22.言葉のない世界
ナホとカナエとリューシュは学年が同じで、性別が同じで、年も近いので、仲が良い。決闘に勝ってリューシュがコウエン領の領主になってから、サナも頻繁にコウエン領に行っているし、レンの一番弟子のジュドーもコウエン領に派遣されてしまった。
年が近くて、同じ学年で、魔術学校でも王都のテンロウ領の別邸でもいつも一緒にいるラウリも、夏休みは王宮で家族で過ごしている。
「カナエちゃんがおらへん……お父ちゃん、寂しい」
しょんぼりと朝食の席から元気のないレオは、身長も175センチを越えて、体付きもしっかりとして青年のように見えるのに、まだ12歳で、幼い頃からカナエの後ろを追いかけて離れることはなかった。
「カナエちゃんにお友達ができたのは良いことじゃないとね」
「そうやけど、リューシュちゃんを助けるために、ナホちゃんと二人で行ってしまうし、魔物のときも俺は駆け付けるだけでなんもできへんかった。お父ちゃん、なんで俺はカナエちゃんより四つも年下なんか?」
もっと年が近ければ出来たことがあったかもしれない。移転の魔術を自由に使う許可を得ていれば、カナエとナホに同行できた。同行したところで、レオの魔術の技量では、魔物を相手にすることは難しいのは間違いなかったが。
夏場のセイリュウ領は雨が多い。水に恵まれた土地なので、豊かな実りがあって、セイリュウ領は気候的にも暑すぎず、寒すぎず、領民も潤っている。故郷のコウエン領の荒廃は、レンが王都に召集される前から始まっていたので、それだけにレンにはこの領地の豊かさをどれだけサナが心を砕いて支えているかを知っている。
「レオくん、工房に来てみる?」
「ええの?」
小さい頃から物作りが好きで、魔術具作りはまだ魔術の基礎が修了していないので許されていないが、レオは小物を作ったり、料理を作ったりして気を紛らわせている。工房に入るということは、レンがレオに何か作らせてくれるかもしれないということで、父に手を引かれて、そっくりな息子はにこにこしながら工房に入った。
薬剤調合室や、香を焚いて魔術を高める部屋など、様々な設備が整った工房は、レンがサナと結婚するときに建てられたもので、アイゼン王国でも最先端の技術が集結していた。
部品を組み立てている職人のいる工房に入って、レンはレオと棚の部品の入った引き出しを見て回った。既に魔術の込められた部品は、組み合わせによって発動する魔術が変わってくるが、基本的に持ち主を守る構造にはなっている。
「好きなのを選んでみんね」
「えっと……この緑に白い花のガラス玉、めっちゃ綺麗やなぁ」
「それは、反射の魔術がかけられとるね」
「相手の攻撃を反射したら、壊れてしまうんか?」
魔術具は質の悪いものほど、壊れにくい。逆に質が良いものは、壊れながらも持ち主に傷一つ付けずに守ることができる。
「それが魔術具やけんね」
「もったいない気がする……」
「レオくんは、壊れても構わないような愛想のないものを、カナエちゃんに着けて欲しいとね?」
魔術具に芸術性を求め始めたのは、貴族の贅沢でしかない。美しいものでなくても、魔術さえ展開すれば良いのならば、瀟洒な細工など必要としない。
そうではなく、常に身に付けて身を守れるもの、喜んで身に付けたいと思うものでなければ、魔術具としての役割は果たせない。デザインが気に入らないから身に付けてもらえなければ、結局、相手の身を守ることができない、というのがレンの持論だった。
「ローズ女王には、魔術が効きにくいけん、魔術具はいらんって、断られたときに思ったとよ。それを破る攻撃を万が一受けた場合に、魔術具を付けさせとらんやったダリア女王は後悔するって」
サナと結婚する前は、レンはダリアの側仕えとして魔術具を作っていた。魔術具などと必要ないと断る姉を、ダリアは酷く心配していた。そんなローズが身に付けるものと考えたときに、ダリアのデザインが必要だったのだ。
「最愛の妹がデザインした、姉を飾るためのものやったら、付けんわけにはいかんやろ? レオくんが作ったもんは、どんなんでも、カナエちゃんは付けてくれる」
「魔術具は、身に付けてもらって、壊れることに意味があるってことか」
「身に付けてもらえなければ、壊れることもないけんね」
