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4.父の過去

 無理やりに胸を触らせられそうになって、レオがデシレーを振り払った事件で、学校に呼び出されたサナとレンは、しょげ返っているレオを庇って、堂々としていた。


「レオはそないなことするはずがあらしまへん。疑うんなら、ぴよぴよ鳴いて煩いひよこちゃんに聞いてみたらええんやないですか?」

「大丈夫やけんね、レオくんはなんもしとらんって俺もサナさんも分かっとる。胸張っていいけんね」


 母に庇われ、父に慰められて、何とかレオが事情を話すと、教授は納得したのかしていないのか、取り敢えずはレオのお咎めをなしにしてくれた。それでも、学校内ではオダリスとデシレーの二人が噂を撒き散らしているのか、レオは冷たい目で見られる。

 落ち込んでいるレオを、レンとサナは一度セイリュウ領の屋敷に連れ帰った。カナエも同席して、レンが話し出したのは、コウエン領にいた頃の話だった。


「俺はダリア女王が12歳で俺の魔術具を気に入って、王都に呼ばれるまで、コウエン領の領主のお屋敷で働いとったっちゃん」


 魔術学校のないコウエン領は、魔術師が弟子を取る徒弟制度で魔術師を育てていた。領主のお屋敷に勤める魔術師に拾われたレンは、8歳から16歳まで、その魔術師の元で勉強した。


「良い師匠とはとても言えんひとやった。魔術学校の課題は、どこまでやれば良いかが分かるっちゃろ?」

「失敗しても、どこを失敗して、どこを修正すれば次は成功するかをレポートで出せば単位はもらえるのですよ」

「そういうのは全然なくて、師匠の気分と機嫌で、指示されたことができても、気に入らなければ殴る、食事を抜くは普通やったとよ」


 そういう生活が嫌で、師匠の元から逃げ出そうとしていた16歳の年に、決定的な事件が起きた。30代半ばの師匠は、魔術師として魔術具作りに関しては自分よりも才能のあるレンに、誘いをかけたのだ。


「レオくんもおるし、あんまし言いたくないんやけど……あのひとは、優秀な魔術師の血統として、俺の子どもが欲しかったみたいなんよ」


 襲われそうになって逃げ出して、それ以来、距離を置いてきたが、コウエン領の同じ工房で働いているので、何度もまだ若いレンに師匠は迫ってきた。なんとかかわし続けて22歳でようやく王都に招かれて、師匠と縁は切れたものだとレンは思っていた。


「レンさんを襲うやなんて許されへん」

「オダリスとデシレー……あの二人、なんか引っかかるっちゃんね」


 後ろで糸を引いているのがレンの元師匠だったならば。

 前のコウエン領領主が追い出されてから、工房でも大きな動きがあって、セイリュウ領から送り込まれたジュドーが師匠(マイスター)となっている。前領主と関わりの深かったレンの元師匠は、忽然と姿を消していた。


「魔術師は外見が老いないように保つ魔術くらいは使うから、年は70近くても、分からへんかもしれんね」

「お父ちゃん、そないに嫌な思いをしてたんか」

「俺はサナさんと出会えて、幸せになれたけんいいっちゃん。心配なんは、レオくんよ」


 あの元師匠が裏でデシレーとオダリスを操って、カナエとレオの仲を裂き、レンへの意趣返しをしようとしているならば、警戒しなければいけない。


「レオくんはいつもラウリくんと一緒にいるのです! カナエは、いつもナホちゃんとリューシュちゃんと一緒にいます」


 女王のローズの息子であるラウリの前では、デシレーも気軽にレオに仕掛けられないだろう。その提案にサナも賛成する。


「それに、ちょっと心配やから、護衛をつけよか」

「護衛?」


 大袈裟な話になるかと驚くレオに、サナは素早く魔術で伝令を飛ばした。呼び出されたナホの父親で、薬草学に関しては他の追随を許さないサナの従弟のイサギと、その伴侶のエドヴァルドは、両手いっぱいにマンドラゴラを抱えていた。

 ころころと丸いムチムチの蕪マンドラゴラ、セクシーに脚を組む人参マンドラゴラ、ムキムキでポーズを取る大根マンドラゴラ……たくさんのマンドラゴラの中に紛れているカボチャにレオは目をやった。


「護衛って、この子たちのことか?」

「ローズ女王はんの人参は、身を呈してローズ女王はんを守ったっていう話やで。好きなのを選びや」

「マンドラゴラやなくてもええ?」


 おずおずと指差した先には、南瓜頭(ジャックオーランタン)犬が短い蔓の尻尾を振っていた。かなり重い南瓜頭犬を持ち上げて、イサギがレオに渡してくれる。「ぎゃうぎゃう」と鳴きながら、南瓜頭犬は、レオに頬擦りをした。


