19.新しい恋の予感
セイリュウ領領主のサナの夫で、国一番の魔術具製作者のレンの工房では、ある程度技術を付けると弟子たちは独立していく。特に優秀で今年31歳になったジュドーは、そろそろ独立を考える時期になっていたが、レンを尊敬していて、レンの工房を支え続けたいとの望みの元に、工房の核となって働いていた。息子のレオが魔術学校を卒業すれば工房に入ってきて、いずれはそちらに工房が譲られると分かっていても、ジュドーの忠心は変わらない。
そんなジュドーだからこそ、サナとレンは話を持って行った。
「コウエン領には、若い女性の領主を認めん空気ができとるけん、支えになって欲しいっちゃん」
「うちがその子の後見人になったんや。あんさんがレンさんに長年仕えてくれたんは感謝してる。やから、信頼できるあんさんにお願いしたいんや。どうか、考えてくれへん?」
領主夫婦から直々に話が回ってきて、ジュドーが迷っているのは、明らかだった。コウエン領出身のジュドーは、15歳で領地を棄ててセイリュウ領に逃れてきている。まだコウエン領の元領主の暴走も酷くない時期だったので、魔物までは放されていなかったが、領地から領民が逃げていくことに焦って歯止めの効かなくなったコウエン領の元領主が魔物まで持ち出してきたことをジュドーも話に聞いていた。
「一度は捨てた故郷です。コウエン領が大変な時期に、俺は、セイリュウ領に姉夫婦も逃げ延びさせて、平穏に暮らしてた。そんな奴でも、いいとですか?」
「ジュドーくんが適任だと俺は思っとる」
同じ故郷を棄てた身として、ジュドーに向き合うレンに、ジュドーは答えを出した。
魔術学校が夏休みに入って、レオやカナエやナホはセイリュウ領に戻ってきて、リューシュもコウエン領に戻って立て直しにかかれる時期に、ジュドーはコウエン領に行くことを決めた。
蒸し暑いコウエン領の一番厳しい季節が来ていた。
コウエン領領主として6つ年上の姉と共に、領民を困窮から救うために、リューシュがまず手掛けたのは、織物と生糸の工場を建設することだった。男性寮と女性寮と家族寮を建てて、そこで働くものには住居を与える。そうやって仕事と住処を準備すれば、ひとは大勢集まった。
僅かに残っていた織物や生糸生産の職人たちを優遇して、工場での教師として仕事を教えていく。
「学校を作りたいのですが、それはまだまだ先のことになりそうですわね……」
「織物や生糸にも魔術を込められる方がいれば良いのですが……」
慢性的な魔術師不足は、魔術学校がなく、魔術師をコウエン領が真面目に育てて来なかった報いだった。コウエン領で魔術師になりたければ、魔術師の弟子になるしかない。王都やテンロウ領には古くから魔術学校があったが、貴族や優秀なもの中心で、他の領地や貧しいものは魔術師の弟子になるしかなかった時代が、まだコウエン領でだけは続いている。
「箱として作っても、教授を集めることすら難しいですわね」
「幼年学校すら、通っている生徒が少ないというのに」
陰鬱になるリューシュとライラの姉妹の元に、サナが連れてきたのは長身で褐色の肌、黒い目に黒い髪のコウエン領の容貌の男性だった。見上げるようなひょろりと高い背と、くっきりとした目鼻立ちに、リューシュは見惚れてしまった。
「このひとはジュドーさんや。魔術学校は急には無理かも知れへんから、ジュドーさんを師匠に工房を開いたらええ」
「教えられる立場にあるかはわかりませんが……」
「レンさんの一番弟子やで!」
「サナ様、ハードルを上げないでください!」
コウエン領の長いシャツに、足首のしまったパンツを履いているジュドーは、謙遜しているが、国一番の魔術具製作者の一番弟子となると、期待せずにはいられない。
「領主のリューシュですわ」
「補佐をしております、姉のライラです。お恥ずかしいことに、魔術は独学で、転移の魔術も今習得中の身なのですが」
「魔術学校で基礎魔術は一応、修めました。なんでも聞いてください」
「生糸を加工して魔術を宿らせて、織物にしていく、など、できますか?」
魔術師の少ないコウエン領では、織物を織る職人が魔術を込めていくことは難しいが、生糸の段階で魔術が込められていれば、それを選んでパターンを決めれば、魔術のかかった織物が大量生産できる。