説明を受けて、しばらく考え込んでから、レオはその美しい透ける緑色の中に白い花を閉じ込めたようなガラス玉を選んだ。それを髪ゴムに通して、小さな真珠で周囲を飾っていく。
昼食を挟んで、一対、二つ作り上げる頃には、日はすっかり沈んでいた。
「ただいま帰ったのです! レオくん、今日は晩ご飯は作っていないのですか?」
「お帰り、カナエちゃん。今日はお父ちゃんの工房で体験させてもらってたんや。リューシュちゃん、どないやった?」
「復興は頑張ってましたけど……恋は前途多難なのです」
「恋って?」
「秘密なのです。もう、レオくんのことは忘れたみたいですよ」
これでレオくんはカナエのものなのです。
笑顔で腕にしがみ付かれて、レオは嬉しくなってにやけてしまう。身長も体重もカナエを越してしまったが、よちよちとカナエの後ろを追い掛けて歩いて、転んで泣いてしまって、慌ててカナエが戻ってきて抱きしめてくれた日と同じく、レオの気持ちはカナエにしか向いていなかった。
1日かかって作った髪ゴムを手渡すと、カナエがガラス玉を光にかざした。
「綺麗なのです」
「カナエちゃんのお目目と同じ色や」
「……お父さんが、カナエを引き取ってくれた後で、カナエの魔術が暴走しないように、ブレスレットを作ってくれたのです」
汚れても壊れても、また作るから構わない。
そう言ってくれたが、カナエはそれを壊したくなくて、必死で自分の魔術が暴走しないように頑張った。それも、いつの間にか手首に入らなくなってしまって、思い出の宝箱に仕舞ってある。
「壊れてしまったらもったいないから、使えないのです」
「壊れてええんや。カナエちゃんを守って壊れるなら、本望や」
「……カナエは、これからは、危ないことをしないようにするのです」
手の平の上の緑のガラス玉をじっと見つめるカナエの真剣な表情に、レオはレンがなぜ自分に作らせたかを悟った。サナもまた、レンの作ってくれた魔術具が壊れるのをものすごく嫌がって、危ないことは極力しない。
ナホと二人きりでコウエン領に真夜中に飛んでいってしまったり、魔物がいるのを分かっていながらコウエン領とセイリュウ領の境に出かけたり、カナエの行動は自分の魔術に自信があるだけに危なっかしくてたまらない。守れるだけの魔術の才能があれば良いのだが、レンに似てしまったレオは、物に魔術を込めるのは得意でも、防御や攻撃の実践は不得意分野だ。
「カナエちゃんは、王都の魔術学校の研究過程まで、いかはる?」
「迷っているのです。ナホちゃんは行くと言っていたし、ラウリくんも行くと思うのです。カナエが研究過程で学ぶとすれば、政治学だと言われたのですが……頭がパンクしそうな予感しかしないのです」
魔術師の師匠についてレンは魔術を教えてもらい、王都に召集されて学びながら技を磨いた。
「俺は、カナエちゃんを守れる……方法を考えれば、きっと、カナエちゃんのこと、上手に守れるんや」
カナエと離れるのが嫌で、カナエが研究過程に進まなければ、王都の魔術学校からセイリュウ領の魔術学校に戻ろうとサナに泣き付いたのを、恐らくはレンも知っていたのだ。
どんな説得の方法よりも、今回カナエのために魔術具を作ったことで、レオはよく分かった。自分が壊したくないと思うほど美しいものを作れば、カナエはそれを惜しんで、危ないことをしないように気を付ける。もしも危ないことをしても、魔術具の性能が高ければ高いほど、カナエの髪の毛一本傷付けずに守ることができる。
「王都の研究過程、俺も、目指してみようかな」
カナエが研究過程に行かなければ、卒業してから魔術学校だけで4年間、その後の研究過程で4年間、合計8年離れることになる。移転の魔術を使う許可が得られれば毎週末セイリュウ領に帰ってきても良いのだし、夏休みや冬休みの長期休みにはセイリュウ領で過ごせる。カナエが研究過程に行けば、離れる時間も半分の4年間になる。
「レオくんも、研究過程に進みたいのですか?」
「俺かて、カナエちゃんに並んで劣らん男になりたいんや」
大好きなひとを守りたい。
転んで泣いていたレオをカナエが抱き締めて起こしてくれたように、レオもカナエを守りたい。
生まれた志は、小さな炎となってレオの中に燃え続けた。
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