18.消えない炎
ひと騒動が終わって落ち着いて、魔術学校が休みの日、王宮にラウリとナホは出かける予定があるようだった。
「母が久しぶりに帰って来いと言っているので、ナホさんも一緒に」
「きっと、あれだと思うなぁ」
「なんですか、ナホちゃん?」
「嬉しい知らせがあるってことだよ」
教えてくれないナホに、レオが首を捻る。
「なんやろなぁ。お母ちゃんもにやにやしてたんよな」
「なんでしょうね……レオくん、明日はお誕生日お祝いを買いに行きませんか?」
「え!? ええの? カナエちゃんとデートやん!」
誕生日の後にお祝いを買いに行った日には、リアムに邪魔をされた。コウエン領元領主の悪事に加担していたが、成人したばかりで若いということもあり、リアムは牢獄には送られなかったが、コウエン領から遠く離れたテンロウ領の辺境の極寒の強制労働施設に送られていた。
そこで態度を改めて、心を入れ替えれば、父親の影響を受け過ぎていたというだけで救いもないわけではないというのが、ローズとダリアの沙汰だった。
もう邪魔をする者はいないので、伸び伸びとカナエもレオも出かけられる。
魔術学校に通う日は制服だし、私服も見慣れた部屋着の延長線上だったはずのレオが、夏物の着物を着て現れたときには、カナエは見知らぬ美青年を見ているようで胸が騒がしくて仕方なかった。
「お母ちゃんとお父ちゃんが、誕生日の追加でくれたんや。似合うてる?」
「す、すごく似合っているのです。カナエも、着物を着てくれば良かったでしょうか」
「カナエちゃんが着物着たら、可愛すぎて、ナンパされてしまうやん。あかんー!」
ぷっくりと頬を膨らませて嫉妬するレオはいつも通りで、カナエは調子を取り戻したつもりだったが、手を握られると、やはり胸がどきどきと脈打つ。癖のある長めの髪も括って纏めていて、見える褐色の首筋の青年のような精悍さと大人のような色気に、カナエは不自然な態度を取ってしまいそうだった。
「レオくんの方が、ナンパされそうなのです……」
「12歳の俺をナンパする奴は、変態やさかい、ぶっ飛ばしてええって、お母ちゃんが言うてた」
「セイリュウ領領主の許しを得てしまったのです。ぶっ飛ばします」
声をかけてくるような相手がいたら本気でぶっ飛ばす気でいたカナエだが、レオは店に着くまでずっとカナエと手を繋いでにこにことカナエの方しか見ていなくて、誰も入り込める雰囲気ではないことには気付いていなかった。
正式なお手紙を書くのに必要な万年筆などを揃えたいとレオが言っていたので、カナエも次期セイリュウ領領主として正式な書簡は書く機会があるかもしれないと、調べておいた貴族御用達の店は、文房具から装飾品や小物まで、趣味のいいものを取り揃えていた。
ショーケースの中のガラスの美しいペンに目が行けば、レオが緑の炎を閉じ込めたようなガラスペンを指さした。
「カナエちゃんみたいや。めっちゃ綺麗」
「カナエは、レオくんにとって、あんな風に見えているのですか?」
「心の中に、消えない炎がある。それが大事なひとを守るときに燃え上がって、心を暖めてもくれるし、敵を倒してもくれる。カナエちゃんは、美しいひとや」
飾り立てて、結婚して、子どもを産むことが女性の価値だとコウエン領の元領主がリアムやリューシュに教えて、カナエを口説いてきたリアムは、そういう風にしかカナエを見ていなかった。
全く違う目で、レオはカナエを見ていてくれる。
そして、その生き様を「美しい」と言ってくれる。
外見だけならば、カナエが自慢ではないが、可愛い方だと自負している。栗色の艶やかな髪は長く、胸は小ぶりだがまだ成長の余地はあるし、緑がかった目は大きく愛嬌がある。レオの発する「美しい」という言葉が、外見ではなく、魂に響くようで、カナエは頬が熱くなる。
「カナエもレオくんが綺麗だと思うのです」
整った顔立ちも、高い背も、父に似てがっしりとした体付きも均整がとれて美しいと思うのだが、それ以上に、レオには芸術家として美しいものを素直に受け止め、生み出す力がある。それこそが、カナエの好きなところだった。
「カナエみたいだと言ったあのペン、プレゼントさせてください」
「俺がカナエちゃんにあげよう思うてたのに」
