28.猫が飼いたい12歳
テンロウ領の王都の別邸の薬草畑から、「びにゃー」と甲高い声がし始めたのは、年末の試験も迫った頃だった。寒くなって来たので、マンドラゴラも収穫し終えた薬草畑は、次の種植えに備えて土を休ませている時期だった。
何も生えていないはずの畑に蹲って、土から栄養を取ろうとしているのは、立派に育ったスイカ猫だった。既に尻尾のようになっている蔦が切られているので、収穫済みなのだろう。
「こんなに寒いのに、お外におったら凍えてまう」
敷地内とはいえ暗い外は怖いので、カナエの後ろにくっ付いてはみ出しながらもおっかなびっくりだったレオが、スイカ猫を見つけて抱き上げる。「ぎにゃん」と鳴きながらスイカ猫は暖かいのか、レオの胸に顔を擦り付けた。
「かわええ……」
大事に屋敷にスイカ猫を連れ帰る様子に、カナエはレオが小さな頃のことを思い出していた。
まだ幼年学校に入ってすぐの頃に、レオはナホの家でスイカ猫と南瓜頭犬とススキフウチョウが飼われているのを見て、猫に憧れを抱いてしまった。薬草畑にナホの両親のイサギとエドヴァルド夫婦が来るたびに、一緒に来ているスイカ猫のタマを可愛がった。
そんなある日、レオの様子がおかしかった。
季節は夏に差し掛かり、スイカ猫が薬草畑ではよく育っている。
「厨房からレオくんが気付かれてへんと思って、こっそり牛乳を持って行ったらしいんやけど」
「飲みたかったのでしょうか?」
「俺とサナさんが部屋に入ろうとすると、珍しく『はいったらあかーん!』って叫ぶとよ。反抗期やろか」
サナに対してだけは万年反抗期なカナエと違って、幼年学校にカナエが入学してしまったときに脱走したくらいで、レオは活発だが良い子だった。子どもはみんな反抗期を経験するものだが、反抗期の先輩として、せめて大好きなレンには反抗しないようにと、アドバイスをしようとレオの部屋にカナエは行った。
遠慮なくドアを開けて入ると、レオが部屋の隅で泣いている。
「レオくん、どうしたのですか!? どこか痛いのですか!?」
駆け寄ったカナエに、レオはぐしゃぐしゃの泣き顔で腕の中のものを差し出した。床には平皿に入れられた牛乳が置いてあるのが、カナエの視界の端に入る。
「薬草畑から、盗んでしまったのですか?」
「おれも、ねこちゃんが、ほしかってん」
ぼろぼろと涙を流すレオの腕の中では、スイカ猫がぐったりしている。
大急ぎでカナエはレオの手を引いて、薬草畑のイサギの元にスイカ猫を届けた。
「蔦を切ってしもたんか。今が成長の時期やから、葉っぱから栄養が取られへんくなったんやな」
緊急性に気付いたイサギは、エドヴァルドと栄養剤を作ってくれて、水と一緒にスイカ猫に飲ませた。エドヴァルドが丁寧にレオとカナエに説明してくれる。
「スイカ猫は、蔦の尻尾が葉っぱや根に繋がってる間は、そこから栄養を取るんですよ。切ってしまうと、水と栄養剤でしか栄養が取れずに、大きくなれません」
「イサギにいちゃんのは、いつもげんきやから、だいじょうぶやとおもうてた。それに、ともだちは、ねこちゃんはミルクをのむんやて」
「あーそれは、普通の猫ちゃんやな。これはスイカ猫やからなぁ」
日常的にスイカ猫に触れあっているレオは、普通の猫を知らず、友達の方は猫と言えば普通の猫しか浮かばず、会話はすれ違っていたようだ。ぐったりしたスイカ猫は一命をとりとめたが、その後、大きくなれないままに、売りに出されることが決まってしまった。
「おれが、こうたらあかんの?」
「飼うには育ってないから、常に栄養剤と水が必要で、小さなレオさんの手には負えません」
「おれが、しっぽきって、さらってしまったからか?」
「スイカ猫は薬剤にもなる、貴重な薬果の一種や。どうしても飼いたいんやったら、お父ちゃんとお母ちゃんの許可がないとあかんで」
飼うために育てられたわけではない上に、成長途中で尻尾を切り離されたスイカ猫は、長くは生きられない。
命の重みを知って、レオは出荷されるスイカ猫を見て泣き喚いた。
あまりの泣きっぷりに、サナが飼うためのスイカ猫をイサギに育ててもらおうとしたが、レオは受け入れなかった。
「おれがしてしもたことは、とりかえしがつかへん。おれに、ねこちゃんをかうしかくはないんや」
あの日以来、レオはスイカ猫が飼いたいと言ったことはない。
テンロウ領の王都の別邸の薬草畑で保護されたスイカ猫は、良く肥えていて、良く育っていた。誰かが買ったものなのだろうが、脱走して来たらしい。
「ナホちゃん、栄養剤の作り方教えてや」
「任せて」
