29.思春期の悩み
秋生まれのリューシュは17歳になった。コウエン領の民族は、褐色の肌で背が高く、体付きが豊かなのを特徴とする。テンロウ領や王都の民族は、色白で色素が薄く、背の高いものが多い。セイリュウ領とモウコ領の民族は似ていて、小柄で、肌の色も黄色に近く、髪や目の色も濃いものが多い。
前領主の一族なので、他の領地の血も入っていると思われるカナエは、髪は栗色で目は緑がかっていた。それでも、しっかりとセイリュウ領の血は引いているようで、背丈は低く、体付きも細身で肉付きが良くない。
魔術学校の入学や新旧の時期が4月で、カナエは年度の最後の3月生まれだから自分が小柄で胸も小さいのだと自分を慰めていた。しかし、リューシュの体付きを見た後で、年末にセイリュウ領に戻ると、落ち込まざるを得ない。
「おばさん……カナエは胸が大きくなりますか?」
唐突な娘からの問いかけに、セイリュウ領領主のサナは固まってしまった。
「カナエは、背が高くなりますか?」
「背は、伸びるかもしれへんね。ツムギは背ぇ、高いから」
「胸について、答えていませんよね?」
追及されて、サナは目を反らす。主に着物を着ているサナは、レンよりもずっと小柄で、胸も大きくはない。肌の色は白いが髪と目は真っ黒で、いかにもセイリュウ領の容貌をしている。
「胸は、大きなくても、お乳は出るで!」
「慰めになっていないのです……」
サナもカナエの血縁ではあるのだが、血統的にはツムギが叔母にあたって、一番近い相手になる。すらりとして背の高いツムギは、劇団で男役をやっているくらい、胸に膨らみはなく、身体も丸みがなく引き締まっている。
「カナエの胸は、絶望的なのですか……」
せめて標準くらいまでは胸が欲しい。
抱き締めると肋骨が刺さると言われるような体付きは、劣等感でもあった。魔術学校を出れば結婚が決まっているリューシュは、研究過程には進まないようだが、カナエは研究過程に残って、王都の魔術学校に通い続ける。
「リューシュちゃんの結婚まで、後一年くらいなのです」
「領主の結婚やから、華やかやろうね。カナエちゃんはドレスで出たい? お着物にする?」
「カナエも、出て良いのですか?」
「あかんわけないやろ。カナエちゃんはセイリュウ領領主のうちの娘やし、リューシュちゃんの親友や」
着物とドレス。
どちらが良いか、年頃のカナエにはすぐには決められない。体型的に着物も良く似合うと言われるが、ドレスで華やかに行きたい気持ちもある。
どうせならばレオと合わせようと、一年以上時間はあるのに気が早く訪ねたレオの部屋で、彼もまた悩んでいた。
「背が、また伸びてる……」
「俺も15歳くらいまでに一気に伸びて、その後はほとんど伸びてないけん、似てるんやろうねぇ」
「お父ちゃん、これ以上大きくなってしもたら、俺、カナエちゃんに怖がられへんやろか」
「カナエちゃんはレオくんの外見で態度を変えるような子じゃなかよ」
父と息子が話し合っている様子を微笑ましく見ていると、「カナエちゃん、どうして入らへんの?」と声をかけた来たのは、お茶セットを持ったレイナとサナだった。そろそろおやつの時間なので、カナエがレオの部屋に行ったのを確認して、レオの部屋でみんなでお茶をするつもりだったのだろう。
暖かい緑茶とお煎餅でおやつにする。レオには固焼きの醤油煎餅の他に、ふわふわの赤ちゃん煎餅も置いてあった。
「これ好きなんや。ジャムつけても美味しいんやで」
落ち込んでいたのはどこへやら、にこにことふわふわの煎餅を手に取ってジャムを付けてお茶と食べていたレオが、ふと真面目な顔になった。
「お父ちゃん、俺、この前、気付いたんやけどな」
「どうしたとね、レオくん」
「俺とレイナには、お父ちゃん要素があらへん」
真剣に告げたレオに、ぶふぉっとサナがお茶を吹き出した。
「汚いのです、おばさん」
「ちょっと、レオくん、鏡、鏡」
「ほへ?」
サナのツッコミにさっと手鏡を取り出したレイナがレオの前に鏡を広げる。そこに映っているのは、レンとそっくりの顔だった。
「お父ちゃんやん!? そっくりや!」
「気付いてなかったんか?」
「お父ちゃんはコウエン領の訛りやのに、俺もレイナもセイリュウ領の訛りで、似とる要素が全然ないと思うてた」
