3.レオの笑顔に陰りあり
ナホの義父のイサギが育てた人参マンドラゴラを、双子の女王の姉のローズとその伴侶のリュリュが気に入って、テンロウ領領主夫人も蕪マンドラゴラを育てるようになって、マンドラゴラ品評会が頻繁に王都で開かれるほど、マンドラゴラは貴族の高尚な趣味になった。
女王ローズの子どもたち、二人の息子と三人の娘は、それぞれにマンドラゴラを飼っている。ラウリが飼っているのは、大根マンドラゴラだった。大事にされている大根マンドラゴラは、特注で葉っぱにクリップでイヤリングを付け、ネックレスにブレスレットにアンクレットと、魔術具もしっかりと装備しているという。
テンロウ領主の王都の別邸は、ナホにとっては義父のエドヴァルドの実家のような場所なので、自由に寛いで使っていた。庭には、薬草畑があって、マンドラゴラも植えてある。
「うちのマンドラゴラは、ネットを張ってないと、脱走するんだよね」
「僕のマンドラゴラも、ナホさんのお父様からいただきましたが、とても元気で個性的ですよね」
王族のラウリは当然のように幼い頃から、魔術具を付けて身を守っている。生後すぐに呪いをかけられて死にかけてからは、ピアスの穴を開けて、耳から魔術具が外れないようにと常に付けているくらいだ。
国一番の魔術具製作者のレンから魔術具を作ってもらって、カナエも一式持っているのだが、魔術が暴走したときに壊れてしまうのが嫌で、魔術の暴走を抑えるブレスレットだけ常に身に付けて、他は持ってはいたが身に付けてはいなかった。
魔術具は壊れやすいものほど高性能なのだ。持ち主にかすり傷一つ負わせない作りでないと、最高級のものとは言えない。
「びぎゃ!」
「ぎゃー!」
「あ! 脱走しちゃダメだって言ってるでしょ!」
「蕪さん、よく太っているのです」
学校から帰ってお茶をする前に、畑を見回るのが習慣になっているナホにラウリが付いて行ったので、カナエもついてきてみたのだが、セイリュウ領で領主のお屋敷の薬草畑の管理を完全に任されていて、薬効があり過ぎる薬草を育てる才能があるイサギの娘であるナホも、同じく薬草を育てるのが上手い。ネットから脱走したマンドラゴラをナホとラウリが手際よく捕まえて、土の中に戻す。
薬草学も一応は習っているのだが、カナエには見分けの付かない薬草が多かった。
「蕪マンドラゴラの葉っぱは滋養強壮に、人参マンドラゴラの葉っぱは栄養豊富で胃腸に効くの、大根マンドラゴラの葉っぱは頭痛や腹痛の鎮静剤になるの」
「蕪さんと人参さんと大根さんと追いかけっこして遊んだ記憶はありますが、その辺はよく覚えてなかったのです」
「カナエさんが勉強が苦手なんて、思いもよりませんでした」
リューシュが言いふらしたせいで、セイリュウ領のカナエは、コウエン領のリューシュよりも成績が悪いことが王都の魔術学校中に知れ渡ってしまった。一年生のラウリが知っているとなれば、レオにまで知られてしまったに違いない。
ずっとお姉さんとして、レオを可愛がってきたカナエにとっては、それはプライドに関わる問題だった。そのせいで、帰ってからおやつの準備をしに厨房に行ったレオを追いかけることができず、ナホに薬草を教えてもらいながら畑を散歩する羽目になった。
「カナエちゃん、このマフィン、俺が焼いたんやで。ミルクティーと一緒にどうぞ」
「熱々です……レオくん、お料理上達しましたね」
「俺は薬草の調合もせなあかんから、お菓子の材料を測ったりするのは、練習になってええで」
気にしているのはカナエばかりで、畑の見回りを終えてリビングに戻ると、レオはいつも通りにおやつを勧めてくれた。隣の椅子に座ってにこにことカナエが食べるのを見ているレオ。チョコの練り込まれたマフィンは、焼き立てで、吹き冷まさなければ食べられない。バターの良い香りとチョコのほろ苦さがミルクティーによく合う。
「美味しいのです……カナエは、恥ずかしいのです」
魔術の才能があると言われて、天狗になっていたことは否めない。実技はできるから努力もせずに、勉強を疎かにしていた。セイリュウ領の魔術学校ならば、その程度でそこそこの成績は取れるのだが、王都の魔術学校はやはりレベルが違う。
王都の魔術学校で学んでこいと言った、領主で義母のサナの言葉が、今更ながらに染み渡る。
