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25.リアムの脱走

 魔術を帯びた織物に刺繍を入れて作り上げた、マンドラゴラの衣装の売れ行きは上々だった。夏休みが終わって魔術学校に戻ってきたリューシュは、そのことを嬉しそうに報告してくれる。耳に光るイヤーカフと手首のブレスレット、首のネックレスがあのドレスに合わせたものに変わっているのは、カナエもナホも気付いていた。


「マンドラゴラ品評会でお祖母ちゃんが衣装を着せた蕪は、凄く注目されてたって」

「ナホ様の宣伝力のおかげですわ」

「リューシュちゃん、そのイヤーカフ……」


 カナエが指摘すると、リューシュが頬を染めて、目を伏せて指先で耳に揺れるイヤーカフに触れた。小さな花の飾りは、ドレスの刺繍と同じモチーフだ。


「ジュドー様が作ってくださいましたの。お忙しいのに。学校では制服ですが、コウエン領領主なので、身を守るために付けていた方がいいと言われてつけております。そうでなくても……ジュドー様の作ってくださったものを肌身離さず付けておきたいのですけれど」

「カナエもレオくんに髪飾りを作ってもらったのです。綺麗でずっと付けておきたいのです」


 二本の三つ編みにして高く結んだ栗色の髪を留めているのは、レオが作ってくれた緑のガラスに白い花の入った髪飾りだった。好きなひとからもらったものを、常に身に付けておきたい。恋する乙女としては当然のことだった。

 授業前は三人で話して和やかに過ごしたが、緊急の報告が入ったのは、昼食でレオとラウリと合流してからだった。駆け寄ったラウリの大根マンドラゴラが、リューシュの足元で警戒するように剣を構える。


「リューシュさんのお兄さんが……リアムさんが強制労働施設から逃げ出しました」

「ラウリくんのところに、ローズ女王陛下から知らせが入って、学校は警戒を強めてけど、午後の授業は休んで、リューシュちゃんは俺らと一緒にテンロウ領の別邸へって言われたんや」


 お弁当どころではなくなって、カナエとナホに手を引かれて、レオとラウリとテンロウ領の王都の別邸に行くリューシュは青ざめた顔をしていた。

 父親であるコウエン領の元領主は牢獄に捕らえられて出てこられないが、リアムは「父親に操られていただけ」という証言を押し通し、まだ改善の余地があるかもしれないと警備の緩い強制労働施設に送られていた。そこで更生すれば出てこられるはずだったが、逃げ出したとなると、リューシュを逆恨みして何をするか分からない。


「ここにはローズ女王陛下が警備兵もつけてくださったし、カナエもナホちゃんもいるのです。一緒のお部屋で寝ましょうね」

「低能は低能なりに、何か企んでいる気がしなくないんだよね」


 守るつもりのカナエと、何か引っかかっている様子のナホ。脱走したリアムが捕まるまでは、リューシュはテンロウ領の王都の別邸で過ごすことになった。普段はラウリのそばを離れない全身鎧を着た大根マンドラゴラが、リューシュの足元から離れず、夜には部屋の前で寝ずの番をしているほど、全員で警戒してリューシュの安全を確保するつもりだった。

 週末はリューシュはコウエン領に戻って、領主の仕事をする。それにもついて行って、ラウリの大根マンドラゴラを筆頭に、カナエもナホもレオもラウリも警戒を緩めなかった。


「お姉様、不審なことはございませんか?」

「わたくしは大丈夫です。リューシュも油断しませんように」

「分かっておりますわ」


 ドレスのお披露目の際にレンからもらった魔術具は、姉のライラのものになっていて、国一番の魔術具がライラを守っている。


「領主様、戻ったとね。王都におった方が安全やったかもしれんとに」

「わたくしは領主ですもの。領地を空けてはいられませんわ」


 領主の帰還を聞いて駆け付けたジュドーとリューシュの仲が、微妙に近いような気がして、そんな場合ではないのに、カナエはそわそわとしてしまう。ドレスに合わせた魔術具を受け取ったリューシュは、ジュドーにどんな顔を見せたのだろう。その顔を見て、ジュドーは何を思ったのだろう。

 浮かれた気分を打ち消したのは、元領主がリューシュと結婚させようとしていた貴族の訪問だった。


「あなたと結婚するために、私は妻と別れたのですよ。その償いをしていただきたいものです」

「わたくしの関与するところではありませんわ。全て、父の独断です」


 素っ気なくリューシュが跳ね除けようとしたときに、太った髪の薄い50がらみの貴族の後ろから、少し窶れたが格好は整えたリアムが進み出た。手から抜き取った手袋を、ぱしりとリューシュの胸に当たるように振り下ろす。


「決闘で領主の座をお前が得たのなら、俺が挑んでも良いはずやろう?」

「何を馬鹿げたことを。自分が何を言っているか分かっておりますの?」

「貴族に税を課すなど、愚かなことをあなたがなさるからです」


 これだから女の領主は信用できない。

 太った貴族から発せられた言葉に、リューシュが言い返そうとするよりも早く、ジュドーの手が大きく振りかぶられて、翻った。魔術具作りで鍛えられた大きな手で、思い切り頬を引っ叩かれた太った貴族はごろごろと床を転がっていく。


