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9.核心に近付くために

 コウエン領の工房で、レンがペトロナの元で働いていたのは、二十年以上前の出来事になる。魔術師の魔術にはそれぞれ得意分野があるように、個人個人で独特の癖があって、ペトロナにも当然その癖はあるはずだった。

 16歳で誘惑されてから避け続けていたために、呪いの魔術具を作る仕事には、幸運にもペトロナに信頼されず携わることはなかったが、魔術具の一欠けらに残っている魔術の解析に、レンは全力を投じてくれた。魔術具は全体の構成で効果を発揮する。一部分、しかも小さなリング一つから読み取れる魔術の量はあまりにも微量だった。

 それでも、可愛い娘のために、国一番の魔術具製作者、レンは、最善を尽くしてくれた。


「結論として、この魔術具には俺の馴染みのある魔術がかかっとるね」

「それは、ペトロナのものですか?」

「多分、としか言えんっちゃけど。あまりに魔術が微量すぎて」

「こんなに難しい仕事、お父ちゃんしかできへんわ。ありがとな」


 手がかりを得て、カナエとレオはレンにお礼を言った。

 ペトロナと、オダリスとデシレー兄妹の繋がりが分かった後で、コウエン領のリューシュとジュドーの元でも新たな記録が出てきたようだった。後継者として育てていた息子と思しき男性が、ある時期から工房の記録から消えている。


「大きな事故があったみたいとよ」


 レオとカナエがコウエン領のジュドーの元に話を聞きに行けば、当時の技術者の中で、コウエン領の未来を憂いて、ペトロナの圧力で一度は工房を辞めたが、戻ってきてくれた魔術具製作者が、当時の話をジュドーにしてくれた。その話によれば、工房で金属を溶かして魔術を絡める炉が爆発して、巻き込まれた技術者が数人、命を落とした。


「魔術を込めるのに失敗したっちゃろうね。ちゃんと安全服を着て、魔術具も良いものを付け取ったら、亡くなることもなかったっちゃろうけど」

「ペトロナは、安全管理を怠ったのですね」

「そのようですの。そして、自分の一番大事なひとを失ってしまった」


 はっきりとは分からないが、5年前に起きた事故でペトロナは息子と思しき男性を亡くしていた。5年前からペトロナの仕事が急激に減っているのも、ジュドーは記録で確認していた。

 息子を亡くし、残された孫たちに、ペトロナは期待をかけているのだろうか。

 王都の魔術学校に行かせているということは、魔術具作りを教えようとしているのかもしれない。


「オダリスくんと、デシレーちゃんは、呪いの魔術具の技術を継承するってことか?」

「そんなもの、カナエだったら『作りたくない!』と言うのです」

「拒否した結果が、あのネックレスやとしたら」


 呪いの魔術具を作るために技術を学びたくない。そう考えてオダリスとデシレーが授業をさぼったりしないように監視すると共に、レンの工房という環境の整った場所をレオとカナエに取り入ることによって、乗っ取ろうとしているのならば、これはもう、セイリュウ領と悪徳女魔術師との戦いになってくる。


「どないしたら、防げるんやろ……」

「カナエ様、レオ様、お二人は、わたくしがレオ様に迫っていたときにも、勇気を出してくださいましたわよね?」


 リューシュに言われて、カナエはレオを口説くリューシュの思惑が知りたくてお茶に招いたことを思い出す。オダリスとデシレーにも同じようなことができないだろうか。


「リューシュちゃん、ジュドーさん、ありがとうございました。ちょっと、カナエは策を練ってみるのです」


 お礼を言って、カナエはレオと一緒にコウエン領の領主の屋敷を辞した。

 思い浮かんでいることは、一つだけある。それをするには、かなりの覚悟が必要だった。


「レオくん、カナエを信じてくれますか?」


 テンロウ領の王都の別邸に戻ったカナエが、リビングでレオに問いかけるのに、レオは素直に頷く。


「俺はいつでもカナエちゃんを信じとるで」


 答えを聞いて、カナエはナホとラウリを呼んできた。部屋から出てきた二人に、レンから聞いたこと、ジュドーとリューシュから聞いたことを説明する。全部説明し終わってから、カナエはぎゅっと奥歯を噛み締めた。

