24.炊き込みご飯は母の味
「カナエ様って、もしかして、お料理ができませんの?」
それは、リューシュの何気ない一言から始まった。
夏休み中、ナホは実家に戻って、テンロウ領やモウコ領の祖父母の元にも顔を出していた。カナエはセイリュウ領の領主のお屋敷でレオやレイナと過ごしたり、ナホと会ったりしていた。移転の魔術の許可がもらえているので、頻繁にコウエン領に行って領主になったばかりのリューシュが息抜きをできるように差し入れもしていたのだが、お茶の時間に、その日はリューシュはカヌレを焼いていた。それを摘みつつ、コウエン領のハーブティーを飲んでいると、少女たちの話題は恋についてになってくる。
「ラウリくんとは、会ってるのですか?」
「通信で話はしているけれど、王都に戻ればずっと一緒だから、今は父や祖父母と一緒に過ごす時間を大事にしてるかな。この前は、モウコ領のお祖父ちゃんから伝わる炊き込みご飯の作り方を父に教えてもらったよ」
「どのような炊き込みご飯ですの?」
「キノコと解した鮭の入った炊き込みご飯なんだけど、鮭の時期じゃないときには、鶏肉でも構わないって」
「美味しそうなのです」
レシピを詳しく聞くリューシュは、ジュドーに作ってあげるつもりなのだろう。真剣にメモしている様子を見ていると、リューシュがカナエの視線に気付いて顔を上げた。
「カナエ様はメモされませんの?」
「え? 食べたいのですけど……」
自分で作るという発想のなかったカナエは、完全に虚をつかれた形になった。
「鶏肉のつみれ汁も美味しいんだよ。ささがきゴボウをたっぷり入れるんだ」
「寒い季節には良さそうですわね」
「鶏肉のつみれ汁には、臭み消しに少しのお酒と味噌を入れるのがコツなんだって」
「め、メモ、とるのですよ」
言われて取り始めたメモだが、分量も詳しく書いてしまってから、カナエの頭に浮かんだのはレオだった。
「レオくんにこれを渡せば、作ってくれるのです」
そして、話は冒頭に戻る。
料理ができないのかと問われて、カナエは自分が料理をしたことがないことに気付いた。領主の娘として育ってきて、元気いっぱい庭を走り回ったり、魔術の術式を編む練習をしたり、他の領地のことを学んだり、そういうことはたくさん経験してきた。
薬草畑の管理人を両親に持つナホとも仲が良かったので、畑のことは少し分かるし、水やりをしたり、害虫駆除をしたりするのは大好きなのだが、調合や収穫は手伝い程度しかしたことがない。ましてや、厨房には実のところ、レオが料理をするのを見に行ったことしかないのだ。
「料理ができないって、いけないことですか!?」
「私は美味しいものを食べたいし、エドお父さんのお手伝いをするのが普通だったから」
領主の従弟とテンロウ領の領主の息子の夫婦とはいえ、ナホの両親は、貴族なのに使用人も雇わず、家族だけで生活している。自分のことは自分でしたいし、好きな相手のことはしてあげたい。そういう気持ちがあるから、ナホの家では特に使用人を必要としていないのだという。
「わたくしも、料理は女の嗜みと言われて習いましたが、ジュドー様に作ることができるのは嬉しく思っておりますの」
頬を染めるリューシュは、とても可愛く見えた。
もしかすると自分はガサツで可愛くない女の子なのかもしれない。攻撃の魔術に秀でているだけで、細々としたことは、どちらかといえばカナエは苦手な方だった。
養母であるサナはどうだっただろう。仕事が忙しくて厨房に立っている様子は見たことがないし、手料理も食べたことがない。
お茶の時間が終わって、セイリュウ領に帰って、カナエは仕事をしているサナの執務室に突撃してドアをバーンッと勢い良く開けた。
「おばさん!」
「今、仕事中やけど。それに、いつも、お母ちゃんて呼んでて言うてるやん?」
「おばさんは、お料理ができますか?」
「は?」
一瞬、執務室の空気が凍った気がした。書類を渡していた部下を下がらせて、サナは休憩時間をとることにして、カナエを厨房に連れて行った。
「何が食べたいのん?」
「これ……」
レシピを見せると、魔術のかかった冷蔵庫から材料を出して、手際よくまな板の上で切り、調理していく。形よく切られたキノコと鶏肉は餅米を混ぜた白米と共に炊かれて、ボウルでよく粘り気を出した鶏肉のつみれは、ささがきゴボウや人参のたっぷり入った澄まし汁の中に形を整えて落とされる。
