23.キューピッドの不在
出来上がったドレスをお披露目するのに、ジュドーは師匠のレンとセイリュウ領領主のサナ、子どものカナエ、レオ、レイナ、それにリューシュの親友のナホも呼んでくれた。
興味津々で待っていると、ドレスを纏ったリューシュが出てくる。
極力肌の露出を抑えたスクエアネックの長袖で後ろがトレーンのように裾がふんわりと広がる上半身と、細身のパンツを、瀟洒な刺繍の入った布で上品に仕上げている。ドレスといえばスカートのイメージだったカナエは、リューシュに駆け寄ってそのデザインをまじまじと観察してしまった。
「女の武器で戦う必要などないと。色気を求めてくるものがいたら、蹴飛ばして構わないというデザインなのですって」
「すごく素敵なのです。動きやすそうだし」
「若い領主やからって、舐めてかかる奴もおるやろうけど、そういうのは蹴飛ばしてやるくらいの気迫がないといけんやろうと思って」
後ろのトレーンは外せるようになっていて、普段から着られるデザインになっているのも、ジュドーの拘りのようだった。
「リューシュちゃんのスタイルがええのが引き立つわぁ」
「ジュドーくん、これは注文が殺到しそうやね」
「私も欲しい!」
手を上げたレイナに、レンが「注文せんといかんね」と笑っていた。
それ以外にも出来上がった蕪マンドラゴラ用の衣装を見せられて、ナホが目を輝かせる。
赤ん坊に着せるようなロンパース風のデザインのそれは、蕪マンドラゴラのころりとした丸い幼児体型によく似合いそうだった。事実、テンロウ領のナホの祖母は哺乳瓶のような容器で栄養剤をあげて、蕪マンドラゴラを赤ん坊のように可愛がっているので、喜ぶだろう。
「これは、大変だ!」
「ナホちゃん、なんか問題あった?」
「モウコ領のお祖父ちゃんの家も、蕪マンドラゴラを可愛がってるから、追加注文しないと!」
身内からだけでも注文が次々と入ってくる状態に、ジュドーもリューシュも嬉しそうだった。
お披露目の後で、お茶をしていると、サナが肘でジュドーを突く。
「領主様とはどないなんや、ジュドーさん?」
「大変良くしていただいていますよ」
「そうやなくてぇ。あぁん、もう、レンさんの弟子やから鈍いんやろか」
結婚する前に、王都で魔女騒動があってレンを保護していた間、サナは気持ちが通じずにヤキモキしていたのは有名な話だが、その弟子であるジュドーも恋愛に関しては鈍い方なのかもしれない。
15歳でたった一人でセイリュウ領に来て、姉夫婦の様子を見にコウエン領との間を行き来して、コウエン領の元領主が本格的に暴走を始める前に姉夫婦もセイリュウ領にこられるように手配したジュドーは、自分の恋愛どころではなかった。
「結婚願望とか、ジュドーくんはないと?」
「俺は……甥っ子姪っ子がいますので、その子たちを可愛がっていれば幸せです」
16歳になった甥っ子がセイリュウ領で魔術学校に通って頑張っているとか、14歳と8歳の姪っ子が家で大喧嘩をして、時々ジュドーの家に家出してきていたのが今はどうしているかとか、デレデレと語るジュドーは、リューシュがじっと見ているのに気付いていない。
このままではずっと二人は進展しないかもしれない。
それを感じ取っているのは、カナエだけではないようだった。
「おばさん……に、恋の橋渡しなんて、無理ですよね」
「なんや、ジュドーさんをここに送り込んだのはうちやで?」
「それじゃあ、ビシッと決めてきてくださいよ」
「カナエちゃんこそ、親友なんやろ?」
カナエとサナの親子でコソコソと話し合って、背中を押し合うが、どうすれば良いかなどレオが生まれたときから両想いのカナエには分かるはずもなかった。
「本当に、良いデザインやね」
「レン様に褒めていただけるとは、光栄です」
「着るひとのことを、よく見て、考えてないと出てこんデザインよ、これ」
穏やかなレンの言葉に、ハッとジュドーがリューシュを見る。視線が合って、リューシュは頬を染めて花が咲きこぼれるように微笑んだ。
「そういうのでは……なくて……」
「俺もサナさん見とったら、気が付けば魔術具ができとった」
保護されていた時期に、レンは王都に戻りたいと言いながらも、サナに毎日のように贈り物をした。それは世話になっているお礼という名目があったが、美しいサナを見ていると、自然と手が作っていたというのが事実だった。
簪も、イヤリングも、ネックレスも、ブレスレットも、アンクレットも、レンが作った物以外をサナに身に付けて欲しくなかった。
