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14.本物のペンギン

 クッキーは冷えた方がサクサクと歯応えが良くなる。焼き立てのほろほろと崩れるような歯応えとバターの香りもたまらないが、ぐっと我慢して、レオは夕食後までクッキーを冷ましておいた。

 夕飯の後で、デザートに食べるクッキーと動物園の話に、ラウリとナホも興味津々だった。


「アヒルさんの形ですね。こんなクッキー型もあるんですね」

「かわええやろ? カナエちゃんが俺に買ってくれたんや」

「動物園って、以前魔物の研究もしてたところだろう?」


 コウエン領の魔物がどこから入手されたものか。

 出どころを調べていくと、動物園で研究されていた魔物の卵を横領した事件が起こっていたことが分かった。横領した飼育員は厳罰に処せられたが、肝心な卵の行き先が分からない。

 闇市に流れたそれを、呪いの魔術具を売りに来ていたペトロナが手に入れて、コウエン領の元領主に渡したことが、今回のペトロナ捕縛の件で発覚していた。闇で取り引きされているものは、呪いの魔術具だけでなく、魔物の卵や栽培を禁止されている薬草から魔術の才能のある子どもにまで渡るという。


「闇市を取り締まることはできないのですか?」

「ペトロナから開催される場所の情報などを聞き出しているようですが、警戒して毎回参加者のみに、開催される場所が明かされるようで」


 取り締まることは難しいと、ラウリの母親のローズ女王も、叔母のダリア女王もこの案件には頭を抱えているのだという。

 今は瓦礫となったペトロナの屋敷に頻繁に出入りしていた魔術師たちにも、捜査の手は回っていた。


「カナエちゃんは、出来ることはやったんだから、動物園は楽しんでおいでよ」

「ナホちゃん、僕たちは植物園に行きませんか?」


 これ以上は大人の手に任せろというナホの判断は賢明なのだろうが、カナエの心にはスッキリしない気持ちが残っていた。サクサクと食べるクッキーは話しているうちに最後の二個になっていた。


「ペンギンさんの親子や」

「レオくんとカナエかもしれませんよ」


 大きい方のペンギンのクッキーをカナエにくれるレオに、カナエが小さい方を渡すと、二つ並べてみる。背が高くて体型もがっしりしているレオと、小柄で細身のカナエは、大小のペンギンのようで、二人で顔を見合わせて笑った。


「カナエちゃんと思うたら食べられへんやん」

「え!? カナエ、もう、齧ってしまったのです!」

「俺、カナエちゃんに食べられてしもた!」


 クッキーはクッキーなのだからと頭から齧ったカナエと、惜しそうにちびちび齧るレオ。二人の様子をナホとラウリが見守っていた。

 週末の休みには、セイリュウ領に晩ご飯に帰ると伝えて、お弁当を持って動物園に行くことになった。朝から早起きをしてお弁当を作るレオを、カナエも手伝う。丸いおにぎりには、海苔を切り抜いてペンギンの模様が貼り付けてあって、エビフライもマッシュポテトを巻いて丸く形作られて、丸いハンバーグとプチトマトと、全体的に丸々としたおにぎりとおかずを、カナエがお弁当箱に詰めていく。

 よく食べるレオのお弁当箱は大きく、カナエのお弁当箱は小さい。

 荒熱をとってお弁当箱に蓋をして、ナプキンで包んで、鞄に入れて、魔術で保冷された水筒も持っていく。


「俺が荷物持つから、カナエちゃんは手ぶらでええで」

「良いのですか? カナエ、力持ちですよ?」


 魔術で筋力を上げればレオくらい持ち上げられるし、そうでなくとも、カナエは体を鍛えていて小柄だがしっかりと体は引き締まっている。


「好きな子の荷物持つとか、か、カッコ良くて、憧れるやん?」


 大きな体でモジモジと言うレオはかっこいいと言うよりも可愛かったが、カナエはありがたくレオに荷物を任せて、自分はお財布と最小限の小物だけ入るショルダーバッグで動物園に出かけた。

 出かける前に鏡を見て、色付きのリップを塗っていると、レオが目を丸くする。


「カナエちゃん、お化粧してたんか!?」

「ちょっとだけなのです」


 大人のようにしっかりはお化粧しないが、色付きのリップくらいは付ける。赤い色が濃くなった唇を、レオがチラチラ見ているのが、心地よかった。好意を持って、意識されて見られるのは嬉しい。

 動物園で最初に見たのは、魔術で管理された涼しい部屋にいるペンギンたちだった。最初に想像していたのは、黒と白のペンギンの群れだが、部屋を分けて、大きさの違うペンギンが何種類かいるのだという。


「手の平に乗るような小さいのがおる!」

「これで大人らしいのです」

「あっちは大きいのが整列しとる」

「首にオレンジの模様があるのです」


 大小のペンギンを見て、もしかするとあのクッキー型はペンギンの種類が違うのかもしれないなどという話題で盛り上がる。ペンギンを堪能した後は、猫科の大型獣の檻や鳥類の放されている大きな鳥籠のような展示室、爬虫類館など、見て回った。

