21.心の距離
コウエン領領主となったリューシュがまだ若いことと、虐待を受けている事実が発覚した時期に身元を引き受けていた縁から、セイリュウ領領主のサナが後見人となって、領地にも何度も脚を運んでいた。生糸に魔術を絡めて織り上げ、織物生産でコウエン領を立て直そうとリューシュは、織物工場と労働者の住居を用意していた。
そこにセイリュウ領から魔術工房を率いるために送り込まれたのが、国一番の魔術具の製作者のレンの一番弟子、ジュドーだった。
「ジュドーさんは、イサギお父ちゃんの同級生なんだよ」
「ナホさんのお父様の……それでしたら、わたくしなど、子どもに思えても仕方がありませんわね」
もうすぐ17歳のリューシュと31歳のジュドーでは年の差がありすぎる。夏休みを利用してコウエン領にリューシュを励ましに来ていたナホとカナエは、順調に進む復興とは裏原に、全く進展しない恋の悩みを聞かされていた。
「レオくんもカッコいいお顔ですし、ジュドーさんもかっこいいのです。リューシュちゃんは、面食いなのですね」
「認めますけど、それだけではありませんわ。女で年下だということを馬鹿にせずに、穏やかに話してくださいますし、専門外の基礎魔術をお姉様に教えてくださったり、親切ですし、偉そうじゃないのが素敵で」
元コウエン領主も、兄のリアムも、婚約者にさせられた貴族も、リューシュを屈服させて支配しようとしていた。暴力を伴うそういう行為に、苦しみながらも従うしかなかったリューシュにしてみれば、穏やかに自分の話を聞いてくれて、親身に領地の再建を共に考えてくれる相手というのは、貴重だろう。
お茶をする庭の隅には、戒めとして、地下牢で魔物に喰われた身元の分からない骨を埋葬した墓が建ててある。毎日リューシュとライラはそこに花を供えて、それ以外にも魔物のせいで亡くなったひとたちに祈りを捧げて、コウエン領を豊かにすることを誓っている。
「そろそろ、ジュドー様と打ち合わせが入っておりますが、同席致しますか?」
「リューシュちゃんの親友として、ジュドーさんにしっかり言っておかないとね」
「よ、余計なことは言わないでくださいませ。わたくしは領主で、あの方の上司ですもの、強制はしたくありませんの」
「ナホちゃんは思慮深いので上手に言ってくれるのです」
お茶会を終わらせて、ジュドーの工房にリューシュとナホとカナエは向かう。最低限の設備さえあれば良いと言い切ったジュドーの工房は、簡素な土壁と屋根、中には素朴な木のテーブルと椅子が並んでいるだけだった。
テーブルについている弟子たちが、ジュドーに習いながら、生糸をよっていく。細い光のような魔術がそこにより込まれているのが、カナエとナホにも見えていた。
「まだ目を離せんけん、出向いてもらってごめんね」
「いいえ、しっかりと指導してくださっているようで、安心致しますわ」
手順に間違いがあると、基礎魔術を教えてはいるがまだ途中の弟子たちは、編み上げる術式を暴走させかねない。よりあげた生糸が無効になってしまう程度ならば良いが、思わぬところで爆発など起きてはいけないと、ジュドーは細かく一人一人を見回り、迷っていたり、術式が分からなくなっていたりする様子があれば、すかさず補佐に入っていた。
「お話している間は、ナホちゃんとカナエが見ているのです」
「ゆっくり話すと良いよ!」
「ありがとう、ナホちゃん、カナエちゃん」
セイリュウ領でレンの工房にも出入りしていたし、ナホは父親のイサギが同級生なので、ジュドーとは顔見知りだった。二人の実力を知っているので、ジュドーも安心して弟子を任せてくれる。
狭い室内で十数人の弟子を教えながらも、見ているのは神経を使う作業だろう。
「物に魔術をかけるって、自分の編み上げた魔術を、その場で発動させるのと違って、切り離して、物質化に近い状態にするけん、基礎魔術を修了してないと難しいっちゃんね」
「それでは間に合わないと、無理をさせているのは分かっていますわ」
「うん、やけん、魔術の才能のある人材を、育成せないけんね。王都で無理やったら、セイリュウ領、モウコ領の魔術学校に、留学制度を作った方が良いやろうね」
王都の魔術学校は門戸が狭く、レベルが高いので、コウエン領の幼年学校の教育も怪しい状態ではとても入学することは難しい。できたばかりのモウコ領の魔術学校や、奨学金制度のあるセイリュウ領の魔術学校に頼ってでも、早急な人材育成が求められていた。