「他の相手からもらったドレスを、あんな顔で着てたら、ジュドーくんは、どんな気持ちになるんかいね」
喜びに潤んで煌く瞳、紅潮した頬、笑みの形に両端が吊り上がった唇。
「相手は、領主様ですよ?」
「俺の相手も領主様やったよ」
「レン様は、王都でも認められた技術者です」
「その俺が認めた一番弟子っちゃけどね」
言葉を失ったジュドーの横を通り過ぎて、レンはリューシュにアクセサリーの入った箱を渡した。
「領主は誰に狙われてもおかしくないけん、つけとくとよかよ」
「ありがとうございます。レン様の魔術具を付けられるなど、光栄ですわ」
「ジュドーくんがドレスに合うのを作ったら、取り替えていいけんね」
ドレスと蕪マンドラゴラの衣装を優先して、魔術具まで手が足りていない様子だったので、レンが用意していたものを渡す形になったが、手渡されているアクセサリーの箱を見ているジュドーの表情に、彼自身気付いているのだろうか。
魔術具製作者としても一流であるジュドーは、レンの方が腕が上だと理解している。それでも、リューシュの身に付けるものを、自分で作りたかったに違いない。
「ライラ様の分も、作るけん……その後になるけど、魔術具は、ドレスに合わせたのを俺が一式作る」
「急がれなくても良いのですわよ。注文も入っておりますし」
「せっかくやけん、一式、合わせたもんを……俺は、何をムキになってるんやろうね」
笑い飛ばそうとするジュドーのシャツの袖を、リューシュが摘む。ジュドーを見上げる顔は、真剣だった。
「ジュドー様に、作っていただきたいです。わたくし、いつまでも待っておりますわ」
ジュドーの作ったドレスを着たリューシュは、清楚で、大人びて、美しかった。
その美しさに、サナのものを無意識に作ったレンのように、ジュドーも自分の手で作ったもの以外をリューシュに身に付けさせたくないと思うだろうか。それが独占欲と気付くだろうか。
息を飲んで周囲は見守るしかなかった。
「うちのアルベルトが可愛いわ! あなた、見てくださいまし!」
「びゃー!」
「とても可愛いね。これは、マンドラゴラ品評会に連れて行ったら流行るだろうね」
夏休みを利用して、テンロウ領の祖父母の元にお土産を届けに行ったナホに、領主夫婦は蕪マンドラゴラに服を着せて感激している。
「魔術がかかってるんだよ、お祖母ちゃん」
「転んでも傷が入ったりしないわね。良かったわ。ナホちゃん、ありがとう」
大事に蕪マンドラゴラを抱くナホの祖母に、ナホの祖父と叔父のクリスティアンは企みに気付いたようだった。
「流行らせるつもりだね。商売の匂いがする」
「リューシュちゃんは、私の親友なんだよ。コウエン領の織物の美しさは有名だし、マンドラゴラに服を着せれば、自分のものだってすぐに分かるでしょう?」
「ナホちゃんは、友達思いだね」
悪巧みをしたつもりでも、祖父には孫の行動が好意的に取られてしまう。
そんなんじゃないと言ったところで、あまり意味もないので、逆にナホは「次の品評会には必ず出てよね」と祖父母にお願いをした。
「エイラも、かぶさん、ほしいの」
「僕はラウリ様みたいな大根がいい」
クリスティアンの息子のニルスと娘のエイラが欲しがるのですら、ナホの計算のうちだった。こんな風に歩いて自己主張する個性豊かなマンドラゴラは、ナホの両親のイサギとエドヴァルドくらいしか育てられない。ナホもいい線はいくのだが、まだまだ両親には敵わなかった。
「イサギお父ちゃんとエドお父さんに、注文してあげるね」
「ナホちゃん、そこはタダじゃないの?」
「やだな、クリスティアン叔父様、タダより怖いものはないって知らないの?」
「それって、こういう時に使うものだっけ。もう、ナホちゃんが怖いよ」
聡明に育つナホを見て、蕪マンドラゴラを抱いた祖母がころころと笑う。
「ナホちゃんは、クリスティアンに似たのかしらね」
種族すら違う蕪マンドラゴラが家族になれたように、両親のイサギとエドヴァルドの実子ではないナホも受け入れてもらえている。
「叔父様は、恋愛関係に関しては、どうなの?」
「あ、それを聞いちゃう? 僕、一生ジェーンに頭が上がらないんだからね」
プロポーズで大失敗をしたというクリスティアン。
どうやら、ナホの周囲に恋愛経験豊富な人物はいないようだった。
「人材求む、だね」
リューシュの恋のキューピッドは見つかっていない。
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