10.黒幕の家
婚約を解消してから、カナエはそれが作戦だとバレないように、レオの作った魔術具は一切身に着けず、レンの作ったイヤリング、ブレスレット、アンクレット、ネックレスを身に着けていた。国一番の魔術具製作者のレンの娘が、父親の魔術具を着けているのはおかしいことではないが、レオが一生懸命心を込めて作ってくれたものを身に着けられないことは、カナエにとっても寂しくあった。
テンロウ領の王都の別邸に戻ると、リビングで待っているレオに駆け寄る。ソファで俯いていたレオは、カナエの姿を見ると、顔をあげて笑顔になった。
「上手くいった?」
「多分、大丈夫なのです。レオくんのお誕生日は絶対に埋め合わせするのです」
「それはいいんや。カナエちゃん、オダリスくんの家に行くんやな」
「はい、レオくんはデシレーちゃんを誘えたのですか?」
カナエに一方的に婚約を解消されて落ち込んでいるレオは、慰めてくれるデシレーに心動かされて、誕生日パーティーに誘う。それもまた、レオとカナエの練った計画の一部だった。
「俺の方も仕掛けは上々や」
頷いてから、レオは大きな手でカナエの手を包み込むように握り締める。
魔物騒動でコウエン領に行く前夜も、レオはカナエをものすごく心配してくれた。
「俺の誕生日やなんて、いつでもやり直せる。何かあったら、絶対に呼んで」
「はい、レオくんを呼ぶのです」
「俺だけじゃ頼りないかもしれへんけど、お母ちゃんとお父ちゃんと、飛んでいくわ」
信じてカナエの計画に乗ってくれること、カナエに何かあったときには誕生日そっちのけで助けてくれると約束してくれること。
「カナエは、レオくんが大好きです」
「俺も、カナエちゃんが好きや」
抱き締め合うと、体の大きくなったレオに、小柄なカナエはすっぽりと包まれてしまう。危機感など全くなく、レオの体温と匂いに、カナエは安心すらしていた。
何を置いても、レオはカナエを助けに来てくれる。カナエを信じてくれる。
カナエもまた、レオを信じていた。
誕生日当日も魔術学校の授業はあって、研究過程のカナエもゼミがあった。授業が終わると迎えに来たサナにレオとラウリとナホが連れて帰られるのを見送りもせず、カナエは真っすぐオダリスとの待ち合わせ場所に行く。
本当に来ると思わなかったのか、オダリスは驚いているようだった。
「婚約は解消したんやろうけど、弟の誕生日に出らんでいいと?」
「プレゼントは渡すので良いのです」
「カナエちゃん、やっぱり……」
「今日は楽しみにしてきたのです」
ネックレスもイヤリングもブレスレットもアンクレットも全部レンの作ったものだが、長い栗色の髪を結んでいる髪ゴムだけは、緑の透明なガラスに白い花の入った、レオの作ったものを着けていた。
壊れてしまったらもったいないので着けられない。
もらったときに言った言葉通り、カナエはそれをほとんど身に着けたことはなかったが、宝石箱に入れて大事にとっていた。それを着けているだけで、レオに守られている気がする。
わざと嬉しそうな声を出すと、躊躇うようなオダリスの手を引いて、カナエは歩き出す。
「オダリスくんのお家は王都のどこら辺なのですか? ずっと住んでいるのですか?」
「2年前までは寮におったっちゃけど、2年前に祖母が王都に来て……」
「お祖母ちゃんと暮らしているのですか?」
「父は5年前に事故で亡くなって、母は……色々あって」
「ごめんなさい……話しにくいことを聞いてしまったのです」
知ってはいたけれど、オダリスの口からその事実を聞き出すのは全く意味が違う。謝ればオダリスは「いや」とは言ったものの明らかに口数が少なくなった。
貴族や富裕層の暮らす賑やかな町中にある屋敷に近付くにつれて、オダリスの表情が険しくなる。立派な門を潜って、玄関の前に来たところで、俯いていたオダリスが顔を上げた。
「やっぱり、カナエちゃんは、レオくんの誕生日お祝いに行った方が良いっちゃないかね?」
「すごく立派なお屋敷なのです。カナエは喉が乾いたのですが」
「カナエちゃん……お茶、一杯だけ飲んだら、家まで送って行くけん」
ここじゃなくて近くの喫茶店でお茶を飲もう。
そう提案するオダリスに期待する目でじっと見つめていると、中から扉が開いた。出てきたのは褐色の肌に黒髪の妖艶な美女だった。緩やかに波打つ長い黒髪を高く括り、鮮やかな青いドレスを纏った美女を見た瞬間、オダリスの顔色が変わった。
「いらっしゃい、セイリュウ領の次期領主様。オダリスの祖母のペトロナよ。お茶の用意をしとるけん、中に入り?」
