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27.歴史の頁をめくって

 セイリュウ領とコウエン領の領民の喋りには、それぞれ独特の訛りがある。テンロウ領を元にするアイゼン王国の王都の民族と違うから言語学的に違うという説と、領地を分けた遥か昔に領民が勝手に別の場所に行かないように喋り方で分かるようにしたという説がある。

 古風なサナやその周囲の人間はそういう喋り方をするし、領民も訛りのある喋り方をするものが多いが、近年はセイリュウ領でも王都で話されているような訛りのない喋り方をするものも少なくない。コウエン領でもリアムは訛った喋り方をしているし、コウエン領出身のレンもジュドーも同じ喋り方をするが、教育されているのか、リューシュやライラは訛った話し方はしない。


「レオくんは、お父さんがコウエン領の喋り方で、おばさんがセイリュウ領の喋り方なのに、どうして、セイリュウ領の喋り方になったのですか?」


 秋になって夏休みが終わり、魔術学校が再開した昼休に、お弁当を食べているときに、ふと疑問に思ったことを口にすれば、レオも初めてその事実に気付いたようだった。


「そうや、俺、なんでお母ちゃんと同じ喋り方で、お父ちゃんと同じやないんやろ」

「レイナちゃんもそうですよね」

「あかん!? 俺とレイナの兄妹、お父ちゃん要素ないやん!?」

「レオくん、顔がそっくりなのを忘れているのです」


 衝撃の事実に気付いたレオに、カナエがツッコミを入れて、ナホがそういえばと口を開く。


「イサギお父ちゃんも同じ喋り方だけど、モウコ領に行ったお祖父ちゃんや、ツムギ叔母さんは訛ってないんだよね」


 劇団を率いるトップスターの舞台役者であるツムギは、台詞を口にするので訛りがないように練習したのだろうが、イサギの娘であるナホは訛っていない。


「ナホちゃんはどうしてイサギさんの喋り方が移らなかったのですか?」

「私は、実の両親が王都から逃げてきたみたいで、その後に拾われた窃盗団でも色んな領地のひとがいて、喋り方がセイリュウ領式ではなかったからかなぁ」

「そういうカナエさんも訛っていませんよね」


 指摘されて、カナエは考え込んでしまった。

 実の両親からは、次の領主になるかもしれないから、敬語で話すようにと叩き込まれたのを朧げに覚えている。それが癖になってしまっていたのと、サナに妙な反抗心があって、サナと同じ喋り方をしたくなかったのが混じって、今のカナエを作り上げている。


「そもそも、セイリュウ領とコウエン領だけ、訛ってるのはなんでなのでしょう」


 色々な説があるが、その疑問に関する答えはまだ出ていなかった。

 女性の女王が嫌がられるのも、何世代か前に宰相を寵愛して国を傾けた女王がいたからだった。それを他の領地の領主が奮起して宰相を遠ざけ、正気に返った女王はその後の人生は国に捧げて生きたとされている。


「セイリュウ領って、なんで『セイリュウ』なのですか?」


 紋章が青い狼のテンロウ領は、『天狼』を名前の由来とする。虎の紋章のモウコ領は『猛虎』が由来だ。


「コウエン領は炎の紋章で、『紅炎(プロミネンス)』が由来と言われてるね。セイリュウ領は……」


 答えを教えてくれようとするナホを、ラウリが少女のようなほの赤い唇に指先を当てて止めた。黒い瞳は、悪戯に微笑んでいる。


「図書館に、行ってみませんか?」

「俺も、由来知らへんわ。カナエちゃん、調べてみよ」


 領主になるのならば、領地の名前の所以くらい知っておいた方がいいに決まっている。お弁当を食べ終わってから、残りの休み時間に、カナエとレオとナホとラウリは、魔術学校の図書館に行った。

 壁一面が本棚になっていて、スライドさせて動かせる梯子で天井近くの本も取れるようになっている図書館。中央にあるテーブルや椅子は、魔術学校に在学している生徒や教授ならば誰でも使っていいことになっているが、飲食は禁止だった。二階建ての図書館は、二階も同じ作りで、ぐるりと壁が本棚になっていて、中央に閲覧用のテーブルや椅子がある。