以前に蕪マンドラゴラの栄養剤を作ったので、作り方は覚えている。カナエも手伝って栄養剤を作って、水も飲ませれば、スイカ猫はすぐに元気に屋敷の中を歩き回るようになった。足元に擦り寄るスイカ猫に、レオが目を細める。
「かわええなぁ。お前、どこから逃げてきたんや?」
「お店だったら、困っていると思うのです」
店から逃げ出したものを飼うわけにはいかない。それならばお金を払って、正規の所有者になろうと、翌日に学校が終わった後でレオがカナエと近くの薬草市場に行ってみると、意外な答えが返ってきた。
「スイカ猫は昨日、全部売り切れたんだ」
「では、買った人が分かりますか?」
「どうだろうなぁ。何人もいたからなぁ」
市場の担当のものと話している間に、見知らぬ老人がレオとカナエに近付いてきた。どうやらレオの抱いているスイカ猫が目当てのようだ。
「そのスイカ猫、売ってくれないか? 昨日買ったんだが、逃げ出してしまって」
「もしかして、この子……?」
「そのスイカ猫は拾ったものなのかい?」
高熱を出して、嘔吐して、何も受け付けない幼い孫のために、食べやすく薬効もあって、栄養価の高いスイカ猫を昨日買い求めたという老人。逃げ出してしまったので、有り金をはたいて、もう一匹買うつもりで市場に来たら、売り切れを知らされたのだ。
「猫ちゃん、食べてしまうんか?」
「他のものでは駄目なのですか?」
「そのスイカ猫は、セイリュウ領のイサギ様から仕入れたもので、他の物とは薬効が全然違うのだよ」
「ま、マンドラゴラとか……」
「マンドラゴラは高すぎて手が出ない」
一瞬、レオとカナエの頭をナホが育てていたマンドラゴラが過った。良く育って収穫されたマンドラゴラは、保管庫に残っていたはずだ。
「レオくん、マンドラゴラをナホちゃんから分けてもらうのです」
「カナエちゃん……考えてくれてありがとうな。でも、このスイカ猫はお返しするわ。おじいちゃん、お孫さん、お大事にな」
カナエの提案に礼を言いながらも、幼い日には泣いて嫌がったレオが、あっさりとスイカ猫を老人に渡す。老人は何度も頭を下げて、スイカ猫を抱いて家に戻って行った。帰り道、レオは落ち込んでいたが冷静に話す。
「流行り病で、確かにマンドラゴラの方が効きがええかもしれへんけど、スイカ猫の方が喉を通りやすいのは確かや。嘔吐してるなら、水分補給にもなる」
「良かったのですか?」
「良くない……けど、あのおじいちゃんは、お孫さんのために、スイカ猫を買うたんや。あのスイカ猫は俺のやないし、スイカ猫は救って、マンドラゴラは差し出すやなんて、なんかおかしいやろ?」
スイカ猫も、マンドラゴラも、同じ知性を持った植物で、どちらかを生かすためにどちらかを差し出すのは、確かに理に合わない。それに、薬効のあるスイカ猫を、病気の子どもに食べさせるのは、薬果として正しい使い方とも分かっている。分かっていても、悲しいのか、レオの目が潤んでいるのをカナエは見てしまった。
体は大きく大人ぶっていても、レオはまだ12歳なのだ。
家に帰ってからも「猫ちゃん……」と呟いて落ち込んでいるレオに、カナエは思い付いてナホに相談しに行った。心得たように、ナホは準備していた小さな紙袋をカナエにくれた。
「レオくん、これ、見てくださいなのです」
「これは……?」
リビングで放心しているレオの元に行って、カナエは紙袋を見せる。紙袋の中に入っているのは、平たくて細長く丸い黒い種が数粒。
「スイカ猫の種をナホちゃんから貰いました。これを、カナエと一緒に育てましょう」
一匹目のスイカ猫は、無断で盗んで、飼える状態ではなくしてしまった。
二匹目のスイカ猫は、迷い込んできただけで、レオのものではなかった。
「自分で育てたスイカ猫、最後まで責任を持たなければいけないのですよ」
植える段階から、飼えるように育てるには大量の栄養剤も良い土も必要とする。何匹も植えても、育ちの良いもの以外は、間引かなければいけない場合もある。スイカ猫を飼えるように育てるのは、決して簡単ではない。
全てをクリアすれば、レオは良い飼い主になれるのではないかとカナエが種を渡すと、大きな体でがばりと抱き締められる。急に抱き締められて胸がどきどきしたが、レオが顔を埋めるカナエの華奢な肩に、ほとほとと熱い涙が零れ落ちて来て、カナエはレオの癖のある髪を撫でた。
「ありがとう、カナエちゃん……俺、頑張る」
「薬草学の勉強にもなると思うのです。一緒に頑張りましょうね」
来年の夏に向けて、レオとカナエには一つ、課題が増えた。
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