 最後に回したのは、魔物の研究施設だった。

 厳重に結界が張ってあって、バジリスクやコカトリス、小型のワイバーンやドラゴン、グリフォンやハーピーの籠もあった。


「どの領地も、結界を張って、領地に魔物が入らへんようにしてるけど、道中では出ることがあるって聞いたことがある」

「ナホちゃんの実のご両親は、王都からセイリュウ領に逃げてくるときに魔物に襲われたと聞いたのです」


 魔術で移転できる魔術師は良いが、そうでないものは馬車や列車を使って移動するしかない。保護の魔術のかけられている列車はともかくとして、個人的に走らせる馬車は、魔術がかかっておらず、魔物がそれを狙うこともしばしばだった。特に、双子の女王が即位する前は、国は荒れていた。

 カナエにとっては幼くて両親に閉じ込められていた時期で、レオにとっては生まれる前の出来事だが、サナやレンにとっては実際に経験した遠い過去の話ではないのだ。ナホにとっても、王都が荒れて逃げ出そうとして実の両親を亡くした時期である。


「魔物から領民を守るのも、領主の役目です」

「カナエちゃんやったら、頼りになるな」


 攻撃の魔術と防御の魔術を、魔術学校で全員の魔術師が習うのは、結界の張られた安全地帯を出れば魔物の脅威があるからに違いなかった。苦手で落第ギリギリでクリアしたレオと違って、カナエには攻撃と防御の魔術の才能は充分にあった。

 それでも、コウエン領で初めて魔物と対峙したときには、バジリスクの石化を浴びてしまって、動けなくなって遅れをとった。


「魔物のことも勉強したいのです。レオくん、またここに来ませんか?」

「俺も、魔物からひとを守る魔術具を作れたらええと思うてたんや。馬車にお守りを付けたら、魔物除けになるとか、どないやろ?」

「凄く良いと思います」


 飼育されている魔物の生態の説明を読んで、能力を学ぶのはとても勉強になった。

 お昼はペンギンの泳ぐプールの見えるガラス窓の前のベンチで食べることにした。丸いものばかり入ったお弁当箱を開けて、二人で並んで食べる。お茶を注いで渡してくれるレオは紳士的で、カナエは受け取るときに指先が触れて、さっきまで手を繋いでいたのに、それと違う胸の高鳴りを覚える。


「レオくんは、どんどんカッコ良くなっていくのです」

「そうやったら、嬉しいけど。カナエちゃんもお化粧してて、めっちゃ可愛くて、俺は置いていかれてへんか、心配や」

「カナエはレオくんのお姉さんだから、追い付かれたくないのです」


 ずっとレオの前を歩いて行きたい。

 手を繋いで、レオを引っ張って行きたい。

 結婚しても、レオを導けるような領主になりたい。


「お母ちゃん、御隠居さんになりたいんや」


 楽しい動物園の後、セイリュウ領に戻ると、サナから衝撃の発言が出た。


「15歳でうちの領主人生は始まってしもたやろ? うちは、魔術学校も飛び級して大急ぎで終わらせて、ギリギリ前の領主が亡くなるのに間に合わせて、バタバタで領主にさせられた。それが嫌やったわけやないけど、うちの人生、早よ始まりすぎた気がすんねん」


 カナエが研究過程を終えたら、カナエに領主の仕事を教えながら、隠居の準備を始めたい。それがサナの願いだった。


「隠居したら、レンさんと旅行に行くんや。大陸にも行ってみたい」

「大陸の美術は見事やって言うけんねぇ。建物も、装飾品も、見に行ってみたいとよ」

蜜月(ハネムーン)やな、レンさん」

「そんな、子どもたちの前で恥ずかしい」


 いちゃいちゃする両親に、レオは目を輝かせていた。


「お父ちゃん、お母ちゃん、大陸に行くなら、お土産は布と糸にしてな」

「刺繍が盛んやさかい、綺麗て言うもんなぁ」


 喜んでいるレオとレイナを前に、カナエが悪い顔で微笑む。


「研究過程を卒業したら、レオくんと結婚式を挙げて、カナエの天下なのですね?」

「うちのお嬢さん、なんや、悪どい顔してはる!?」

「おばさん、レオくんのことは幸せにするのです。あ、お父さんは帰ってきてくださいね」

「うちも帰ってくるし! ていうか、お母ちゃんて呼んでー!?」


 研究過程はまだ始まったばかりだが、残り4年近く、それが終われば、カナエは領主の仕事を正式に教えられる。卒業する3月にはまだレオは17歳だが、5月には18歳になって結婚もできる。

 座学よりも実践が得意なカナエにとっては、実際に領主の仕事をしてみることが、一番身に付きそうだったので、サナの発言は楽しみでもあった。


「ちゃんと教育しますえ? 直ぐには譲らへんからな」

「はーい、よろしくお願いします、お義母様」

「やっぱり、姑なんか!?」

「お母ちゃん、いい加減諦め?」


 悲鳴を上げるサナに、レイナが呆れ顔で突っ込んでいた。

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