「カナエは、レオくんに持っていて欲しいのです」
ペンを買って、インクの色を選ぶ。臙脂に近いような赤みがかった茶色のインクをレオにカナエはプレゼントした。それ以外にも普段から使えるように、黒のインクも買っておく。
「大人になったみたいや。カナエちゃんにお手紙書かな」
「レオくん、覚えてますか?」
まだレオが幼年学校に入ったばかりで、字を習い始めて、必死にカナエに書いてくれたお手紙。便箋一枚に、「だい」「すき」と二行だけ、大きな字で書かれていた。発達途中の小さな手では、小さな字は書くことが難しい。
「カナエちゃんにあげようおもうて、きばって、きれいなじにしようとしたら、そんだけしかかけへんかった」
封筒には「かなえち」と途中までしか入らなかったと、涙目で渡してきた初めての手紙を、カナエはまだとっている。
「そんなことあったっけ!? 恥ずかしいわぁ」
「カナエにとっては宝物なのですよ」
これから先、レオから何行にもわたる恋文を貰ったとしても、あの日の喜びが薄れることはない。
ちなみに、その手紙を見て「お母ちゃんにはあらへんの?」と羨ましがったサナに、レオが「おかあち」と書いた封筒に、「ありがと」と書いた便箋を入れて、サナを感激で泣かせたエピソードもカナエは忘れていなかった。
無事に誕生日お祝いを買えたカナエは、レオと二人で手を繋いで家に戻った。
家にはラウリとナホが先に帰っていた。
「ナホさんの読み通りでした」
「どういうこと?」
白い頬を薔薇色に染めたラウリが報告してくれる。
王宮に出向くと、ラウリとナホは家族の過ごす棟に通された。そこには、ラウリの兄のユーリ、母のローズと父のリュリュ、叔母のダリアと伴侶のツムギ、ダリアの元に養女に行った長女のマーガレット、妹で次女のジャスミン、三女のヴァイオレットも勢ぞろいしていた。
そこに王宮にも顔を出してくれるようになった医者で、テンロウ領の次期領主クリスティアンの妻のジェーンもいたので、ラウリは何となく話の内容を察した。
「全員が揃ったところで発表したかった。赤ん坊ができたぞ」
「やはりそうだったのですわね。それなのに、決闘の見届け人をなさるなんて」
「そなたが口うるさく言いそうだったから、決闘が終わるまで黙っておったのに」
決闘の見届け人として闘技場に立ったローズは、殺し合いになる前に止める役目もあった。勝敗が決まっても、あのコウエン領の元領主ならば、惨たらしく娘を殺しかねない気配があった。
「おめでとうございます、母上」
「それと、もう一つ、僕はテンロウ領のエイラ嬢と婚約が決まりました」
兄のユーリの口から出たおめでたい話に、妹たちが歓声を上げる。テンロウ領から遊びに来るたびに、年下のエイラはずっとユーリの後をついて回って、「ユーリさまが、おにいさまならいいのに」と言っていたのだ。王族であるし、お互いに想い合っているということで、エイラが成人する頃になっても気持ちが変わらなければという条件で、ローズは婚約を許したという。
婚約の件もあって、ジェーンは同席していたようだった。
足元でかつてローズの初めての妊娠で頭に生える葉っぱを捧げたまま、生えなくなった人参マンドラゴラが、ラウリの全身鎧を着た大根マンドラゴラと抱き合って喜んでいる。その周囲で、ユーリの飼っている蕪マンドラゴラが、喜びのダンスを踊っていた。
嬉しい報告に、テンロウ領の王都の別邸も盛り上がった。
「妹か弟が増えるってことか!」
「ローズ女王陛下はまだ33歳だもんね。絶対そうだと思っていたんだ」
喜ぶレオに、ナホが分かっていたというように頷く。
「六人目……凄いのです」
「母上の安産にあやかりたいと、妊娠している貴族の夫人が拝みに来るらしいですよ」
笑って言ってから、ラウリはこのことはコウエン領の復興にも良い兆しになるのではないかと続けた。これから王都は女王陛下の出産のお祝いで盛り上がる。元々、コウエン領は織物や生糸生産の盛んな領地なので、このお祝いの波に乗れれば、たくさんの雇用が見込める。
コウエン領に必要なのは、技術者を纏める工房の師匠だった。
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