4.未知との遭遇
カナエがセイリュウ領の領主夫婦に引き取られて、レオが生まれた12年前には、モウコ領には魔術学校がなかった。出産して休んでいたサナの代わりに、女王ローズの長男、ユーリが生まれた挨拶に行った先で、モウコ領とコウエン領の領主は、聞こえよがしにサナを罵った。
「女の領主はこれだから」
「やはり、女が政治をするべきではないのです、いえ、女王様のことではないのですがね」
「ダリア女王陛下も同性の結婚や文化の浸透や……女子供の夢物語ばかりで」
ローズには聞こえないように、サナの伴侶であるレンには聞こえるように囁かれた悪口に、カナエはわざと魔術を暴走させた。
「あーなんだかわからないけどーたいへんなのですー!」
「カナエちゃん!?」
「どうしましょー!」
爆発が起こって、モウコ領とコウエン領の領主が部屋の外まで吹っ飛ばされて、廊下で目を回していたのを、カナエは覚えている。抱き締めてくれたレンは、カナエが魔術を暴走させてしまうくらい怯えているのだと勘違いしていたが、カナエはやり遂げた気持ちでいっぱいだった。
その後、モウコ領は領主を隠居させて、サナの叔父と結婚した末娘が領主を継いで、セイリュウ領の魔術学校の視察に役人を投入して、魔術学校を設立した。前国王が政治に全く関心がなかったので、王都の魔術学校は完全に金を積まねばいけない場所になっていた。教授の質や研究過程がないことや、授業のレベルが伝統ある王都の魔術学校には劣るとはいえ、セイリュウ領は魔術の才能があるものには学費免除制度を設けたり、成績の良いものには学費を援助したりして、魔術師を積極的に育てていた。それをモデルにモウコ領の魔術学校は設立されたし、貴族だけの学習の場となっていたテンロウ領の魔術学校にも、大改革が起きた。
王都の魔術学校も学費免除制度などを取り入れるようになって、活発化してきている。
そんな中、唯一魔術学校を頑なに設立しないのがコウエン領だった。
「領民の教育よりも、自分の利益しか考えてないんでしょうね」
「幼年学校も怪しいって話だからね」
勉強の合間に国の一部であるコウエン領を憂うラウリに、ナホが沈痛な面持ちで言葉を添える。リビングに集まって、ラウリがレオに、ナホがカナエに勉強を教えてくれている。どちらも年下の同級生に教えてもらっているのだが、ラウリは嫌みのない優しく大人しい性格であるし、ナホもカナエの親友である。辞書を引きながら、学年が違うので難易度は違うが、同じ古代語に頭を悩ませるレオとカナエに、間違いを指摘してくれた。
「幼年学校と全然違うわ。めっちゃ宿題が多い」
「セイリュウ領のカリキュラムは、少ない方だったのですね」
「私は王都の方が張り合いがあるかな」
「ナホちゃんは立派なのです」
小さな頃から本を読むのが好きだったナホは、エドヴァルドという非常に聡明な義父と、イサギという薬草学に関しては他の追随を許さない才能ある義父の二人に、日常生活から学んでいるので、古代語もすらすらと読み解けるし、薬剤の調合も得意だった。
防御の魔術も得意なのだが、攻撃の魔術に優れてはいない。その代わり、制御力に関しては14歳とは思えないくらいだった。
攻撃と肉体強化にだけ国一番の魔術師サナと並ぶほどの才能を持っているが、カナエは自分が慢心していたことを思い知る。
「小さい頃から、腹が立ったらぶっ飛ばせばいいのだと思っていたのです」
「お母ちゃんもそういうとこあるもんな。そっくりや」
「不本意です!」
コウエン領とモウコ領の領主をぶっ飛ばしたことを、サナは褒めてくれたが、レンは心を痛めていたのを、今更ながらに気付く。もっといい方法がまだ4歳のカナエにとれたはずはないが、暴走させなければ良かったかもしれないとは後悔し始めている。
「あのときのことを、コウエン領領主は根に持っているのかもしれません」
「あのときのこと?」
「若気の至りなのです」
魔術を暴走させた話をすれば、レオはカナエの味方に付いてくれた。
「お父ちゃんとお母ちゃんの名誉を守ってくれたんや」
「現在の領主が魔術師として最高位で、次代もとなれば、コウエン領は警戒しますよね」
「モウコ領は、今はお祖父ちゃん夫婦だから、大丈夫だと思うけど」
ラウリとナホは、純粋なレオよりも冷静だった。
モウコ領の領主の夫は、サナの叔父で、ナホの義父のイサギの養父である。前領主の息子だったが、サナに魔術の才能で劣るためにサナを暗殺しようとしたイサギを救いだし、愛して育てた養父は、ナホのことも可愛がってくれている。
「宿題、終わったで! やっと寝られるー!」
早寝早起きのレオは、もう眠くなっているようで、欠伸が出ていた。ようやく宿題を終えて、王都の魔術学校での一日目が過ぎたカナエも、妙に疲れていて、その日はお風呂に入ってすぐに眠ってしまった。
次の日は実技授業が午前中にあって、演習室でカナエとリューシュが組むことになった。
「負けませんわよ!」
「実技なら、余裕なのです!」
