26.マンドラゴラは喋るのか
決闘騒ぎでラウリと大根マンドラゴラが話し合っていた様子に、ナホは気付いたことがあった。『死の絶叫』だけでなく、耳をつん裂くような声で鳴くマンドラゴラは、話しかけるとそれなりに返事もするし、意思もなんとなく通じている気がする。先日の決闘では、ラウリは大根マンドラゴラと意思疎通ができていたような気がするのだ。
「ラウリくんって、もしかして、大根さんと喋れるの?」
「マンドラゴラ語があるのかどうかは分かりませんが、大根さんの言うことはなんとなく分かります」
「ぎょえ! ぎゃおぎゃお」
呼ばれて大根マンドラゴラがラウリの足元にやってくる。母親のローズが飼っている人参マンドラゴラも妊娠が分かった途端に、食欲のないローズのために生えなかった頭の葉っぱを生やして、「これを!」とばかりに差し出したという。
「僕は生まれてすぐに死にかけて、蕪マンドラゴラのエキスで命を取り止めたんですよね」
「イサギお父ちゃんと、エドヴァルドお父さんの作った薬液だね」
「そのせいか、マンドラゴラたちが僕のことを心配してくれているようで、大事にしてくれるんですよ」
相手が自分を大事に思ってくれているとなると、ラウリの方もマンドラゴラが可愛くなってくる。喋り出す前から一緒にいて毎日のように過ごすうちに、大根マンドラゴラが何を言っているか、分かるようになったのだ。
「すごい才能だね。私にもできるかな?」
「ナホさんの畑のマンドラゴラもとても個性的でよく育っています。きっとナホさんもできると思います」
マンドラゴラ語が喋れれば、『死の絶叫』を浴びずにマンドラゴラを採取することも、気に入らない相手に売られるマンドラゴラと交渉することもできる。薬草学の授業にマンドラゴラ語がないのは、マンドラゴラにそれほど知性があるとは思われていないからだろう。
よく考えてみれば、喋ったり忠義心を見せたりするマンドラゴラは、養父のイサギが育てたものばかりで、ナホもその技術を受け継いでマンドラゴラを大きく育てているが、天才と言われるイサギには敵わない。
そんなイサギも、マンドラゴラ語については、研究していなかった。
「イサギお父ちゃんのマンドラゴラをローズ女王陛下が飼うまで、マンドラゴラってそんなに注目されてなかったんだよね」
「そうみたいですね。薬剤や栄養価の高い料理の材料として有効とは分かっていても、栽培が難しくて採算が取れない場合が多かったようで」
それが、今はマンドラゴラブームで、貴族はよく育ったマンドラゴラを飼うのが高尚な趣味になっているし、マンドラゴラの薬効も見直されて来た。
「マンドラゴラ語、研究過程に進んだら、研究してみようかな」
「僕も興味があります。大根さん、協力してくれますか?」
「びゃい!」
ビシッと敬礼する大根マンドラゴラは、やる気満々だった。
休みを利用して王宮の図書館を使わせてもらって、帰る前にローズに挨拶をしに行くと、ラウリの大根マンドラゴラが、ローズの人参マンドラゴラに膝枕をされて、撫でてもらっていた。人参マンドラゴラは長く生きていて、大きさも大根くらいになっているので、ラウリの大根マンドラゴラからすれば、兄か姉のような存在なのだろう。
「リアムの件、聞いたぞ。大根も、ラウリも頑張ったようだな」
「大根さんは勇敢に戦ってくれました。最終的には、リューシュさんがけじめをつけられて良かったと思います」
「そうか。ナホ、決闘場を作る結界を張ってくれたのだと?」
「ジュドーさんが一緒でしたから」
「ラウリくんも、ナホさんも、まだ若いのに本当に頼りになりますね。赤ちゃんが生まれたら、良き兄、良き姉としてよろしくお願いします」
食欲のないローズのために葉っぱを生やして捧げた人参マンドラゴラは、また葉っぱがなくなっているがムチムチ艶々として健康そうだ。ラウリの父のリュリュは、ローズのために毎日食事を準備している。
