6.一欠片の手がかり
ラウリの計画の詳細がカナエに知らされていないことに、カナエは若干の嫌な予感を覚えていた。10歳のときからテンロウ領の王都の別邸で一緒に暮らして2年経つし、今までナホもラウリも確かにカナエの味方だったので、その点に関しては疑っていないのだが、レオがデシレーにますます惚れられたり、勘違いされるような事態になってしまったらどうしよう。
カナエの心配は当たっていた。
授業が終わった後で、レオとラウリがデシレーを罠にかけるということで、心配になって覗きに来たカナエは一部始終を見ていた。
「大根さん、南瓜さん、よろしくお願いしますね」
「びゃい!」
「びゃうびゃう!」
頼まれて誇らしげに、大根マンドラゴラと南瓜頭犬が駆けていく。南瓜頭犬が生垣の前でデシレーにじゃれついて足止めしていると、大根マンドラゴラが生垣の木を説得する。説得された生垣の木は、枝を伸ばさせた。
伸びた枝はデシレーの髪とネックレスに引っかかる。
急に髪と首を引っ張られて、デシレーは何が起こっているか分からずに悲鳴を上げていた。
「きゃぁぁ!? 助けて!?」
近寄る同級生の囲みを抜けて、レオが真っすぐにデシレーに駆け寄る。
「大丈夫か? あぁ、髪は解けそうやけど、ネックレスが酷いな。首が締まったら一大事や、急場やから堪忍な」
魔術具作りをしているレオは、父のレンからもらった魔術のかかったポーチに道具を一式入れている。ペンチで最小限にネックレスを切ってしまったレオに、デシレーが青ざめた。
「壊れてしまったと? 大事なものっちゃけど」
「金具の一つ前を切っただけやから、すぐに繋げるで」
近くのベンチまでデシレーと一緒に行って、レオはヤットコを取り出して、器用にCカンを開けて、切れた場所を繋いだ。問題なく首に戻ったネックレスにデシレーは、心底安堵した表情になる。
「ありがとう、レオくん」
「首、ネックレスのせいで切れとるで。保健室に行き?」
「あ、血が出とうね。心配してくれてありがとう」
擦れて血が出た首筋に気付いて、デシレーは足早に保健室に歩いて行った。その頬が真っ赤だったのを、カナエは見てしまった。
デシレーが行ってしまった後で、レオは南瓜頭犬と大根マンドラゴラと、ラウリの元へ戻ってくる。
「怪我させてしもたんは申し訳なかったけど、取れたで」
「やりましたね」
切ったネックレスの小さな小さなリングの一つがレオの手の中にある。それを手に入れるための手段だったのだと分かっていても、カナエはむくれずにはいられなかった。
ネックレスの一部があれば、かかっている魔術を解析できる。頭では理解できているが、デシレーのレオを見る目が、本気の恋する乙女に変わったようで気が気ではない。
むくれているカナエの様子に気付いたナホが、レオとラウリに手を振る。
「レオくん、ラウリくん!」
「か、カナエちゃん、見てたんか!?」
「これは、ネックレスの一部を手に入れるためであって……」
「そうであっても、レオくんが、デシレーちゃんの王子様みたいで、気に入らなかったのです」
罠にかけたのだと分かっていても、あんな風に登場して助ければ、デシレーの好感度も上がるというもの。これまでは命じられてレオに迫っていたのかもしれないが、これからは本気で迫ってくるかもしれない。
考えただけでレオにデシレーが近付くのが嫌で、レオの腕に腕を絡めて、「レオくんは、カナエのなのです」と主張するカナエに、レオがしょんぼりと肩を落とす。
「ラウリくんの言うのしか方法が思い付かんかってん。俺は、賢くないやろ? 俺の好きなひとは、カナエちゃんだけやで」
「レオくんの気持ちは疑っていません……面白くないだけで……」
ネックレスの破片はレンの工房で解析に回すとして、カナエは嫌な予感がつづいていた。
デシレーの件は、魔術学校中の噂になったようで、研究過程の校舎にも、それが流れて来ている。午後の授業でオダリスが顔を見せた瞬間、八つ当たりで吹っ飛ばそうとするカナエの術式を、ナホとリューシュが慣れた様子で魔術で打ち消した。
「次期領主様の婚約者のガキは、うちのデシレーに惚れてるみたいやね。王子様みたいに助けてくれたってデシレーも言っとったし、ものすごい噂っちゃけど」
「レオくんは困っているひとを見過ごせない、優しい子なのです!」
「婚約者に『子』って言われて、ガキ扱いされてるとね」
「レオくんは、カナエの可愛い……」
「男なのに、『可愛い』とか言われて、可哀想か」
ただでさえレオがデシレーを助けるところを見て、苛々しているのに、いちいち揚げ足をとってくるオダリスに、カナエの堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
「カナエちゃん、術式漏れてる」
「落ち着くのですわ、カナエ様」
「ぶっ飛ばしたいのですー!」
フラストレーションの溜まったままで、漏れそうになる術式をナホとリューシュの二人がかりで抑えられて、授業を終える。