「ひとを育てることは、領地を豊かにし、領民を救うことに繋がりますわ。すぐにでもセイリュウ領とモウコ領にお願いしてみますわね」
「後は、出来上がった織物っちゃけど……」
ジュドーを筆頭とした才能のある弟子たちの集団でも、出来上がる生糸は毎日僅かで、布に織り上げてしまうと、服1着分も1日に作れない日が続いている。弟子を育てる意味合いもあるが、やはり、収入がなければ、コウエン領の領主が貯めていた資金もいずれは尽きて、工場も工房も回らなくなる。
そうならないように、工房と工場を維持できる程度の収入は確保できる体制を作りたいというのが、ジュドーの意見だった。
長くレンの工房で働いているだけあって、ジュドーは冷静に事態を見ている。
「魔術のかかった布……購買層は貴族になりますわよね」
「大量生産できるようになれば、それ以外にも行き渡るけど、今は量がないけんね」
真剣に話し合う二人に、ひょっこりと顔を出したのは、ナホだった。
「リューシュちゃんの領主になったお祝いに、注文させてよ」
「ナホ様が、ですか?」
「テンロウ領のお祖母ちゃんが可愛がってる蕪マンドラゴラ、良く太ってるから、間違えられないだろうけど、厨房にも顔出すから、心配って言ってたんだ。一目で分かるように、可愛い服を作ってあげて?」
マンドラゴラに服。
発想に驚くジュドーに、リューシュが声を上げた。
「そうですわ、ラウリ様のマンドラゴラも特注の全身鎧を着ていらっしゃいます。マンドラゴラのものでしたら、ひとのものよりも、使う布の面積も少なくて済みます」
「それは考えたことなかった。貴族の高尚な趣味になっとるらしいけんね、マンドラゴラ」
購買層を貴族と想定するのならば、大事な愛玩マンドラゴラが傷付くのを防ぎたいだろうし、自分のマンドラゴラが一目で分かる服があれば、売れるかもしれない。
テンロウ領領主夫婦の飼っているマンドラゴラは有名であるし、ナホの注文は宣伝としても大きな役割を持っていた。
「さすがナホちゃん!」
「私はお祖母ちゃん孝行したいだけだよ」
「リューシュちゃん、ジュドーさん、ユーリくんとマーガレットちゃんとジャスミンちゃんとヴァイオレットちゃんに、ローズ女王陛下も、マンドラゴラを飼っているのです」
「ご懐妊のお祝いに、マンドラゴラの服と赤ん坊の産着をお贈りするのはありやね」
話が纏まっていく様子に、カナエもジュドーを見直していた。聡明なナホはこうなることを予想して注文したのだろうが、それにすぐに対応できるジュドーの柔軟さも好感が持てる。
レンの工房では装飾品に魔術を込めることを生業としていたのに、物であれば応用できると生糸に魔術をかけるように切り替えられる。そんなジュドーだからこそ、サナとレンはコウエン領に送り込んだのだろう。
「失礼やったら許してほしいんやけど、領主様の体のサイズを測らせてくれんね?」
「わ、わたくしの、ですか?」
「最初の布は一番豪勢に、領主様に着て貰わんといけんやろ。リューシュちゃんは、コウエン領の顔なんやけん」
織り上げた豪奢に模様が入って、魔術の込められた布は、一番最初にリューシュのドレスになる。それを着てリューシュは、同じ布でマンドラゴラの服を作れるのだと宣伝して回らなければいけない。
「ジュドーさんったら、罪なひとなのです」
「測るのは、もちろん、ライラ様とか、別のひとに頼むつもりっちゃけど、やっぱり、まずいと?」
「そうじゃないよ。男のひとが服を贈る意味、分かってないの?」
あなたを脱がせたい。
男のひとが服を贈る理由を、カナエもナホも、サナから聞いて知っていた。
両想いになる前に、レンから簪を贈られたサナが、「簪を贈るのは、『あなたの髪を乱したい』て意味やのに、レンさん、全然分かってへんかった!」と語って、レンが自分の鈍さを平謝りしている場面を、見たことがあるのだ。同じように、レンは結婚が決まってから、サナには厳重な守りのかかった指輪を贈ったのに、自分の分を忘れていたという大失態も犯している。
「お父さんの弟子だから、鈍いのでしょうか」
「レンさんも相当鈍いからね」
真っ赤になりながらも、「ドレス、嬉しいです」と告げるリューシュの気持ちに、ジュドーが気付いているのか、いないのか。
31歳と16歳の距離は、なかなか縮まらないようだった。
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