晩ご飯を食べていくかと問われて、久しぶりに父の手料理を食べたいと、ラウリはテンロウ領の王都の別邸に連絡を入れて、晩ご飯を食べてから帰ることを伝えた。
チキンソテーとミルクスープとパンとサラダの食事は、ラウリは小さい頃から食べていた父の味だった。
「セイリュウ領の食事は、王都とは少し違うと言いますね」
「お魚を干したものや、昆布、鰹節でお出汁をとって、お醤油や味噌で味付けしますね」
「こちらではあまり使わぬものだな。リュリュが来るまでは、王宮の食事も酷いものだった」
味の付けられていない茹でただけの野菜と、塩胡椒で焼いただけの肉、それにパンがつけば良い方で、揚げたじゃがいもが主食のことも多かった。王妃を出産で亡くしてから、食にも政治にも興味がなくなってしまった前国王のせいで、王宮の厨房は完全に廃れてしまっていたのだ。
それを変えたのが、リュリュだった。初めての妊娠に気付かずに食欲がなくなったローズのために、厨房に入り込み、料理を始めた。王家と近しいテンロウ領からレシピを取り寄せて、暖かく美味しい料理を作った当初、ローズは驚いていたものだった。
「野菜に味がついておるぞ!?」
「お気に召しませんでしたか?」
「美味しい。リュリュは天才なのか!」
褒められて肉もソースに付けて柔らかく焼き上げたり、ワインでにこんだりするうちに、ローズはリュリュの作ったもの以外食べなくなった。王宮の厨房の料理も格段に美味しくなって、ダリアが「わたくしはあんな不味いものをずっと食べていたのですか」と膝から崩れ落ちたのも良い思い出。
王宮の料理の質が上がれば、貴族の料理も質が上がり、庶民まで美味しい料理が行き渡る。王都に料理革命を起こしたリュリュは、密やかに崇め奉られているなど知るはずもない。
「ナホさん、セイリュウ領の料理も教えていただけますか?」
「もちろんです。そういえば、前にリューシュちゃんに渡した炊き込みご飯と、鶏肉のつみれ汁のレシピが」
レシピを教えられて、リュリュが興味深そうにメモしていく。
王宮にセイリュウ領風の料理も取り入れられそうだった。
デザートのエクレアはカナエやレオの分もあったので、お土産にして持って帰る。テンロウ領の王都の別邸のリビングでは、レオとカナエがお風呂上がりにお茶を飲んでいた。
「お土産にエクレアを持って帰ってきました」
「ラウリくんのお父さんの手作りだよ」
「宿題してたら、お腹空いたところやったんや。めっちゃ嬉しい!」
「リュリュ様はお料理上手ですからね」
エクレアを食べながらマンドラゴラ語についての話をすれば、カナエの眉が下がった。
「研究過程でしたいことが、ナホちゃんは明確で羨ましいのです」
「カナエちゃんは、したいことがないの?」
「カナエは、まだ分からないのです」
研究過程に進むことも悩んでいるカナエは、次期セイリュウ領領主としての責任がその肩にのしかかっているのかもしれない。
「研究過程、お母ちゃんも行ってへんで」
15歳で領主を継がなければいけなくなって、飛び級でなんとか魔術学校は卒業したが、サナは研究過程までは進んでいない。それでも、領主として名を馳せる存在になっている。
「行けなかったのと、行けるのに行かないのは、ちょっと違うかな」
「そうなんか……」
選択肢があるだけに、カナエが迷っていることをナホが指摘する。セイリュウ領のサナは領主としてまだ若く、カナエがすぐに継がなければいけないということはなかった。
マンドラゴラの研究に焦点を絞っているナホと、次期領主として何を学べばいいのか決まっていないカナエ。
秋が過ぎれば、年末の進級試験が待っている。それに合格すれば、カナエとナホは最終学年である6年生への進級が決まるはずだった。
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