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13.制御できない気持ち

 ペトロナが捕えられて解放されたデシレーとオダリスは母親も見つかって、寮に入って、魔術学校にも通えている。


「魔術具はひとを守るためにあるって、カナエちゃんとレオくんを見て分かったっちゃん。俺も、ひとを守る魔術具を作りたい」


 元々ゼミは魔術具作りを選んでいたが、ペトロナの意向で呪いの魔術具の勉強を密かにさせられて、学習意欲が完全に失せていたオダリスも、やる気を取り戻したようだ。兄妹の母親も、コウエン領の織物工場で魔術を込めた織物を作っている技術者なので、デシレーもその方面に進む気でいるようだ。

 オダリスとデシレーの兄妹を操って、レオとカナエの仲を裂こうとしたペトロナをぶっ飛ばして、屋敷も瓦礫の山に変えてしまった件に関しては、サナも関わっているのだが、カナエの名前がしっかりと知れ渡ってしまった。おかげでレオは周囲の少女たちから遠巻きにされて、手を出すと怖い『魔王の娘』がやって来るのだと噂されていて、カナエは自分のしたことが誇らしくすらあった。

 これでもう誰も邪魔できない。

 ようやく周囲が落ち着いて、カナエを悩ませている問題は、一つだけになった。


「本当は、レオくんのお誕生日お祝いなんて、全然選べていないのです……」


 誕生日近くに婚約解消を発表して、オダリスとデシレー、その裏側のペトロナまで罠にかけようと必死に考えたカナエ。実のところ、カナエはナホのように頭が良く要領のいいタイプではない。一つのことに一生懸命になってしまうと、周囲が見えなくなってしまうこともしばしばだった。

 ペトロナ問題を解決することだけ考えていて、誕生日お祝いは贈ったと周囲に言いふらしていたが、選ぶ余裕すらカナエにはなかったのだ。


「それで、俺に相談しよるとね」

「そうなのです。年頃の男の子が欲しいものが、カナエには分からないのです」


 去年は欲しがっていたペンを買いに行った。魔術学校に入学したばかりのレオは、まだ正式な書類を書いたことがなく、貴族の嗜みである手紙に使う万年筆やペンやインクを、ラウリから借りて、便箋もラウリに選んでもらっていたような状況だったのだ。

 まだ12歳になっていなかったレオは、これから先貴族として、領主の夫として、手紙の書き方も覚えなければいけないとあのときには意気込んでいた。緑色の炎が入ったような美しいガラスペンは、レオが何度か使っているのをカナエは見ている。この二年、誕生日プレゼントに添えるメッセージカードに書かれた字は、あのペンで書かれたものだとカナエは知っていた。


「明確に欲しいものがあるならばともかく、そうでないなら、カナエはレオくんに何を上げたら良いのか分からないのです」

「なんか、妬けるね」

「へ?」

「俺はカナエちゃんが好きとに、そんな俺に相談していいと?」


 悪戯に微笑むオダリスに、カナエは肩を竦めた。


「ぶっ飛ばされたいのですか? カナエの魔術は知っているでしょう?」

「そんなことせん子ってことも知っとうよ」

「分かっていませんね、オダリスくんこそ、カナエになにかするつもりはないくせに」


 安心して相談ができるのは、オダリスがペトロナに脅されて、呪いのネックレスで首を絞められても、女の子に乱暴を働くようなことは断っていたからだった。人質にとられたデシレーのために、カナエを家に連れてきたのですら、オダリスは途中で思い直して帰そうとしてくれた。


「オダリスくんは、嫌がってる相手に何かできるひとじゃないのです」

「信頼されたもんやね。本当に、レオくんが羨ましい」


 カナエが着けている魔術具は全てレオが作ったもので、愛情が込められていて、カナエの身に何か起きればすぐに発動して守るようになっている。魔術吸収の結界を反射させたために、お気に入りの髪ゴムとその場で渡されたイヤリングは壊れてしまったが、レオは新しいものを作ってくれている。