 口にする言葉は決まっているのだが、なかなか出て来ないそれを、レオとナホとラウリは待っていてくれる。


「婚約を、解消するのです」

「カナエちゃん!?」

「レオくんとカナエちゃんが婚約を解消? 本当に?」

「カナエちゃんはレオくんを、レオくんはカナエちゃんを好きなんじゃないんですか?」


 驚くレオとナホとラウリに、カナエは息を整えながらゆっくりと説明した。


「カナエとレオくんは、姉弟としては大好きだけど、婚約者としてはそうじゃなかったということにするのです。カナエは、レオくんのお誕生日にも出ません」

「そういう、作戦やな」

「そうなのです。本当はレオくんの14歳を誰よりも祝いたいのです。でも、婚約解消が嘘じゃないと思わせるために、おばさんとも不仲だし、カナエはレオくんのことはもう興味がないように振舞うのです」

「めっちゃ寂しいし、悲しいけど、我慢する。大丈夫や、カナエちゃんの思うようにしよ」


 婚約を解消したことが広まれば、デシレーはレオに、オダリスはカナエに、前以上に親し気にしてくるだろう。そうやって、カナエかレオが、デシレーかオダリスに家に招かれるようにするのだ。


「リューシュちゃんをお茶に招いたように、今度はカナエたちが招かれるのです」


 そこにペトロナがいれば、接触を図れるし、デシレーとオダリスの家も、家でどのように過ごしているかも見ることができる。

 レオの14歳の誕生日は一生に一度だけ。間近に迫った大事な14歳の誕生日を、カナエは出席しないことにまでして、デシレーとオダリスを罠にかけようとしている。


「私は、噂を広めるのを手伝えばいい?」

「僕も、お手伝いします」

「おばさんに、婚約解消を発表してもらうのです」


 魔術で通信をして話したサナは、決意したカナエの表情を見ても、やはり信じられないようで、何度も「ええんやな?」と問いかけてきた。


『レオくんの14歳のお誕生日は二度とないんやで? 後悔せぇへんな?』

「後悔するのです。絶対後悔するのです。だけど、カナエが本気を見せなければ、信じてもらえないと思うのです」

『分かった……せやけど、無理せえへんようにな。レオくん、お誕生日はお母ちゃんとお父ちゃんとレイナちゃんで祝ったるからな』


 話し終えてから、自分が決めてしまったことにカナエは落ち込みそうになったが、必死に気持ちを盛り上げる。悪いのはデシレーとオダリスを操ろうとしているペトロナで、彼女をどうにかしない限りは、デシレーにもオダリスにも、レオにもカナエにも、平穏は来ない。

 婚約解消が発表されて、お昼ご飯も一緒に食べなくなっても、しばらくはオダリスもデシレーも警戒していたようだった。


「カナエ様、本当にレオ様のお誕生会に参加しませんの?」

「お誕生日お祝いは贈るのです。それで義務は果たしたのですよ?」

「レオくん、デシレーちゃんを呼ぶんじゃないかな?」

「弟に彼女ができるのは、カナエにいないのに、癪ですね」


 近くでオダリスが聞いていることを確認して、聞こえよがしに溜息を吐き、「あんな子どもだとは思わなかったのです」と漏らすと、お弁当を食べ終えた後でオダリスに呼び出された。


「本当に婚約解消したと?」

「オダリスくんの言った通りだったのです。レオくんは、カナエには子ども過ぎるのです」

「そうなんね……」

「お誕生会の日は、暇なのです……レオくんはデシレーちゃんを誘うのではないですか?」

「デシレーは誘われたって言われてなかったけど、これから誘われるかもしれんね」


 ちらちらとオダリスの様子を伺えば、戸惑っているようにも、困っているようにも見える。本当のところ、同年代の女の子としてのカナエにそれほど興味もなく、『セイリュウ領次期領主』としてしか見ていなかったのだろう。


「レオくんの誕生日、オダリスくんは、暇ですか?」

「暇っちゃ、暇やけど、学校があるやん?」

「学校が終わった後ですよ」


 媚びるような声音も、もはや使うことに躊躇いはなかった。レオを悲しませてまで参加しないことにした誕生日、有効に使えなければ、カナエの後悔も増す。


「領主様のお屋敷みたいに豪華やないけど、うち、来るね?」


 犠牲は大きかったが、カナエはオダリスの口から、その言葉を引き出せた。

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