「鏡見るまで気付かへん、おっとりさんな可愛いところも、そっくりなんやけどなぁ」
父の要素を自分たち兄妹が引き継いでいないかもしれない。そんな悩みは一瞬で解決してしまったが、レオは伸び続ける身長にまだ悩んでいた。
「誕生日に貰った着物の丈が短くなってきたような気がすんねん。あれ、夏物やろ? 来年の夏には着られへんのやろか」
「丈は伸ばせるようにしてるから、平気やで。いっぱい食べて、レオくんは伸び伸び大きくなったらええ」
「お母ちゃん、うちはあんまり伸びへんのやけど」
「それは、うちの血を引いてしもたから、しゃーないな」
ツムギのように長身になりたいレイナと、12歳なのに大きくなりすぎていないか心配なレオ。
「カナエの悩みも、こんな感じなのでしょうか」
どちらもカナエには可愛い悩みに思えるし、気にすることではないと思ってしまうのだが、レオもカナエが悩みを打ち明ければ同じ反応をするのか。胸が大きくないなどという悩みを口に出せはしなかったが、少しだけカナエは安心した。
冬休みの間に、ナホと約束をして、コウエン領のリューシュの元を訪ねたときに、女同士なら良いだろうと、カナエは二人に相談してみた。
「カナエは、胸が小さいし、背も低いのです」
「3月生まれだから、成長が遅めなのは仕方ないよ」
「サナ様も小柄ですが、とてもエキゾチックで美しいと有名ですのよ」
「おばさん、美しいって有名なのですか!?」
幼い頃から見慣れた顔で、特に気にしたこともなかったが、サナは美しい部類に入るとカナエは初めて知った。サナによく似ている娘のレイナは、可愛い顔立ちをしているが、性格がきついので、モテるという話は聞いたことがないし、サナも家族以外には非常に厳しい性格をしているので、口説かれている様子など見たこともない。
「胸は、私も大きくないみたいだけど、ツムギ叔母さんみたいになりたいから関係ないかな」
叔母のツムギも、叔父の妻のジェーンも、細身で胸は大きい方ではない。
「わたくしは……胸が大きいのは、じろじろ見られたりして、あまり嬉しくありませんのよ?」
「大きいとそれなりの悩みがあるわけだ」
「ジュドー様も気にしてくださって、露出の少ないドレスを心掛けてくださいますし」
話題がジュドーのことになると、リューシュは嬉しそうに頬を染めている。
そんなリューシュにも、悩みがないわけではないようだ。
「ジュドー様が、キスもしてくださいませんの……お茶をしたり、二人きりで話をする場面は多くなったのですが、いつの間にか仕事の話になっておりますし……」
女性的な魅力でジュドーを誘惑したいわけではないが、せめて手を繋いだり、ハグをしたり、頬や額にキスをしたりして欲しい。17歳の恋する乙女としては、当然の要求だろう。
「リューシュちゃんは無理やりに結婚させられそうになったりしたから、気にしてくれているのかもしれないね」
「リューシュちゃんから、キス、してみたらどうですか?」
「そ、そんな、はしたない」
真っ赤になってしまったリューシュに、カナエは想像してみる。
自分からレオの頬にキスをする。
想像の中で、どれだけ背伸びしても、届かない時点で、カナエはぐったりとしてしまった。
「参考に、ですけれど、ナホ様はキスをしたことがありますの?」
「ラウリくんが3歳のときに、ぎゅーって抱き付いてきて、そのままキスされたことがあるよ」
「それは、ノーカンで」
「それだったら、カナエも、レオくんが6歳までは、おやすみなさいのキスを額にしていたのですよ」
カナエの言葉に、リューシュがそっと額を押さえた。
リューシュも女性としては長身だが、ジュドーも非常に背が高い。額へのキスは一番可能性があるし、想像しやすかったのだろう。
「ジュドー様、おやすみなさいのキスをしてください」
その夜に、食事を共にして帰っていくジュドーに、リューシュは声をかける。
「レオくん、ソファに座ってください」
ソファに座らせたレオの額に、カナエは前髪を持ち上げて、唇を寄せた。
「ラウリくん、お休みが言いたくて、きちゃった」
移転の魔術でラウリの部屋に現れたナホは、自分よりも小柄なラウリをぎゅっと抱き締めた。
乙女たちの恋路はじりじりと進んでいく。
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