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2.戦いの幕開け

 学期の途中からの編入で、セイリュウ領の学科と王都の学科は、同じ魔術学校でも違っていたが、問題なく試験を通過して、カナエは5年生のまま、ナホは2年飛び級して5年生、レオが1年生で入学することになった。

 セイリュウ領の領主の息子で名前は知られているが、正確な年齢を知られていないレオ。働いて学費を貯めてから魔術学校に入る生徒も少なくないので、すっかりとカナエと同じ年に思われてしまっていた。領主の息子で、カナエと同じ年なのに王都の魔術学校の試験に受からずに1年生からやり直しになってしまったレオと勘違いされている。


「俺、カナエちゃんと同じくらいに見えてるってことか?」

「レオくんが落第生みたいな扱いは納得できないのです」

「背が高いしかっこいいから、年上に見えてるだけだよ。説明すれば分かってくれるって」


 喜ぶレオと、複雑そうなカナエを、ナホが宥めてくれる。学年は別々だが、お昼ご飯は校舎の二階の解放されているテラスで食べると約束をしていた。黒髪に緑の目の少女のような可憐なラウリも、そこに合流する。

 レオよりも1歳年下のラウリだが、女王の息子で、英才教育を受けているので幼年学校を飛び級してレオと同じ1年生になっていた。


「ナホさん、約束通りに来てくれたんですね」

「ラウリくんとの約束を忘れるわけないよ」


 生後すぐに呪いをかけられて死にかけたラウリは、ナホの養父であるイサギとエドヴァルドに命を救われている。4歳で1歳のラウリを見たナホはすっかり惚れ込んでしまって、母である女王のローズが勧めるままに、ラウリと婚約を結んでいた。


「レオさんも、コウエン領の領主の娘さんに声をかけられたのですか?」

「もしかして、ラウリくんもですか!?」

「僕は……この通り幼いですし、『女の子みたい』と笑われてしまって」


 華奢な父親のリュリュに似たラウリは、少女のように可憐な姿をしている。それを『女の子みたい』だから結婚相手にはならないと、リューシュは告白されてもいないのに振っていったようなのだ。


「私のラウリくんに失礼な!」

「魔術の才能も、物凄くあるというわけではないですからね」


 国一番の魔術具製作者のレンの血を濃く引くレオは、物に魔術を込める才能が秀でている。ナホは育ての親に似て、薬草を豊かに育てる才能があるし、カナエには制御するのが難しいほどの攻撃の魔術の才能がある。

 それに比べれば派手ではないが、ラウリには母親のローズの魔術が効きにくい体質と、父親のリュリュの解呪の魔術の才能が受け継がれていた。

 魔術師の少ないコウエン領では、お金に結び付く魔術師を求めている。元々コウエン領の出身で、国一番の魔術具製作者のレンは王都に召し上げられ、その後国一番の魔術師で『魔王』と呼ばれるセイリュウ領の領主、サナと結婚してセイリュウ領を豊かにしている。同じ才能がレオに引き継がれているのならば、コウエン領にとっては、喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。


「カナエのレオくんを奪おうなんて、許せないのです」

「俺もカナエちゃん以外と結婚する気はあらへんけど……」


 義母でありセイリュウ領の領主、サナと、後継者のカナエの不仲は、国中に知れ渡っている。本当にサナを嫌いなわけではないが、カナエはそう見せておいた方が周囲を見定める指標になると幼い頃から気付いていた。

 現領主と次期領主が不仲であれば、間に入ってセイリュウ領の利益を奪おうとする輩が必ず現れる。そういう人物を炙り出しては、カナエは「あのおじさんが、カナエに変なことを言っていたのですよ」とサナに告げ口をしていた。


「レオくんとカナエちゃんが結婚したら、コウエン領からしてみれば、現領主と次期領主が和解するような形になるので、不都合なのかもしれません」

「そういう計算もあるのかもしれませんが、あの女のレオくんに向ける目が、なんだか嫌だったのです」

「俺も、なんや、怖かったわ」


 女の武器を使ってレオを落とそうとするリューシュは、恐らくレオの年齢を正確に知らないか、身体が育っているのと同様にレオの中身も早熟だと信じているのだろう。幼い頃からずっと一緒のカナエもナホも良く知っているが、レオは外見こそ16歳を超えそうなかっこいい青年だったが、中身は普通の11歳で、純粋で、性的なことなど全く知らず、そんなことよりも薬草畑でマンドラゴラを追い駆けたり、美味しいおやつをお腹いっぱい食べたり、カナエのお弁当を作って美味しいと言ってもらうことの方を喜ぶ。