「カナエちゃん……」
「お邪魔します。とっても若いお祖母ちゃんなのですね」
「息子は私が若いうちに産んだけんねぇ」
笑いながらがっしりとカナエの細い手首を捕まえるペトロナの爪は、美しく青と金で彩色されている。レオの師匠で本来の年齢は70代のはずなのに、若々しいペトロナは30代くらいにしか見えなかった。
異様な気配に気付いていることを悟られないように、能天気にカナエは喋り続ける。
「立派なお屋敷なのです。オダリスくんとお祖母ちゃんとデシレーちゃんだけで暮らしているのですか?」
「この子は両親がおらんけん、私が育ててやるしかないとよ」
連れて行かれた部屋には、確かにお茶の用意がしてあった。扉が閉まる前に、オダリスがカナエの腕を引く。
「いかん! カナエちゃん、この部屋に入ったらいかん!」
「どうしたのですか、オダリスくん?」
「余計なことを言うんじゃないよ!」
叱責するペトロナの平手が、オダリスの頬を打った。コウエン領の人間なので長身で体格も良いが、ペトロナよりも男性のオダリスの方がずっと体格が良い。それでも全く抵抗できず、オダリスはカナエの手を放してしまった。
オダリスの後方でぱたんと扉が閉まる。
禍々しい魔術の気配に、カナエは身構えていた。
「これは、何なのですか?」
「オダリス、その子の服を脱がせて、他人には言えないような目に遭わちゃり」
「そんなことできん! カナエちゃんは、セイリュウ領の次期領主とよ? それに、女の子に乱暴なんてしたらいかん!」
「言うことを聞かとやったら、デシレーに家に来た魔術師の男たちのお相手をさせようかね?」
「そんな……デシレーはまだ14歳なんよ!?」
悲痛なオダリスの声が部屋に響き渡る。ペトロナの妖艶な姿は、男性の魔術師に取り入るためのものだとカナエは悟った。
「オダリスくんに他の子にも、こんなこと、させたのですか?」
「臆病やけん、しきらんっちゃんね。息子はあんなに勇敢やったとに、全然似てない」
「断ったのですね……そっちの方が勇敢なのです!」
「カナエちゃん、逃げて!」
ドアノブをがちゃがちゃとオダリスが鳴らすが、魔術がかかっているのか、扉が開かない。元凶はぶっ飛ばせば良いと思っているカナエが、魔術を発動させようとしたときに、異変に気付いた。
編み上げる術式が、部屋を取り巻く禍々しい気配に吸い込まれていく。
「魔術を、吸い取っているのですか!?」
「あぁ、美味しかね。お嬢ちゃんの魔術は極上やね。もっと怒って発動させたらよかよ。私がますます美しく若返る」
若返りの魔術を発動させて、美貌を守るために、魔術を吸い取るための結界が張られた部屋。どうやらカナエはそこに引きずり込まれてしまったようだった。
逃げないといけないと分かっているのだが、魔術を発動させようと編む術式が、部屋の結界に吸い込まれて消えてしまう。
「魔術を使ったらいかんよ。消耗するだけやけん」
「私の渡す魔術具を着けて、これから毎日家に来るんやったら、開放してあげてもいいっちゃけどね」
「呪いの魔術具など、着けないのです!」
「それじゃあ、オダリスに、ひとにはとても言えないような恥ずかしい目に遭わせてもらうしかなかね」
やれと指示されても、オダリスはふるふると首を振って拒否する。
服を脱がされて、その先に何をされるのか、カナエの年齢ならば、予測がつかないことはない。もしそんなことをされたとしても、カナエには確信があった。
「何をされても、レオくんはカナエのことが好きだし、お父さんも、おばさんも、カナエの意思のない状態で無理やりされたことについて、カナエを責めたりしないのです」
「カナエちゃん、ごめん。どうにかして、逃がしちゃるけん」
「オダリス、やるとよ! デシレーに男の相手をさせたいとね?」
「い、いやや! どっちも、いやや!」
必死に拒否して抵抗しようとするオダリスに、舌打ちをしてペトロナが自分の手首に巻き付いたブレスレットに触れた。連動しているのか、オダリスの首に巻き付くネックレスが、オダリスの首を締め付ける。
呼吸ができずに喘ぐオダリスに、カナエがペトロナに魔術を発動させようとするが、逆にそれを吸い取られてしまう。膝を付いて首元を押さえて苦しむオダリスに駆け寄って、カナエは叫んでいた。
「レオくん! 助けてください! レオくん!」
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