 歴史の本棚に登ってみると、セイリュウ領の歴史を綴った本が見つかって、カナエはそれを取り出して、テーブルで広げた。


「『清流』! そうか、水が豊かな土地やからな」

「あのよく分からない紋章は、流水なのですね」


 謎が解けたのは良かったが、まだ知りたいことがあって、カナエはその本を貸し出し手続きをして、鞄に入れた。

 午後の授業が終わって、家に帰ってから、宿題のついでに、その歴史書を読んでみる。かなり新しいその本には、代々の領主やその政治だけでなく、サナのことも書かれていた。


「おばさんが、本に載っているのです」


 歴史とは古い時代のことを知るためのもので、それが今生きている人間に繋がっているという知識はあったが、実感はなかった。しかし、実際にサナの行った政治が載っているのを読んでいると、カナエは自分が歴史の中に生きているのだと感じられた。


「セイリュウ領は、水が豊富で、畑の実りも豊かですが、その分、川が氾濫したときには大変なのですね」


 治水事業を何年前のどの領主が手掛けたか。そのおかげで、サナが進めてきた薬草畑の拡大にどれだけ役に立っているかなど、読んでみると知らなかったことばかりだった。

 勉強は好きではないし、実践の方が性に合っているカナエだが、領主として実際に知っているサナの載っているその歴史書は抵抗なく読めた。そこにも、セイリュウ領の訛りは、民族が違う説と、領地を分ける際に逃げ出したものがすぐに分かるようにする説が載っていて、答えは出ていない。

 特にそれが知りたいわけではないが、カナエにとって、その疑問を元に手に取った本は一つのきっかけとなった。

 週末に進路相談のために、カナエはレオと共にセイリュウ領の屋敷に戻った。持って行ったのは、図書館から借りた本である。


「この本におばさんのことが載っていたのです」


 15歳で領主になって、すぐに魔術学校を建設したこと。幼年学校の給食費を無償にして、働き手として子どもを使わずに、一食が浮くと教育に向かわせるように促したこと。魔術学校では貴族や富裕層以外の成績優秀者には、学費免除制度を作ったこと。

 23歳で結婚してからは、魔術具製作者を育てる工房を建てたこと。魔術具や医学の発展のために、領地に薬草畑を作り、そこで雇用を増やしたこと。

 出版が5年前なので、その辺りまでしか書かれていなかったが、カナエにとっては話で聞いて知っていたが、細かな年代や説明までは本を読むまで理解していなかった。


「歴史の本やろ? うちが健在やからええように書かれてるかも知れへんけど、百年後には、全く違う評価を受けてるかも知れへん」

「おばさんは、怖くないのですか? おばさんのしたことが、後世の人間に評価されるのですよ?」

「どうやろな。うちは、その時その時に最善と思うことをしとる。他の誰かに任せることはできん、うちが責任を持って進める事業や。それで百年後にボロボロにいわれてても、目の前のひとが幸せやったら、うちはどうでもいい……というより、それ以上できへんやろ」


 未来が見えるわけではないのだから、先の先まで見通して、評価を恐れて足を踏み出すのを躊躇っている間に、飢えて死んでいくひとたちがいる。境界線の魔物退治だって、手を打つのが遅すぎたくらいだった。


「カナエちゃんは、領主になるのが、怖なったんか?」


 歴史書に名前が残る。

 領主となれば当然のことなのだが、まだ存命で現役で領主をしているサナですら、歴史書に名前と行った政治が載っている。


「領主の仕事は、おばさんを見ていれば分かると思っていました。甘く見ていたのは確かなのです」

「実践で鍛えていくのも悪ないけどな。うちも15歳で領主にされて、叔父さん以外味方もおらんで、手探りでやっていく他なかったし」

「おばさんは、学ぶ時間がなかったのです。カナエには、学ぶ時間があるのです」


ーー行けなかったのと、行けるのに行かないのは、ちょっと違うかな


 ナホの言葉が今更ながらにカナエの胸に突き刺さる。


「過去の領主の過ちも、成功も、カナエは学ぶ時間があるのです」


 歴史学を研究過程で専攻したい。

 特に各領地の歴史を学びたい。

 5年生の秋、カナエにも進みたい道が見つかった。

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