「丸いからよく転がるのです」

「ついでにもう立てないようにしておこう」


 ひっそりと魔術を編んでカナエとナホが貴族の動きを封じている間に、リアムよりも長身のジュドーは厳しい顔付きで彼を見下ろしていた。


「あんたがのうのうと暮らしてる間に、どれだけ、コウエン領の領民が苦しんで、死んでいったと思っとるとね? 挙句に自分が領主になれると思ってるなんて、頭おかしいんやない?」

「無礼者! 俺を誰と思っとうとね!」

「あんたは、領主の息子でも兄でもない、ただのクズやろ?」

「貴様!」


 飛び掛かって殴りかかろうとするリアムを、短剣を抜いた大根マンドラゴラが威嚇する。魔術を帯びた短剣を振りかざされて、靴の上から串刺しにされそうになって、リアムは慌てて足を引いた。


「ぎゃぎゃ! びゃーぎゃぎゃぎゃ! ぎゃっ! ぎゅぎゅぎょ!」


 何かを必死に訴える大根マンドラゴラに、ラウリが前に出る。


「領主様と決闘をできるのならば、この大根くらい簡単に倒せますよね?」

「はぁ?」

「ローズの第二王子、ラウリが見届け人です。大根さん、やってくれますか?」

「びゃお! ぎゃぎゃぎゃぎょ! ぎょえー!」

「な、なんで、大根と?」

「大根にも負けるのに、領主に勝てるとお思いで?」


 短剣を構えてやる気満々の大根マンドラゴラに、リアムが苦笑する。


「勝ったらその大根は、煮物になるとよ? リューシュは負けたら、あの貴族と結婚して、俺が領主やけんね」

「ぎょえ! ぎゃぎゃぎゃ! ぎょぎょ!」

「絶対に僕の大根さんは負けないと言っています」


 前代未聞の大根マンドラゴラとリアムの決闘が決まった。

 中庭にナホとジュドーが結界を張って、簡易の決闘場を作る。その間に、リューシュは王都に連絡をして、警備兵を呼び寄せていた。

 全身鎧を纏い、頭の穴から葉っぱを出した大根マンドラゴラが、堂々と決闘場に上がっていく。完全に馬鹿にした様子で、リアムが持っていたのは乗馬鞭だった。


「あいつ、最初からリューシュちゃんのトラウマを刺激して、有利に戦おうとしていたのです」

「卑怯者や!」


 見守るカナエとレオの言葉に、リューシュは凛と決闘場を見つめていた。


「あれで叩かれていた記憶は消えません。でも、わたくしは、もう怖くなどないのです」


 ラウリが開始の合図を出すと、リアムが術式を編み出すが、ちょこまかと逃れる大根マンドラゴラは的が小さすぎて当てられない。大根マンドラゴラの方もリアムを攻撃しようとするが、短剣が小さすぎて、体も小さすぎて、近寄れば振り払われてしまう。


「びょげー!」

「『死の絶叫』がいつでも効くと思わんことやね」


 叫んだ大根マンドラゴラの葉っぱを掴んでリアムが捕らえようとする。素早く身を翻した大根マンドラゴラは、リアムに細い短剣の切っ先を突き付けた。

 じりじりと睨み合う二人に、リューシュが決闘場に上がってきた。


「大根様、ありがとうございます。あなたはラウリ様の誇りですわ」

「びぃや?」


 全身鎧を着た大根マンドラゴラを抱き上げて、リューシュはリアムを真っすぐに見据える。


「かかって来なさい。わたくしは、もう、あなたに屈しませんわ!」


 場外のカナエに大根マンドラゴラが投げられて、無事キャッチされたのを合図に、リアムが乗馬鞭を鳴らしてリューシュを威嚇する。全く動揺を見せずに、リューシュは術式を編み上げていた。


「吹っ飛びなさい!」


 響く声と共に発動された魔術でリアムの体が場外に吹っ飛んでいく。防御の魔術を編む技量すらなかったリアムは、あっさりと負けてしまった。


「何度でも、貴様をその座から引き摺り下ろすまで、俺は諦めんけんね!」

「心根を正してからおいでなさい」

「出戻りの女と、ガキの二人で何ができる!」


 ライラに向けられた暴言に、彼女は穏やかに微笑んで、魔術を編み上げていた。


「もぎゅ!? な、何!?」

「わたくし、ジュドー様に魔術を習っておりますのよ。残念ながら、リアム、あなたより才能があるみたいですわね」


 魔術の網に捕らえられて網目が見えるくらいぐるぐる巻きになったリアムを、王都から来た警備兵が連行していく。決闘を終えたリューシュは真っすぐにジュドーの元へ行っていた。


「立派やったよ」

「わたくしに、ご褒美をくださいませんか?」

「なんが欲しいと?」

「約束を」


 立派に領主になった暁には、結婚して欲しい。


 自信を持って告げたリューシュに、ジュドーが苦笑する。


「もう、立派な領主やん」

「では?」

「俺も腹を括らないかんってことかね」


 脱走したリアムが無事に捕らえられて、更に監視の厳しい強制労働施設に送られた日、リューシュはジュドーと婚約をした。

 穏やかなジュドーは、リューシュを侮辱した貴族を引っ叩いたときに、自分の気持ちに気付いていたようだった。

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