「レオくんは、料理が好きやろ? この店には、大きさの違うタルト型やら、可愛いクッキー型やら、売っとるよ」


 年頃の男の子だからと考えすぎていたカナエに、オダリスがくれた助言は、レオのことをよく考えたものだった。教えてもらった店をメモして、カナエはレオを迎えに行く。

 魔術学校と研究過程の校舎を繋ぐ階段で、レオは待っていてくれた。


「レオくん、お誕生日のお祝いを買って帰りましょう。今日は、二人でお茶をして帰りませんか?」

「オダリスくんと、なにを話してたんや?」


 いつになく真剣な眼差しで問いかけられて、カナエは慌ててしまった。


「レオくんのお誕生日のお祝いを、カナエは全然思いつかなかったのです。男の子が何を欲しがるか聞いたら、オダリスくんは、レオくんがお料理が好きなのに気付いて……」

「嫌や! オダリスくんの教えた店になんか行かへん!」


 ぷいっと顔を背けて階段を足早に駆け下りていくレオを、カナエは二段飛ばしで追いかける。腕にしがみ付くと、レオは泣きそうな情けない顔をしていた。


「……ごめんな。嫉妬したんや」

「レオくんが、ですか?」


 お日様のように明るくて、いつも穏やかなレオ。女の子に暴力を振るったと噂になれば落ち込んで泣いて、婚約を解消したふりをして騙すとなればしょんぼり寂しがってもカナエを信頼してくれる。優しくて、可愛いレオが、嫉妬している。

 その事実に、カナエはなぜか胸がどきどきとして、浮かれてしまった。

 真っ赤になっているカナエに気付かずに、レオは申し訳なさそうに呟く。


「カナエちゃんの気持ちが揺らぐはずはないって分かってても、オダリスくんは結婚できる年やし、俺はまだ後4年も結婚するまでにかかるし、身体ばっかり大きいけど、子どもやし……こんなにカナエちゃんのこと信じてるのに、どこかで疑ってるなんて、俺は最低や!」


 自分の感情を制御できなくて、苦悩しているレオが、なぜかカナエには嬉しくて堪らない。


「嫉妬されるって、嬉しいのですね」

「子どもやって、呆れてへんのか?」

「だって、それだけ、カナエのことが好きなのですよね?」


 優しいレオはデシレーが勘違いするようなことも、あっさりとしてしまう。ネックレスが枝に絡んで首を傷付けたデシレーに対する態度は、非常に紳士的で、「王子様」と騒がれるだけのことはあった。

 自分ばかりが嫉妬して、レオはカナエに嫉妬しない。自分ばかりが醜いような気がしていたカナエにとっては、レオの嫉妬心は嬉しく感じられた。


「レオくんが、はっきり嫌って言うのを、初めて聞いた気がするのです」

「俺は嫌なことは嫌って言うてるよ。カナエちゃんが俺に嫌なことをせぇへんだけで」

「嫌なら、オダリスくんのおすすめのお店は行かなくて良いのです」


 その代わりに美味しいスイーツのお店でお茶をして帰ろう。

 腕を組んで歩き出すと、レオがカナエに頭を下げた。


「オダリスくんが教えてくれたお店も、行くわ。ごめんな、駄々捏ねて」

「良いのです。新しいレオくんの顔が見られて、嬉しいのです」


 二人で並んで歩いて、街の中心部に近い製菓や調理器具の売っている店に入る。大小の泡立て器や、タルト型、ケーキの型や、篩を見て、レオは目を輝かせていた。

 店中を見て回って、レオが脚を止めたのは、クッキー型の前だった。


「カナエちゃん、ペンギンさんや! ペンギンさんがおる!」

「大きいのと、小さいのがあるのです。親子でしょうか」

「カナエちゃん、本物のペンギンさん、見たことあるか?」


 絵やデザインや魔術の立体映像でペンギンという動物を知ってはいるが、カナエは本物のペンギンを見たことがなかった。それぞれの領地は、動物園を持てるほど豊かではない。テンロウ領では、北の方の寒い地域に本物のペンギンがいると聞いているが、それも見に行ったことはなかった。


「かわええなぁ……ペンギンさん」

「お誕生日プレゼントにするのです!」


 店員に声をかけて、大小のペンギンのクッキー型と、その他、アヒルや猫や犬など可愛いクッキー型を袋に詰めてもらって、リボンもかけてもらって、カナエはレオにプレゼントした。


「動物園、というのを、レオくんは知っていますか?」

「聞いたことあるけど、行ったことないわ」


 動物の生態を調べたり、観賞するための施設らしいのだが、王都には遊園地と動物園がある。遊園地に関しては、小さなものだがセイリュウ領で行ったことがあるが、動物園は王都にしかないので、カナエもレオも行ったことがない。


「次のお休みに、デートしましょう!」


 ナホもラウリもレイナも誘わないで、二人きりでの動物園。

 誘えば、クッキー型の入った袋を持ったレオが嬉しそうに微笑んで頷いた。

 有名なスイーツのお店はひとが多かったので寄らずに帰ったが、レオはその日、買ったクッキー型で様々な動物のクッキーを作った。


「動物園て、こんなんやろか」

「動物園に行くんですか?」

「だ、ダメや、カナエちゃんと二人きりでや!」


 クッキーを並べながらラウリに説明すると、ラウリは「ナホさんを植物園に誘います」と話してくれた。


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