5.疑惑のネックレス
コウエン領を元領主が治めていた頃に、領主のお屋敷の工房を仕切っていたのはペトロナという女魔術師だった。若作りの魔術を自分にかけて、若く美しいままでいた彼女は、コウエン領の領主が変わった時点で、忽然と姿を消している。
「とてつもなく怪しいのです」
「わたくしは、王都で過ごす時間の方が長かったので、ペトロナには会ったことはありませんわね」
「コウエン領自体が、良い噂は聞かなかったからなぁ」
授業の合間にリューシュとナホに相談に行けば、ペトロナの情報を集めてくれた。
領主のお屋敷の工房を自分のもののように扱って、利益を弟子たちに分配せずに巻き上げて、領主にだけ渡していたこと。弟子をひととも思わないような扱いをしていたこと。元領主が失脚したら即座に財産を持って逃げ出したこと。
「逃げた先は、恐らくは王都なのでしょうね」
「レンさんを逆恨みして、息子のレオくんと娘のカナエちゃんの恋路を邪魔してるって感じかな」
「今まで仕掛けて来なかったのは、コウエン領に居場所があったからなのですね」
誘いをかけても乗らずに、逃げ回った挙句、王都に召し上げられたレンは、ペトロナにとっては恨みの募る存在だったのだろう。コウエン領の工房の頂点にいることで、なんとか保っていた体面も、崩れてしまった今、その恨みが一気に噴き出してもおかしくはない。
「わたくしも、おかしいとは思っていたのですわ」
他の取り巻きたちは、コウエン領の元領主が失脚して、リアムも更迭されてから、自分がどう処されるのか怯えていた。だからリューシュは彼女らに共に勉学に励んで、コウエン領を支えて行こうと声をかけたのだが、その中にオダリスもデシレーもいなかった。
魔術の才能はそこそこあるので、魔術学校から追い出されることはなかったが、元領主の援助を受けて学費を支払っていたのならば、その後であの兄妹は誰を頼ったのだろう。
「正直、カナエのこと、あいつ、好きじゃないと思うのです」
「男は好きじゃなくてもデキるって話は聞くけど」
「カナエの名前も呼ばないし、次期領主として、ただの子どもを産む道具としてしか考えてないなんて、すごく似ているような気がするのです」
「そういう思考、確かに似ておりますわ」
元コウエン領領主に似た時代錯誤な考え方を、頭の固い貴族がしないとは限らないが、それが弟子のレンを思うままにしようとした、70代にもなるペトロナならば、あまりにも違和感がない。
「ペトロナには、子どもはいたの?」
「前の領主の代は記録が曖昧過ぎて、分かりませんの」
血縁を疑うナホにリューシュは困り顔だった。
あの年代ならば、ペトロナの孫であってもおかしくはない。
「クリスティアンさんも言ってたのです、まずは観察なのです!」
カナエとリューシュとナホはオダリスを、レオとラウリはデシレーを観察する。
それで、とりあえずの話は纏まった。
3年生の教室では、レオは全然隠れられていないのだが、ラウリの後ろにぴっとりとくっ付いていた。陰口を叩かれるかと怯えていたが、レオに同情的な声が多かった。
「デシレーはああいう子だから」
「前にも他のひとに同じようなことしてるし」
「レオくんの無実を信じてるよ」
普段からレオに纏わりついてくる少女たちも、デシレーがやりすぎであることは気付いていたようだ。ほっとしたところで、教室に入って来たデシレーに視線が集まる。周囲の目など気にしていない様子で、デシレーは真っすぐレオのところに来た。
「家族会議をしたっちゃろ? 『おばさん』、私と婚約して良いって言っとった?」
「びゃうん!」
「きゃっ! 何、この南瓜!?」
ふてぶてしく話しかけて来るデシレーに、足元にいた南瓜頭犬のサナエが、飛び付いて追い払おうとする。噛み付かれそうになった瞬間、きらりとデシレーの首元が光った気がして、レオは目を凝らした。
「ラウリくん、あれ」
「えぇ、何か付けてますね」
貴族や王族があらゆる攻撃から身を守る魔術具を付けているのは、おかしい話ではない。しかし、前回レオがデシレーを振り払ったときに、魔術的な干渉は感じられなかった。
守るための魔術具でないのならば、何なのだろう。
イヤリングにネックレスにブレスレットにアンクレット……ラウリは幼い頃に呪いで死の病をかけられて死にかけたので、絶対に外れないようにピアスを付けているが、そういう身を守るものとは全く違う魔術具の存在も、レオもラウリも学んで知っていた。