 婚約の話だって、歩き始める前から這い這いでカナエを追いかけてきたように、幼い心のままでカナエを慕ってくれている証なのだ。


「お母ちゃんも、カナエちゃんに口うるさいけど、婚約はしたらあかんって絶対言わへんやん? 俺は、お父ちゃんみたいに、領主のカナエちゃんを支えるいい夫になりたいねん」


 貴族同士の結婚、特に領主の絡む結婚は、魔術師の血統を濃くするために、政略結婚が多い。そんな中で、好きになった相手と結婚して、自分を通して、次期領主には養女のカナエを据え、実子の二人は自由にさせているサナ。子どもたちが後継者争いに巻き込まれず、仲良く、暖かい家庭で育って欲しいというのが、彼女の望みだった。


「ご馳走様でした。レオくんのことは、頼りにならないかもしれないけれど、僕が気を付けておきますから、カナエちゃんは授業に行ってくださいね」

「ありがとうございます、ラウリくん」

「授業が終わったら、テンロウ領主の別邸でお茶しようね」


 昼休みが終わって、ラウリとレオは1年生の教室に、ナホとカナエは5年生の教室に行った。

 実践も勉強もそこそこにできるが、エドヴァルドというテンロウ領の領主の長男で、非常に聡明な義父を持つナホは、防御、肉体強化、薬草学に秀でていて、本質的な魔術の才能はカナエの方が上だが、制御力に関してはカナエを勝る勢いだった。


「古代語って、つまらないのです……」

「文献を読み解くためには必要だよ。ラウリくんが、王宮の図書館にも連れて行ってくれるって聞いてたから、すごく期待してたんだ」

「ナホちゃんは勉強が好きですか? カナエはあまり好きじゃないです」

「知らないことが分かるって、世界が広がるみたいで、大好き!」


 魔術の才能があるからそんなことは簡単にできるだろう。

 魔術の才能が有りすぎるから、実践演習の相手が危険で組ませられない。

 攻撃の魔術に秀でたカナエを、周囲は腫れものを扱うように近寄らない。事実、4歳で出産した直ぐのサナの代理として王宮に出向いたカナエは、コウエン領とモウコ領の領主を、魔術を暴走させて吹っ飛ばした過去がある。陰口を叩いて同行したレンを貶め、赤ん坊を産んだばかりのサナがなぜ出て来ないのかと女性蔑視をするような輩だったので、わざとやったことは否めないが、怒りが募ると、カナエは確かに魔術を暴走させて爆発を起こしてしまう悪癖があった。

 制御能力をセイリュウ領の歴史の浅い教授たちでは身に付けさせられないとサナに相談が行って、王都の魔術学校に行かされたのも仕方はないのだが。


「あら、どこでも爆発させる危険人物は、檻に入れてなくてよろしいの?」


 同じ教室に褐色の肌の少女、リューシュの姿が見えて、カナエの手を突いているテーブルがぴしりとひびが入る。弾けそうになった魔術を、そっとナホが魔術の盾を編んで相殺させてくれた。


「コウエン領は魔術学校もない野蛮なところですからね。あなたも王都の魔術学校に通うしかないんですね」

「野蛮なのはところかまわず魔術を発動させる、あなたではなくて? 王都でも矯正されなかったら、お義父様に魔術を封じる檻でも作っていただいたら?」

「あなたのお義父さんじゃないです!」

「レオ様と結婚すれば、お義父様になりますわ」


 今日もレオ様のかっこよかったこと。

 煽られて反射的に魔術を編もうとするカナエを、ナホが止める。


「落ち着いて。ここは実技室じゃないから、校舎が壊れちゃう」

「的をちゃんと絞るから大丈夫ですよ。うっかり、あの顔に穴を空けちゃうかもしれませんけど」

「セイリュウ領の次期領主様が、コウエン領の次期領主のわたくしに、戦いを挑むんですの?」


 次期領主という言葉に、カナエは大きく息を吸って吐いた。コウエン領は魔術師の少ない土地である。リューシュが兄弟の中で一番魔術の才能を持っていたのだろうが、あの程度で次期後継者を胸を張って名乗れるのが信じられない。

 侮っていたのは確かだった。


「嘘……カナエが、負けるなんて」


 編入試験の問題は、5年生全員が受けた内容と同じで、成績表に書かれた順位を誇らしげに見せたリューシュに、カナエは愕然とした。勉強が得意で、魔術の才能もそこそこにあるナホは当然一番を取っていたが、リューシュはそれより下だったが、カナエよりは上だったのである。


「レオ様に勉強を教えて差し上げましょうかしら、元婚約者様はわたくしよりも成績が悪いようですから」


 高笑いするリューシュに、カナエは据わった目でナホを見た。


「教えてください、ナホちゃん」

「カナエちゃん、やる気だね! 任せて!」


 5年生の教室では、その日からカナエとリューシュの戦いが始まるのだった。

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