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20.それぞれの悩み

 魔術学校が夏休みになって、セイリュウ領に戻ったレオは、こっそりと領主であり母であるサナを呼び出して相談していた。困ったことがあると、つい母に話してしまうのは、まだ12歳なので仕方のないこと。そんな息子を、サナは可愛く見守っている。


「お母ちゃん、俺、アホやってん」

「なに言うてるんや。レオくんはレンさんに似て、賢くて、優しい、良い子や」


 悪い子であろうとも、勉強ができなかろうと、悪戯をしようとも、サナのレオに対する愛情は変わらないのだが、レオは一年飛び級した状態でも王都の魔術学校のカリキュラムについていけているし、わがままもほとんど言わないし、優しい良い子だった。

 そんなレオが、テーブルに突っ伏して悩みを打ち明けている。


「カナエちゃん、今5年生で、6年生終わったら、卒業してまうやん? 研究過程に進むかもしれへんけど、それもどうか分からへんし」

「そうやなぁ。できれば、お母ちゃんは、カナエちゃんには研究過程に進んで欲しいと思うてるけど、セイリュウ領に戻って領主の見習いとして実践で学ぶのも悪くはない」

「そしたら、カナエちゃんが卒業しても、俺は3年生……残り4年も王都におらなあかんくなるんや!」


 年の差を考えていなかったと、レオは完全に落ち込んでいた。王都の魔術学校は6年制で、卒業後に研究過程に進むか、就職するかを決められる。セイリュウ領の魔術学校も6年制だが、その後の研究過程で学べるだけの設備が整っていないので、卒業後は成績優秀者は王都の魔術学校の研究過程に行くか、そのまま良い就職先を見つけるか選択しなければいけない。

 授業体制や設備は王都の魔術学校の方が整っているので、長い目で見れば、3年間だけと言い聞かせて、サナはレオを王都の魔術学校を卒業するように説得するべきなのかもしれない。しかし、レンとそっくりの顔立ちが、情けなく泣き顔に歪んでいるのを見ると、きっぱりと言い渡すことはできなかった。


「レオくんはどうしたいんや?」

「本当は、王都で学んだ方がええっていうのは分かってる。分かってるけど、俺は産まれたときから、カナエちゃんと離れたことがないねん。カナエちゃんが一人じゃ嫌や言うたから王都について行った形にしとるけど、本当は、俺が離れたなかったからやねん!」


 泣き出してしまいそうに目を潤ませているレオに、サナは手を伸ばして癖のある黒い髪を撫でる。肌の色も顔立ちも体付きも、髪質までも、レオはレンにそっくりだった。


「カナエちゃんが帰る言うたら、帰ってきてええで?」

「ええの?」

「研究過程に残る言うたら、レオくんも残るんやろ?」

「残る!」


 躊躇いのない物言いに、サナは寂し気に溜息を吐いた。

 カナエに王都の魔術学校に行くように言ったときに、レオは両親や妹とセイリュウ領にいることではなく、カナエと王都に行くとあっさりと決めてしまった。


「レンさんそっくりの息子に『おおきなったら、おかあちゃんとけっこんする』て言われるのが夢やったのに、レオくんはカナエちゃんしか見てなくて、一度もお母ちゃんと結婚考えてくれんかったなぁ」

「お母ちゃんは、お父ちゃんと結婚してるやろ」

「それでも、母親の夢なんや」


 赤ん坊が産まれたら棄てられると泣いたカナエが、レオが生まれてからレオの面倒をよく見て、レオを大事に思っているのは、サナにとっても嬉しいことだった。結婚するという宣言も最初は子どものたわごとで、大人になったら変わるだろうと思っていたのに、レオもカナエも、その年なりに真剣な恋愛をしている。

 青年のような頬を撫でると、レオがテーブルから顔を上げた。


「お母ちゃんは、子どもの味方なんや」


 そこには、レオもカナエも含まれていた。



「この大根さんは、ナホさんのお父様のイサギさんが持ってきてくれたものなのです」


 生まれてすぐに死にかけたラウリのそばにいつも控えている全身鎧を着た大根マンドラゴラは、死にかけたときに駆け付けたイサギとエドヴァルドが薬にするために持ってきたうちの一匹だった。

 栄養があるので、体調が落ち着いた後も、ローズの乳の出が良くなるように、また体調を崩したときのためにと、置いて行ってくれたのだが、ローズがユーリを妊娠中に頭の葉っぱを捧げて以来生えてこない人参マンドラゴラを可愛がっているローズやリュリュが、それらを簡単に使ってしまうはずがなかった。

 蕪マンドラゴラはユーリの遊び相手になり、大根マンドラゴラはラウリのそばで忠臣のようにずっと様子を見ていてくれた。他のマンドラゴラも王宮で育てられて、妹たちが産まれるたびに貰われて行っている。


「ずっと疑問だったのですが、どうして全身鎧を着ているのですか?」

「他の大根マンドラゴラと見分けがつくようにしたいと言われて、レンさんに頼んで作ってもらったんだって」


 食べられたり、薬にされたりしないように、ラウリの飼っている大根マンドラドラだと一目で分かるようにと考えた末、ラウリを必死に守る大根マンドラゴラが傷付かないようにと鎧をお願いしたのだ。魔術のかかった鎧と大きさに見合った短剣を持っている大根マンドラゴラは、バジリスクにも怯まず、カナエの窮地を救ってくれた。