その日はカナエはレンに呼ばれて、セイリュウ領のお屋敷に戻った。呼ばれていたナホとラウリとレオも一緒である。
「ネックレスってものは、首を傷付けたりせんように、引っ掛かったら千切れるのが普通なのに、切れないっていうのが、まず異常やね」
小さなネックレスの一欠片のリングを手に、レンが説明する。首というのは人間にとっては急所だ。そんな場所に付けるのだから、傷付けないような設計になっているのが普通で、首を怪我するよりも、ネックレスが壊れるようになっていないとおかしい。
特に魔術のかかっているものならば、危険なので、引っ掛かったくらいで首が擦れて血が出るような作りというのは、明かに怪しかった。
「僕も、千切れると思ったんです。デシレーちゃんに、怪我をさせるつもりではなくて」
「千切れたのを、俺が拾って、修理する振りで、一つリングをもらうはずやったんや。ラウリくんは悪くないんやで」
ネックレスが千切れなかったせいで、レオがデシレーの命を救ったかのようなロマンチックな展開になってしまったのは、ラウリの計算外だったようだ。
「ネックレスを作ったひとは、デシレーちゃんが怪我をしても、ネックレスが首に付いている方が大事だと思っているのですか?」
「信じられないね。魔術具は、身に付ける相手の身を守って、小さな衝撃でも砕ける方が優秀とされているのに」
呆れた様子のナホに、カナエも同感だった。
一流の魔術具製作者の作ったものは、身に付けるものを守るために、少しの衝撃でも代わりに引き受けて壊れるようになっている。守護の魔術具とはそういうもので、そうでないのならば、魔術具ではなく、それは呪いの装身具に違いない。
「結論から言えば、監視の魔術がかけられとった。工房に運ばれてからは遮断しとるし、この一欠片で発動するような上級の魔術とは思えんっちゃけど、デシレーっていう子が枝に引っかかったのは、間違いなく見られとったやろうね」
「私たちが動いていることが、黒幕に知られてるということですか?」
「そうなるね、ナホちゃん」
解析結果をレンが、小さな千切れたリングを摘んで見せながら、説明してくれる。
監視されて、行動を制限されているデシレーは、ネックレスが外れたことをものすごく恐れていた。ネックレスを付けていないままに家に戻ったら、酷い目に遭わされていたのかもしれない。
リューシュの過去が頭に浮かんで、カナエはゾッとした。
「デシレーちゃんと、オダリスくんの家族関係を調べてみるのです」
魔術師として才能があるのだから、魔術師の血統には違いないだろう。王都の魔術学校にリアムの取り巻きとして入学させられるほど、元コウエン領領主と繋がりの深いものといえば、行き着くのは、レンを逆恨みしているペトロナという、レンの元師匠の女魔術師である。
「ペトロナに家族がいたのか、どうやったら調べられるんやろか」
「子どもがいたのだったら、優遇しているんじゃないかな?」
自分の地位を使って、自分の子どもにも同じような地位を与える。過去の腐り切っていたコウエン領ではありえない話ではない。
ペトロナが優遇して、自分が取り仕切っていた工房に入れていた人物。その人物に子どもがいたか。それがデシレーとオダリスか。
調べるためには、コウエン領の資料が必要で、レンはサナを通じてリューシュに話を通してくれた。
「ジュドーさんと協力して調べてくれはるって言うてるから、子どもたちは晩ご飯食べて、今日はもう休み」
幼年学校の制度どころか、戸籍すらリューシュが領主になるまで、コウエン領は領民を蔑ろにして、適当にしかしていない。ペトロナが自分の子どもを隠そうとしていたのならば、それは簡単にできただろう。
工房に勤めていたもので、志を持って残ってくれた魔術師に、ジュドーが聞いてくれると言うので、カナエたちもひとまずは待つしかなくて、その日は夕飯を食べて、ナホは実家に戻り、ラウリもナホの実家に泊まり、レオとカナエが残された。
レンとサナは夕食後は二人の寝室に行っている。
リビングでレオは、カナエの表情を窺っているようだった。
「まだ、怒ってる?」
「レオくんに対しては怒ってないのです……怒ってないのですが……嫉妬は、しています」
自分の好きな男の子が、他の女の子に親切にしている。しかも、その女の子は、レオに好意を寄せているように見せているのだ。
気にならないはずがない。
「信じてもらえるまで、何度でも言うで。俺は、カナエちゃん、一筋や」
元コウエン領領主の企みで、リューシュに迫られたときも、レオの気持ちは少しも揺らがなかった。それでも、夜中に慰めるためにリューシュを抱き締めた姿に、カナエは嫉妬してしまった。
「カナエは、嫉妬深いのですよ……結婚したら、もっと、嫉妬深くて大変になるかもしれないのです」
「嫉妬してくれるってことは、そんだけ俺が好きってことやろ」
「……そうなのです」
「せやったら、俺は嬉しい」
へにょっと笑ったレオに、カナエは敵わないと負けを認めた。
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