「無知の知、って言うやん? 自分が無知やったってことを知るのも、立派な学びやって、カナエちゃんはなんも恥ずかしくないよ」
「レオくん……勉強のできないカナエでも、好きでいてくれますか?」
「大好きや!」
明るくにこやかなレオに、カナエは救われる思いだった。無邪気な笑顔に陰りが見えて、カナエはかなり上にあるレオの顔を見上げた。
――レオ様に勉強を教えて差し上げましょうかしら、元婚約者様はわたくしよりも成績が悪いようですから
「あのリューシュという女が、レオくんに変なことを言ってきませんでしたか?」
気になるのは、リューシュの言っていた台詞だ。あの後で、授業を受けて、テンロウ公爵の別邸に帰るまでの間に、リューシュがレオと接触した可能性はある。言いにくそうに言葉を探していたレオが、ミルクティーのカップを持って、その濁った水面に視線を落とす。
「落第したのは気にせんでええって……本当の年齢を言えばええって言われたんやけど、俺、11歳やて言うても信じてもらえへんねん」
「僕の兄様のユーリと同じ年に生まれているから、間違いなくレオくんは11歳ですよって、僕が説明しても聞いてくれないし……」
落第したと言いふらされて嬉しいはずもなく、落ち込んでいるレオに、カナエはその大きな手をぎゅっと握り締める。身長差が20センチを超えても、カナエにとってはレオは這い這いしてカナエを追い駆けてくれた小さな頃と同じく、大事な可愛い存在だった。
「カナエが、あの女はやっつけてあげます!」
「決闘は禁止だよ。私闘も禁止。王都の魔術学校は、貴族様が多いお上品な場所だからね」
「勉強で見返すのです!」
気合を入れるカナエに、ぽつぽつとレオが語る。
「レイナちゃんもおるから、もうお父ちゃんとお母ちゃんのお膝に乗るのはおかしいって分かってるんやけど、お母ちゃんに『強化魔術かけてるから、抱っこしても構わへんのやけど、前が見えへんのや』って言われて、ショックやったんや!」
幼年学校を卒業したばかりのレオはまだ11歳で、甘えたの男の子で、母親の膝に乗りたいときもある。父親のレンは長身でがっしりして、レオにそっくりなので問題なく膝に乗せてもらえるのだが、母親のサナは小柄で華奢で、体付きは16歳のカナエよりも少し大きいくらいだった。
「お父ちゃんに似てしもたのがあかんかったんやろか」
「カナエも、レオくんを抱っこできますよ!」
強化の魔術は得意だから筋力を強化してレオを抱き上げると、へにょりと嬉しそうに笑う。11歳という年齢よりも中身は幼いくらいで、甘えん坊なのに、身体ばかり大きく育ってしまったレオの誤解を解かなければいけない。
ひとに話を聞いてもらうには、まず、相手に自分を見てもらわないといけない。リューシュはカナエではなく、幻想のレオばかり見ている。
やはり、成績で勝って視界に入るしかないのだとカナエは思い込んでいた。
「女は子どもを産む。乳もやらねばならん。その期間、領主の座を空席にするなど、信じられん」
「ですが、お父様、セイリュウ領のサナ様は領地を富ませていますよ」
「女子供が口出しをするでない。あれは、生意気な小娘が、我が領地の魔術具製作者を誑かしただけのこと。女王に女領主……この国はどうなっているのか」
コウエン領主の王都の別邸では、娘から報告を聞いた父親の領主が、成績など見もせずに、セイリュウ領の悪口ばかりを言っていることを、カナエはまだ知らない。
「わたくしは、次の領主に……」
「お前は、セイリュウ領の魔術具製作の才能のある長男を落とすことだけを考えろ。魔術具で、コウエン領も必ず豊かになるだろう」
「わたくしは……」
結婚のための道具でも、領地を富ませるための道具でもない。
魔術師としての才能が一番ある子が女の子だと知ったときに、父の領主は「なんだ、女か」と落胆した。それ以来、認められようと努力しても、リューシュを見てもらえることはなく、最初は王子のラウリ、次はセイリュウ領領主の息子のレオと、結婚相手ばかりを探される。
「ナホ様には届かないけれど、わたくし、良い成績をとりましたのに……」
レオを口説き落とせとだけ命じて去っていく父親は、娘を振り返りもしなかった。
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