「スイカ猫を育ててるんや。その子と仲良うできるやろか?」

「うちでも、スイカ猫と南瓜頭犬は仲良くしてるで」


 膝の上に南瓜頭犬を乗せたレオは、少し元気が出たのか微笑んでその背中を撫でていた。

 その日はセイリュウ領のお屋敷に泊まって、明日の朝サナに送り届けてもらうことになって、夜にカナエが眠ろうと準備をしていると、部屋の扉をカリカリと引っ掻くような音がする。

 扉を開けてみると、南瓜頭犬がカナエの部屋の扉を引っ掻いていた。カナエが出てくると、こちらと示すように、先に立って歩き出す。連れて行かれたのは、レオの部屋だった。


「レオくん、起きているのですか?」


 扉も開けっぱなしで、ベランダに向かう窓が開いているのに気付いて、カナエはベランダに出る。ベランダのベンチに座って、レオは俯いていた。


「カナエちゃん……俺、女の子には優しいせなあかんて、お母ちゃんに言われてたから……お母ちゃんてあんまし呼ぶのも、子どもっぽいんやろか……俺、どないしたら良かったんやろ」


 幼い頃から体の発育がよく、大きなレオは、自分が規格外だということをよく言い聞かされていたので、絶対に暴力を振るったり、自分よりも体の小さい子に腕力で言うことを聞かせたりするようなことはしなかった。

 そのおかげで、レオは優しく思いやりのある子に育った。その分、デシレーのように強引にレオを誘惑して、拒まれたらレオが暴力を振るったことにするようなことをされて、相当ショックだったのだろう。


「レオくんは何も悪くないのですよ」

「振り払ったら、簡単に吹っ飛んでしもた……」

「嫌なことをされそうになったのは、レオくんの方なのです」


 ベンチの隣に座って、手を繋ぐと、レオの黒い目から涙がほとりと落ちる。体は大きいがレオはまだ誕生日を迎えていないのでまだ13歳で、5歳で幼年学校に一年早く入っているから、デシレーよりも一つ年下になる。

 体はデシレーの方が小さいとはいえ、年上の相手に無理やり体を触らされそうになって、嫌がって振り払えば泣いてレオのせいにされて、どれだけ傷付いただろう。


「レオくんは、優しいのです。カナエだったら、ぶっ飛ばしてスッキリしたくなるのに、自分が傷付けてしまったことに胸を痛めている、そういうところが、レオくんの素敵なところなのです」


 泣かないでと頬を撫でると、レオの大きな体で抱き締められる。心拍数が上がるが、顔を埋めた肩に落ちてくる涙に、カナエはレオの癖のある髪を撫でた。


「小さい頃を思い出すのです」


 もうすぐ1歳になるレイナの夜泣きが激しくて、3歳のレオも眠れないからと、部屋を別にした日、レオは震えながらカナエの部屋にやってきた。自分から入ることができなくて、ひっくひっくと扉の前でしゃくり上げているのに気付いたカナエが、自ら部屋に入れたのだ。


「しゃむいの」

「さむいのですか? おふとんをもっともってきてもらいますか?」

「だっこがいーの」


 それまでサナとレンと同じベッドで寝ていて、レイナもベビーベッドで同じ部屋にいたのに、急に一人にされたレオは、昼間は平気な顔をしていたが、夜になったら怖くなってしまったようだった。寝るときだけつけているおむつを確認してみると、濡れていて、カナエは手を引いてレオの部屋に行って、レオの着替えを手伝った。

 着替えてさっぱりとしたレオをカナエは自分のベッドに入れてやった。抱き締めると、ひっくひっくと嗚咽が止まらないながらも、しっかりとカナエにしがみ付いてくる。

 抱き締めて背中を撫でていると、レオはそのうちに眠りについた。カナエも温かなレオの体温につられるようにして眠りについた。


「南瓜頭犬には、お名前つけたのですか?」

「サナエちゃん!」

「おばさんと、カナエが混じっているみたいで不本意なのですが、レオくんがそれがいいなら仕方がないのです」


 一瞬渋面になってから、カナエは南瓜頭犬のサナエの頭を撫でる。


「レオくんと一緒に寝てあげるのですよ。レオくんを守るのです」

「びゃう!」


 泣いているレオに気付いて、カナエを呼びにきてくれるくらい賢い南瓜頭犬なのだ。これから先も、ラウリの大根マンドラゴラと共に、レオのことはしっかり守ってくれるだろう。

 額におやすみなさいのキスをすると、レオはもう涙を拭いていた。レオからも、おずおずと額にキスを返される。


「大好きなのです、レオくん」


 幼い頃からずっとずっとカナエが愛しくて可愛がってきたレオ。

 そのレオを泣かせた相手は許さない。

 裏で画策している輩がいるのならば、絶対に炙り出して見せる。

 カナエの標的には、オダリスとデシレー兄妹だけでなく、大好きな父のレンにしつこく付き纏う元師匠の女魔術師も入っていた。

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