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11.地獄を見せましょう

 誕生日パーティーを開いてもらっているのに、浮かない表情のレオに、デシレーもどこかそわそわと気もそぞろだった。セイリュウ領の領主の屋敷の広さと立派さに、驚いているのかもしれない。


「レオくんの友達なんやて? うちの息子をよろしくなぁ」

「デシレーと申します。セイリュウ領領主様」

「サナでええで」


 歓迎する様子で話しかけられて、デシレーは緊張して警戒しているようだった。首元のネックレスを何回も確認している。レオの妹のレイナが近寄って、人懐っこく話しかける。


「今日のお誕生日ケーキはお兄ちゃんが作ったんやで。カナエちゃん、食べられへんで可哀想やわぁ」

「サナ様と次期領主様は仲が良くないと聞いたっちゃけど、本当なん?」

「カナエちゃん、お母ちゃんのこと『おばさん』って呼ぶし、態度も冷たいんやで。お母ちゃんいつも落ち込んでるわ」


 その状況を楽しむように話すレイナに、デシレーはおずおずとレオに近寄る。ナホとラウリからも離れて、パーティーの主賓なのに一人で座っているレオは、精悍な横顔に影を落として俯いていた。

 落ち込んだ様子のレオに、デシレーはソファの隣りに座る。


「あの……次期領主様とのこと、お気の毒やったね」

「俺はまだ14やもん、結婚もできへん。しゃーないやん」


 4歳の年の差は埋められない。

 ため息交じりに微笑んだレオに、デシレーが必死に慰めてくれる。


「14歳だけど、レオくんはそうは見えんくらいかっこいいし、優しいし……この前は、助けてくれて本当にありがとね」

「首の傷、平気やった?」

「平気。慣れてるし」

「慣れてるて?」

「あ、いや、違うとよ。ネックレスが引っかかることって、あるやろ?」


 慌てて言い直したデシレーに、レオが真面目な表情になる。


「デシレーちゃん、本当は、困ってることがあるんやないんか?」


 びくりとデシレーの細い肩が震えた気がした。唇を開きかけて、デシレーが首元のネックレスを押さえて黙り込む。俯いてしまったデシレーに、レオはそれ以上追及できなかった。

 お茶が振舞われて、全員でケーキを食べる。レオの作ったケーキは切り分けられて、デシレーのお皿の上にも乗っていた。それがあまり減っていないことにも、レオは気付いていた。


「あの、レオくん、今日、カナエちゃん……」

「こっちには来んって言うてたけど、どこに行ってるんやろなぁ」

「聞いとらんと?」


 知っているのだがわざと知らないふりをすれば、青ざめたデシレーの手が震えて、ケーキの皿を落としそうになる。

 全てを見て、聞いていたレンが、デシレーの後ろから近付いて、首からネックレスを外してしまった。驚いて振り向いたデシレーに、レンが穏やかに頷く。


「大丈夫やけんね。結界を張って、外部からの干渉をされんようにしとる。話したいことがあるっちゃろ?」

「あ……」


 監視の目も、ペトロナの呪いも、ここには届かない。

 国一番の魔術具制作者であるレンがはっきりと告げれば、デシレーの黒い目に涙の粒が浮かんできた。ほろりと大粒の涙が零れて、デシレーが床の上に座り込む。


「お祖母ちゃんを訪ねてくる男の魔術師が、私の身体に触ると。嫌やって言っても、聞いてくれんと……お祖母ちゃんは、レオくんを落とせんかったら、あの魔術師たちに、私を好きにさせるって……お兄ちゃんも、それで、私を人質にとられて、カナエちゃんを……」


 今頃、カナエはペトロナの家に連れて行かれている。

 そこでペトロナに命じられたオダリスに、何をされているか分からない。そんな様子を見せないように、オダリスは今日はデシレーをレオの元へ送り出したのだと、泣きながらデシレーが話す。


「カナエちゃんが危ない!」


 立ち上がったレオの耳にカナエの叫びが聞こえた。


『レオくん! 助けてください! レオくん!』


 レオの耳に下がる緑のガラスに白い花の浮かび上がるイヤリング。同じデザインでカナエに髪ゴムを作った後でお揃いにしようと、レオが自分で作ったものだった。カナエの髪ゴムと呼び合うようにレンに魔術をかけてもらっている。


「お母ちゃん、カナエちゃんがピンチや!」

「行くで! ナホちゃん、ラウリくん、ここで待っとって」

「俺も行く!」


 素早く移転の魔術を編み始めたサナとレンに挟まれて、レオとデシレーが移動した先は、王都の富裕層の住む賑やかな町中の屋敷だった。玄関を開けて入って行くと、デシレーがレオの袖を掴む。


「特別な部屋があるとよ。お祖母ちゃんが、魔術師を、連れて行く部屋」

「そこに案内してや!」


 先に歩き出したデシレーに続いて、その部屋の前まで来ると、ドアノブを回しても扉が開く気配がない。がちゃがちゃとドアノブを引っ張っているレオを押しのけて、サナが魔術を編み始めた。