小一時間程度で出来上がった炊き込みご飯をおにぎりにして、鶏肉のつみれ汁は保温容器に入れて、カナエは何も言えないままにレオが篭っている工房に行った。時刻はちょうどおやつの時間で、成長期で体の大きなレオは、軽いおやつでは足りないことをカナエは知っていた。
「レオくん……」
「カナエちゃん、来てくれたんか? ちょっと片付けるから、外で待ってて」
工房の中は部品の破片が飛んで危ないことがあるので、顔を出したレオはすぐに作業をしていたテーブルを片付けて、手を洗って外に出てきてくれた。日陰で庭のベンチに座って、夏の暑さに萎れそうな花を見ながら、おにぎりとつみれ汁をレオに渡すと、目を輝かせる。
「お腹ぺっこぺこやったんや! 集中しすぎて、お腹減りすぎて、指が震えてくるくらいやった。助かるわー!」
「カナエは、もうだめです……」
「めっちゃ美味しい! カナエちゃん、これ、美味しいで! 食べよ、食べよ!」
「美味しい……おばさんですら、美味しいものが作れる……」
口におにぎりを詰め込まれて、咀嚼して飲み込むと、餅米とお米を混ぜた絶妙なモチモチ感と、炊き込みご飯の甘しょっぱい味が舌に広がる。涙目になりながらもぐもぐとおにぎりを食べるカナエの様子がおかしいことに、食べ終わって一息ついてから、レオはようやく気付いたようだった。
「な、なんで、カナエちゃん泣いとるんや!? 誰がカナエちゃんをいじめたんや? お母ちゃんか?」
「違うのです……カナエは、自分が情けないのです」
次期領主になるのだから、領主の仕事だけできればいいとカナエは思い込んでいた。サナは普段から料理などしないし、領主とは料理ができなくても構わないのだと思い込んでいたのだ。
「おばさんは料理ができる領主だったのを、隠していたのです」
「あーお母ちゃんなぁ。俺らのご飯も作りたいけど、仕事が忙しくて作られへん言うてたわ」
「しかも、レオくんはそのことを知っていたのです!?」
二重にショックを受けるカナエに、レオが首を傾げる。
ついついツンケンしてしまうが、カナエは実はサナが嫌いではない。母親というものに反抗したいお年頃が3歳から続いているだけで、サナのことは誰よりも信頼しているし、素直になれないだけで母親だとも思っている。そうでなければ、冷たい態度を取ってもサナが変わらずカナエを愛してくれるなどと信じられず、媚びた態度をとってしまっていただろう。
カナエがサナに塩対応をするのは、ある意味信頼感があるからでもあった。
けれど、実子のレオは知っていて、養女のカナエは知らないところが、サナにはある。
「おばさんは、カナエを娘だとは思っていないのでしょうか」
「そんなわけあるかいな。俺がお母ちゃんが料理が作れるって知ったのは、俺が厨房に入りだしてからやし」
カナエに美味しいものを食べて欲しいと、料理を作ろうと厨房に出入りするようになったレオに、サナは自分の秘伝のレシピ集をくれたのだ。
「自分は作られへんから、カナエちゃんにうちの味を食べさせて欲しいて」
「おばさん……分かりにくいのです」
「カナエちゃんもやけどな。親娘そっくりや」
笑いながら、保温容器に残っていたつみれ汁を、レオがカナエに渡してくれる。真夏の外で食べるには汗をかくし熱かったが、塩味が染み渡るようだった。
「料理、俺が作るからええやん」
「リューシュちゃんも、ナホちゃんも、好きなひとに作ってあげたいって言っていたのです。乙女って感じだったのです」
「カナエちゃんは、俺が絡まれたら助けてくれるし、魔物だって恐れずに立ち向かう。リューシュちゃんを助けるためにコウエン領にだって飛んだ。俺にはできへんことやん?」
領主になりたいかと聞かれて、レオはきっぱりとなりたくないと答えた。
領主はカナエがなるもので、レオは工房で魔術具作りに専念したい。
あのときと同じように、料理はレオが作って、カナエは友人や領地やレオを守ることに専念すればいい。
「カナエちゃんが、なんでもできてしもたら、俺がすることがなくなるから、やめて欲しいわぁ」
「こんなカナエでも、良いのですか?」
「女のひとが料理をして、男のひとが食べるて、誰が決めたん? そんなんアホらしい。ローズ女王陛下も、リュリュ様に料理作ってもらってるんやってラウリくんから聞いたで」
伴侶のリュリュの料理以外は、警戒してあまり口にしないというローズのために、リュリュは料理の腕を磨いているという。あんな夫婦になれれば良いと言ってくれるレオに、カナエは「レオくんで良かったのです」と思わずにはいられなかった。
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