攻撃と防御を入れ替わって、各一回ずつ、合計二回戦うのだが、怪我をしないように攻撃の魔術は相手を吹き飛ばすだけのものに返還される魔術の術式が、演習室には書かれている。後ろにはネットが張ってあって、吹き飛ばされても受け止める仕組みになっていた。
「吹っ飛べ、なのです!」
「なにをっ!?」
攻撃では余裕でリューシュの編んだ術式よりも先に、カナエの術式が編み上がって、リューシュは吹っ飛ばされてネットに受け止められた。再び書かれた術式の上にある位置について、今度はリューシュが攻撃を仕掛ける。
「退きなさい!」
「嫌なのですっ!」
防御の術式をカナエは編んだつもりだった。
それよりも先に、反射的に発動した攻撃の術式が弾けて、リューシュの身体がネットに吸い込まれていく。
「カナエちゃん、防御! 防御だよ!」
「わ、わざとでは、ないのです……」
「演習のルールも把握していらっしゃらないのね、なんて野蛮なのかしら」
ネットから立ち上がったリューシュは、怪我がないか演習授業をしていた教授に確認されていた。ペナルティとして、カナエには魔術を吸収する『案山子』と呼ばれる人形相手に、攻撃と防御の練習が課せられた。
「カナエは、実は、劣等生だったのですか!?」
「そんなんじゃないと思うよ。今まで、カナエちゃんに少しでも危機感を抱かせる相手がいなかっただけでしょ」
落ち込むカナエをナホが慰めてくれる。
憎しみや、怒りは、雑音のように編み上げる術式を曲げて、発動を遅くする。身に危険を感じたカナエが、反射的に魔術を暴発させるのは、ナホにとっては見慣れた光景だったが、王都の魔術学校ではよくあることではない。
「レオ様は11歳だと言い張っておられますが、カナエ様こそ、11歳なのではなくて? 自分の感情が制御できないなんて、駄々っ子のようですし、自分のことを名前で呼ぶのも、おかしいですわ」
「お父さんも、おばさん……セイリュウ領領主も、カナエにそんなこと、言ったことないのです」
「……甘やかされてきたのですわね」
魔術を多少暴走させてもお咎めがなかったのは、魔術学校があったのがセイリュウ領で、義母のサナと義父のレンの治めている土地だからだ。それ以上に、サナもレンも、カナエの喋り方を強制させるようなことはしなかったし、魔術が暴走しないように魔術具を作って付けさせても、暴走したこと自体を叱られたことはなかった。
愛されて甘やかされて来た。
指摘された通りで帰す言葉のないカナエに、リューシュの方が痛みを抱えているような表情で、演習室を出て行った。ペナルティの『案山子』相手の練習を終えて、カナエはリューシュを探していた。
泣きそうな表情は、どこか痛めたのかもしれない。怪我をしても素直にそれを言えるような性格だとは思えなかった。
「ナホちゃん、あの女を見ませんでしたか?」
「中庭にいたけど、近付かない方がいいかも」
「どうして……?」
「泣いてたみたいだよ」
「やっぱり、怪我を!?」
中庭に走ろうとするカナエに、ナホもついてきてくれる。
茂みの中にしゃがみ込んで、リューシュはスカートを履いた膝に顔を埋めていた。
「怪我をしましたか? カナエが魔術を暴発させてしまって、ごめんなさい」
「敗者の顔を見に来ましたの? 趣味のよろしいこと」
「そういうつもりではないのです」
「魔術の才能があって、女でも、引き取られたときから次期領主と決められてるお方は、余裕がおありになるのね」
義母のサナ以外のセイリュウ領領主を、カナエは知らない。テンロウ領の祖父のように可愛がってくれる領主は男性だが、モウコ領の領主も女性である。双子の女王も女性。
「あなたも、次期領主ではないのですか?」
「わたくしは、レオ様と結婚したら、領主の座はお譲りしますわ。それが正しい妻としての在り方でしょう? テンロウ領だって、婿養子が領主になりましたのよ」
「カナエは……わ、わたしは、レオくんと結婚しても、領主は譲らないのですよ?」
子どもたちが後継者争いでいがみ合うことのないように、暖かな家庭を作りたい。それがサナの考えで、実子で魔術の才能がカナエを超えるものが生まれても、次期領主はカナエだと最初から約束して引き取られた。
サナの時代は国の法律で領主は親戚中から一番魔術の才能が高いものが選定されると定められていたが、ダリア女王の改革で、現在の領主が次期領主を指名して、他の領主と女王と議会に認められれば領主となれるように変わりつつあった。
レオとリューシュが結婚するなど考えたくもないが、もしもそうなれば、レオは魔術具に魔術を込める才能はあるが、攻撃と防御に関して、才能があるとは言えないので、リューシュが領主になるのが当然のことなのだが、彼女自身はそう思っていないようだった。
未知の生き物に出会ったように、カナエは自分の常識が足元から崩れる感覚に陥っていた。
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