「吹っ飛ばすで。レオくん、下がって」

「待って、サナさん。中にカナエちゃんとオダリスくんがおるとよ?」

「せやけど……」

「俺が入る」


 移転の術を編んで、扉を超えようとするレンに、レオも必死でくっ付いていく。部屋に入った途端、異様な空気に包まれて、レンとレオは身構えた。

 扉の近くでオダリスが首筋を押さえて倒れていて、カナエがそれを助けようとしている。そこに迫りくる黒髪の妖艶な美女は、レンを見て赤く彩られた唇を弧の形にした。


「ようやく会えたね。どうして、お師匠様に会いに来てくれんやったとね?」

「俺が狙いなら、堂々とセイリュウ領に来たらよかろうもん? うちの子どもたちに手を出して、しかも、その醜い姿……」

「どこが醜いとね。本当にあんたは美醜の分からん男やね。私の誘惑にもなびかんで。私はいつまでも、こんなに美しいとに」


 70代だというのに、弟子のレンよりも若く見えるペトロナに、レンは冷たい視線を向けた。


「ひとが老いるんは、それまで生きた証を身体に刻んだ証よ。それを受け入れられんで、他人の魔術を吸い取ってまで若さを保つ、その生き方が醜いって言いよるったい」


 言い捨てて、レンはオダリスの首を絞めているネックレスに手をかけた。自分のネックレスを外して、オダリスの首を絞めているネックレスに絡めると、相殺されてどちらも砕けてしまう。

 ようやく息のできるようになったオダリスは、咳き込みながらひゅうひゅうと喉を鳴らして呼吸していた。


「カナエちゃん、俺を呼んでくれてありがとうね」

「レオくん、来てくれると信じていたのです」


 駆け寄ったレオの胸に、カナエが飛び込んでくる。しっかりとカナエを抱き締めて、レオはカナエのイヤリングを外して、自分のものと取り換えた。

 三つ編みをしたカナエの髪に二つ、イヤリングに二つ、緑のガラスに白い花の浮いた魔術具が付けられている。


「その魔術具には、反射の魔術がかけられとる。カナエちゃん、本気で暴れてええで?」

「分かったのです!」


 術式を編み上げようとして吸い取られる寸前に、魔術具に込められた魔術を知ったカナエはそれを発動させていた。吸い取られるはずの魔術は、逆にカナエの中に流れ込んでくる。


「いやぁ!? やめて!? 私の魔術が!?」

「オダリスくんとレオくんは俺が守るけん、カナエちゃん、本気でよかよ!」

「ぶっ飛ばすのです!」


 魔術を吸い取る結界を反射すれば、当然、カナエの方に魔術は流れ込んでくる。それを利用してカナエは術式を編まずに自分を暴走状態にして、不規則に爆発が起きるように仕向けた。

 まだ術式も編めなかった幼い頃に、カナエは魔術を暴発させて、家の離れを壊してしまったことがある。術式も編まずに魔術を発動させるのは、通常ならば無理だとされているが、魔術の才能が極めて高いカナエにとっては、息をするのよりも簡単だった。ただし、暴走状態なので、狙いが定められないのが問題なのだが、レオとオダリスはレンが守っているし、ペトロナに当たらなくても構わない。


「こんな部屋、壊れてしまうと良いのです!」


 カナエの目的はペトロナを狙うことではなく、この部屋を完膚なきまでに壊しつくしてしまうことだった。


「あぁ、うちの可愛い娘になにしてくれはりましたんやろなぁ? うちの大事な旦那様にも、なんや、美醜が分からへんとか、難癖付けてくれはりまして」

「私の部屋が!? 屋敷が!?」


 扉が中から壊れたのをいいことに入って来たサナが、カナエの横に並ぶ頃には、壁も天井も穴だらけになっていた。


「こんな物騒な部屋のある家、ない方が平和やろ」


 部屋が崩壊した時点でペトロナの結界は破られている。呪いの魔術具を作る工房も屋敷の中にはあるのかもしれないが、それも全て壊すつもりで、サナは魔術を発動させていた。

 ペトロナの魔術を吸い取って増幅されたカナエの魔術と、『魔王』の異名を持つ国一番の魔術師のサナの本気の魔術が、屋敷を瓦礫に変えていく。

 魔術を吸い取られたペトロナは、立っているのがやっとのしわしわの老婆になっていた。


「もう大丈夫なのです、オダリスくん、デシレーちゃん」

「呪いの魔術具を作っとったから、あのひとは捕えられるけど、あんさんらに罪はない。もう自由にしてええんやで」


 瓦礫になった屋敷の前で、王都の警備兵に連れて行かれるペトロナを見ながら、カナエとサナがデシレーとオダリスに言えば、二人は安堵したようだった。


「母はお祖母ちゃんが変な魔術具作っとるって気付いて、俺たちを連れて逃げようとしてくれたっちゃん」

「お母さん、追い出されてしまったと。私たちが逃げたら、お母さんを呼び戻して、あの部屋に入れるって脅されて、ネックレスも着けとかないかんくなって」

「お母ちゃん、お父ちゃん、二人のお母さんを探せんやろか?」

「リューシュちゃんにお願いして、コウエン領中を探してもらおかね」


 それよりまず先に、とサナがレンとカナエの肩を抱いた。


「婚約をもう一度発表せなあかんやろ?」

「お母ちゃん!」

「おばさん、ありがとうなのです!」

「そこは、お母ちゃんにならへんの?」

「すみません、お義母様」

「お姑さんになってもた!?」


 サナとカナエのいつものやり取りすら、カナエとレオには安心できる嬉しいものだった。

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