「魔術師の才能のあるものを集めてください。俺は技術を教えることは惜しみません」
廃れつつあったが、コウエン領にも魔術具を作る工房があった。魔術の才能のあるものが弟子入りするのだが、下働きばかりで、肝心の魔術を教えてもらえないということが横行しているのだという。
「俺も、コウエン領で工房に弟子入りしましたが、何も教えてもらえず、セイリュウ領に移りました。姉夫婦もセイリュウ領にいます」
「ジュドー様のお姉様ご夫婦が戻ってきたいと思えるような、領地作りをしたいと思っております。どうぞ、お導きください」
深々と頭を下げたリューシュに、ジュドーが慌てる。
「領主様が軽々しく俺程度に頭を下げたらいかんとよ」
「ジュドー様はレン様の一番弟子で、サナ様の紹介してくださった方です。工房も最高の設備のものを準備致しますし、賓客として迎えさせていただきます」
「最高の設備やら準備しとったら、間に合わん。最低限でいいけん、そこから始めよう」
織物の工場も出来上がって、製作も進んでいる現状では、スピードが大事だとジュドーは判断した。その判断にリューシュも従う。
「ほな、後はお若いひとたちで」
微笑ましそうに帰っていくサナに、リューシュは真っ赤になった頬を押さえた。
工房の建築を急ぐとして、ジュドーはお屋敷の客間に泊まってもらう。領主の屋敷に貯めこまれていた財産や、取り巻きの貴族から搾り取った税金で工場や寮を建設したので、屋敷は調度品もなく、使用人も最低限にしていた。
「不自由がございましたら、わたくしたちに仰ってください」
「不自由もなにも……俺は、学生時代は下が鍋、上が薄焼きパンを焼ける調理器具一つ持って、毎日カレー食べとったっちゃけん、気にせんでよかよ」
身一つでセイリュウ領に渡ったというジュドーは、逞しかった。
客間に案内して、部屋に戻ると、ため息を吐いたリューシュに、ライラが寄り添う。
「素敵な方ですわね、ジュドー様」
「お姉様、お好きなのですか?」
「まさか。わたくしは、もう、男性は懲り懲りでしてよ」
今のリューシュと同じ年で無理やりに結婚を推し進められたライラは、夫が愛人を作ってそちらに入り浸って、最低の結婚生活を送っていた。魔術の才能があるのだから、学んで魔術師になりたいという訴えは、「女だから」という理由であっさりと退けられてしまった。
「リューシュの方こそ、ずっとジュドー様の顔ばかり見ていたわよ?」
「それは……」
魔術が学べるように成績を保って努力したリューシュは、何も教えてもらえない工房と故郷を棄てて、魔術師になるためにセイリュウ領に一人で行ったジュドーに尊敬の念を抱いていた。レンの工房で腕を磨き、姉夫婦までセイリュウ領に呼び寄せた実力者。
「凄い方なのに、全然怖くありませんでしたわ」
敬語では年下のリューシュが怖がると思ったのだろうか、人懐っこく話しかけてくれたのも、好感が持てた。子ども扱いされているのかもしれないが、コウエン領の訛りと優しい声が、リューシュに染み渡る。
「年上の男性に、あんなに優しい声で話しかけられるなんて……」
威圧してリューシュを従わせようとした父や兄。婚約した父親のような年の男性は、魔術学校に行っているというだけでリューシュを「生意気」と断じて、即刻辞めさせるように言ってきた。
魔術師として学ぶ場が与えられなかったライラに、初歩的な専門外のことでもなんでも教えると言ってくれて、最高の工房を作ると言えばそれよりもコウエン領の早期立て直しを考えて最低限で良いと提案してくれる。
気の利く、頭の回る、大人の男性。
「わたくし、浮気者なのでしょうか。レオ様が好きだったのに……」
「もう諦めたのでしょう。それに、失恋を癒すのは新しい恋と言いますわ」
高鳴る胸をリューシュはそっと押さえる。
難しいことばかりで、サナの助けを借りても、コウエン領の復興は目に見えては進まない。そんな中に来てくれたジュドーが、リューシュには救世主のように見えて、心を奪われない方が難しかった。
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