた。レオとカナエが動物園でデートした日には、植物園は隣り合っているので、顔を合わせることがないように遠慮したのだ。デートの後ではセイリュウ領に帰って、二人は楽しそうに週末を過ごして帰って来た。その間、ナホはローズの元に生まれた、末っ子のミルカに会いに行っていた。
ユーリ、ラウリ、マーガレット、ジャスミン、ヴァイオレットと男二人、女三人のローズの子どものうち、マーガレットは妹のダリア夫婦の元に養子に出されている。王宮で一緒に育っているので、いとこ同士でも兄弟でもあまり関係ないが、三人目の男の子の出産に国は大いに盛り上がった。
生まれてくるのは男の子でも女の子でもローズとリュリュの夫婦は構わなかったのだが、やはり、王子が二人、王女が三人ならば、もう一人王子がいた方が釣り合いが取れると周囲は思うものらしい。よちよちと歩くようになったミルカは、父親のリュリュによく似たくりくりの黒いお目目でナホを見上げてにぱぁと笑って、小さなお手手で抱っこを求めて来る。
一人っ子のナホには弟ができたようで可愛くてたまらなくて、ときどき週末にセイリュウ領に帰らずに王宮で過ごすので、イサギとエドヴァルドは寂しがっていた。
「植物園から帰ったら、今週はセイリュウ領に帰るつもりだけど、ラウリくんはどうする?」
「僕もお邪魔してもいいでしょうか?」
「お父さんたちも喜ぶよ」
植物園から直にセイリュウ領に帰ることを告げて出て来ると、周囲の視線が集まっているような気がする。細身で背の高いナホは、小柄で華奢な少女のようなラウリと並ぶと、凛々しい少女とお淑やかな美少女が並んでいるように見える。
「お嬢ちゃんたち、どこに行くんだい?」
「俺たちも一緒に行って良いかなぁ?」
「お断りだね!」
「びぎゃ!」
声をかけて来る男が腕を掴もうとするのを跳ねのければ、素早くラウリの全身鎧を着た大根マンドラゴラが、剣を抜いて男たちに切りかかった。大根マンドラゴラ用の小さな剣だが、魔術がかかっているので、切れ味はよく、男のベルトとズボンの留め具が外れて、脚にズボンが落ちて絡まる。男が転んでいる間に、ラウリの手を引いて、ナホは植物園への道を急いだ。
植物園は色んな種類の花の庭があり、畑ではマンドラゴラ、池の中では魚草、温室では様々な南国の植物が育っている。
一通り見終わって、ラウリとナホが気になったのは、マンドラゴラの畑だった。そよそよと初夏の風の中、マンドラゴラの葉っぱが揺れて、肝心の実は土の中にある。
「動かないね」
「僕の大根さんとも、兄さんの蕪さんとも、母さんの人参さんとも違います」
「元気がないなぁ」
優秀な薬草学者に育てられているナホは、ネットを張っておかなければ逃げ出すくらい元気なマンドラゴラしか見たことがないし、それを目指して自分も育てていて、そうならなければ元気がない丈夫なマンドラゴラを育てられなかったと落ち込むくらいなのだ。
「係員さんはこれだけの広大な植物園を管理するのにお忙しいのでしょう」
「マンドラゴラまで手が回っていないってことか。可哀そうに」
まさかそのマンドラゴラが普通で、脱走するマンドラゴラなどあり得ないことを、ナホもラウリも知らなかった。
「びゃびゃ……」
ラウリの大根マンドラゴラも、「萎れて可哀想に」といった風情で畑を見つめている。
ほんの少しならば構わないと、ナホはマンドラゴラに持っていたラウリの大根マンドラゴラ用の栄養剤を垂らして行った。もぞもぞと葉っぱの下が動き出して、ナホは満足して植物園を堪能して帰った。
帰ってから、ナホはイサギとエドヴァルドに呼び出されることになる。
「ナホちゃん、植物園に行ったんやて?」
「マンドラゴラに、何か、していませんよね?」
父親たちに問いかけられて、ナホは素直にマンドラゴラに栄養剤を垂らして行ったことを答えた。
「萎れてて可哀想だったし、一滴ずつならいいかと思って」
「あかん……植物園から、相談が来てな」
国一番の薬草学者のイサギに、植物園は植物で特に薬草について問題が起きると魔術の通信で相談をしてきた。知識と学問は分かち合うことだとエドヴァルドも言っているので、イサギは快くそれに答えている。
今日入った相談は、畑のマンドラゴラが大脱走を始めたということだった。捕まえるのに職員総出で、今までこんなことはなかったのに何が悪かったのかと相談されて、とりあえずネットをかけることを伝えて、イサギが思い浮かんだのが、娘のことだったのだ。
「植物園には植物園のやり方があるのですよ、ナホさん」
「はい、ごめんなさい」
「僕も止めませんでした、ごめんなさい」
「びゃびゃびょええええ」
ナホとラウリと大根マンドラゴラは、イサギとエドヴァルドに謝って、植物園の職員にお詫びの手紙と栄養剤を送ったのだった。
休日をセイリュウ領で過ごして魔術学校のために王都に戻ってくると、ソファに座るカナエの膝の上に非常に丸々と肥えたスイカ猫が寛いでいた。
「やっと、自分で尻尾を切ったんや。俺の猫ちゃん、一年以上大事に育てて良かったわ」
「レオくんが嬉しそうで良かったのですが、とてもとてもとても重いのです」
膝の上からはみ出す大きさのスイカ猫に、もう少し早く収穫するようにアドバイスすれば良かったかと、ナホは少しだけ後悔するのだった。
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