「偉い大根さんなのです」

「イサギお父ちゃんの作った大根マンドラゴラはすごいでしょ?」


 父の偉業を讃えられて、ナホも誇らしげだった。

 5年生の夏休みが終われば、年末の進級試験に向けて忙しくなる。6年生になれば、ナホもカナエも進路を決めなければいけなかった。


「ナホさんは、研究過程に進まれるのですよね?」

「うん、そのつもり。お父さんたちみたいな立派なマンドラゴラを育てたいんだ」

「僕もナホさんのお父さんたちの蕪マンドラゴラに命を救われました」


 品評会に出して愛玩用に飼われるマンドラゴラは、栄養価も高く育っているのに、高価すぎて貴族の手にしか渡らなくなっている。本来のマンドラゴラの利用方法は、料理や薬剤になることだ。


「栄養価と薬効の高いマンドラゴラが貧しいひとたちにも行き渡るようにしたい」

「僕も、マンドラゴラの育成方法と栄養剤の作り方を学んで、ナホさんと一緒に育てていきたいです」


 誕生日が来て11歳になったラウリと、15歳になったナホは、将来のことをもう決めている。


「カナエは、迷っているのです」


 研究過程に進めば、更に魔術師として高みを目指せると分かっているのだが、カナエの得意分野は実践であり、戦闘に傾いている。戦いに秀でた領主としてサナは重宝されているかと言えば、魔術よりも政治で評価されているように思うのだ。


「政治学を学んでは?」

「……研究過程の政治学とか、難しくて頭が破裂する予感しかしません」


 分野が別れてしまうと、ナホに聞くこともできない。

 一人だけで研究過程を修了できるのか。

 カナエの悩みは尽きない。



 コウエン領の復興は順調に進んでいた。突貫工事で建てられた工房で、ジュドーが魔術の才能のある弟子をスカウトして、生糸に魔術を込める方法を丁寧に教えた結果として、魔術を帯びた織物が僅かながら生産できるようになっていた。

 先行きは明るいのに、リューシュの表情は暗い。


「また、相手にしてもらえませんでしたわ」

「お弁当は受け取ってくださったの?」

「みんなで食べさせてもらうって……わたくしは! ジュドー様に! 作ったのに!」


 女の嗜みとして、料理はある程度させられていたので、リューシュはお弁当くらいは作ることができた。毎日のように作ってジュドーに届けるのだが、ジュドーは自分のためと思っておらず、工房の弟子にも分けて食べているのだ。

 酷いときには、食事を持ってきていない工房の弟子に全部上げてしまったりしている。


「そういう優しいところも好きなのですけれど、わたくしは、ジュドー様に差し上げたいのに」


 最初の頃は、「俺、カレー作ってきたけん」で目の前でお弁当を持っていない弟子に渡されたのだから、少しは食べてくれるようになっただけマシなのだろうが、リューシュは進まない恋に悩んでいた。

 相手は良識ある大人で31歳。リューシュはもうすぐ17歳になるとはいえ、まだ学生だ。


「ジュドー様に食べていただきたくて作ったんですの」

「こんなにいっぱい?」


 次の日に渡したお弁当が大量になってしまったのは、他の相手に上げても足りるようにという配慮だったが、それがまた裏目に出たようだった。


「俺のためとか言って、みんなの分作ってきてくれるけん、領主様は優しかね」

「領主様ではなく、リューシュとお呼びください」

「そういう大事なことは、好きなひとに言わないけんよ」


 あなたが! その! 好きなひとです!


 どれだけ大声で言いたかったか。

 涙目で戻って来たリューシュをライラが慰める。


「リューシュは父親のように年の離れた方と結婚されそうになったし、わたくしも幸せな結婚はしていないし、ジュドー様はリューシュを心配して大事に思っているのですわ」

「本当に、そうなのでしょうか」


 領主としての手腕は認めてくれるし、迷ったときに相談しに行けば、親身になって話を聞いてくれる。確かにサナが紹介してくれたジュドーは、最高の工房の師匠であるし、ライラの魔術の師匠でもあった。


「ジュドー様、わたくしのこと、どう思っていらっしゃいますか?」


 けれど、問いかけに帰ってくるのは、鈍い答えばかり。


「心配せんでも、領主としてしっかりできとうよ。サナ様もおるけん、困ったら相談しようね」

「そうじゃなくてー!」


 違うのだと言いたいのに、領主であるリューシュがジュドーを求めていると言えば、ジュドーは拒めないことを知っているから、強くは出られない。

 故郷から一人離れて、毎日カレーだけを食べて、必死に生きてきたジュドー。暴力は受けてきたが、痩せると魅力がなくなると飢えた経験のないリューシュにとっては、一人で生きてきたジュドーが逞しく、頼りがいがあるように思えた。

 事実、彼なしではコウエン領の復興は進んでいない。


「わたくしは、ジュドー様が……」


 ひとの心は強制できない。

 それは、父から受けた仕打ちによって、リューシュ自身が一番分かっていることだった。

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