「呪われてるんか?」
「なんの話?」
「嫌なことを、無理やりにさせられてるんやないんか?」
14歳の少女が、自ら自分の体に触っていいなど、言い出す事実が、レオには信じられなかった。そういう場所は大事なところで、軽々しく触れてはいけないし、触れさせてはいけないと、レオもカナエも幼い頃から両親に言い聞かされている。
胸に触っていいと言われても、レオは特にそういう場所に興味はないのに、デシレーはそう言えばレオが反応すると言われたのだろうか。
「何言っとるか分からんっちゃけど。セイリュウ領の訛りのせいかね?」
「誤魔化さんで。困っとるなら、俺、力になるで」
「それなら、婚約してよ」
笑顔のデシレーの裏が読み取れない。
リューシュのときとは違う混乱が、レオの中に生まれていた。
感じた違和感を帰ってからカナエとナホに話すと、二人もオダリスの魔術具に注目してみることに決めたようだ。
翌日に、オダリスは凝りもせずカナエの元にやって来た。
「セイリュウ領の次期領主様は、自分の婚約者が、同級生に乱暴を働いても、平気っちゃね。セイリュウ領の未来は暗かね」
「レオくんはなにもしていないのですよ」
「男はみんな狼やって、言われとらんとね? 随分と頭の軽い教育をされて来たっちゃね」
ばんっと大きな手がカナエの身体の横の壁に突く。逃げ出せないようにして、カナエの顎を掴んで来ようとするオダリスに、カナエは強化の魔術をかけて両手でオダリスの身体を突き飛ばした。
体格差の割りに簡単に吹っ飛ばされるオダリスは、だらしなく開けたシャツの前から、きらりと光る黒いチェーンのネックレスを着けているのが見えたが、それはカナエの攻撃に反応していなかった。
「あなた、なにを付けているのですか?」
「お洒落で付け取ったらいかんとね。なんでも作ってくれる、国一番の魔術具製作者が父親やないけんね」
レンのことを口にするオダリスの表情が歪んでいる気がする。これは本当に彼の顔なのだろうか。彼の意思で言っていることなのだろうか。
無様に尻もちをついているオダリスを置いて、カナエはナホとリューシュの元に駆けて行っていた。
「幻影の魔術……傀儡の魔術……何か、かかっていそうな気がするけど、掴めないのです」
「専門教科が違うから、あまり接触できないからねぇ」
研究過程では、座学の一般教養の一部以外は、完全に別々の研究室でそれぞれが研究をしている。リューシュは政治学、カナエは歴史学、ナホは薬草学で、オダリスは実践魔術なので、接触を持つことが難しい。
魔術学校に通っていたときのように、うっかりと実践演習でネックレスを引きちぎるような事故を起こすこともできない。
「どうすればいいのでしょう」
悩むカナエの足元に、「びゃうん!」とレオの南瓜頭犬のサナエがすり寄ってきていた。遅れて、レオとラウリも合流する。
「カナエさん、オダリスさんも、同じものを付けていましたか?」
「デザインが違ったけど、効果は同じなのではないかと思うのです」
「外してしまえば、デシレーちゃんも、オダリスくんも、本音で話せるかもしれへんってことやな?」
「レオくん、デシレーちゃんにされたこと、怒っていないのですか?」
泣いて自分の不甲斐なさに打ちのめされていたのに、デシレーが己の意思でないことをさせられていると知れば、放ってはおかないレオ。そういうレオだからこそ、カナエは好きだと思うのだが、デシレーを勘違いさせかねないとも少しだけ過る。
「怒ってもしゃーないやん。自分の意志やなかったんやったら」
「レオくん、罪な男だね」
「なんでや!? 俺は、同級生を助けたいだけやで?」
「わたくしも、そういうレオ様だからこそ、好きだったのですがね」
ナホに、リューシュに言われて不本意そうなレオに、カナエは問いかけた。
「レオくんが頑張りすぎて、勘違いされるのは嫌なのです」
「俺の気持ちは、カナエちゃんにしかないで」
「それはともかくとして、策が、ないわけではないですよ」
にっこりと微笑んだのは、南瓜頭犬のサナエの頭を撫でていたラウリだった。
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